2009年7月10日 (金)

日蓮とムハンマド

 日蓮宗とイスラム教は、いずれも他宗教・他宗派に対して非寛容的なイメージがあるが、それ以外にも共通点が多いことに気がついた。

(1)宗派創設直後から急速に勢力を拡大したこと。どちらも宗祖自身のカリスマ的資質を背景として、既存の宗派が視野に入れていなかった、現世に絶望した階層に浸透した為だ。

(2)宗祖死去直後に会派が分裂したまま今日に至っていること。日蓮宗は日蓮入滅直後、法華経の解釈をめぐって「一致派」と「勝劣派」に分裂した。イスラム教もムハンマド死去直後、教義継承の正統性をめぐって「シーア派」と「スンニ派」に分裂した。

(3)分裂した会派のうち一方が教典に忠実な道を、他方が他宗教・宗派に対して融和的な道を歩んだこと。日蓮宗では、「一致派」の中から他宗派との同席さえも認めない、法華経原理主義とも言うべき厳格な「不受不施派」が派生し、「勝劣派」からは、後世に至って、現実の社会において活発な政治・経済活動を展開するグループが生まれる。イスラム教では主としてシーア派の中からコーランの厳格な遵守を求めるイスラム原理主義が派生し、概してスンニ派は他宗教に対してより寛容的な現実主義路線を歩んで来た。

(4)後世に至ってテロリズムに走る過激派が派生したこと。日蓮宗からは血盟団事件の井上日召、イスラム教からはウサマ・ビン・ラディンが出ている。

但しこうした共通点は、それぞれの教典(法華経、コーラン)の内容からではなく、それぞれの時代における経済・社会の「上部構造」としてのみ説明可能であり、他の宗教と同様、宗祖がどのような人物であったのかを考える事の意味も、あまり大きくはないのである。

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2009年6月11日 (木)

1Q84の続編はどんな展開になるのだろう

 ハリー・ポッターでは巻が進むにつれて以前の伏線が解き明かされ、意外な展開に結びついて行くが、1Q84には幾つもの謎や伏線が未解決のまま残されているため、続編を期待する読者が多いようだ。もしも1Q84の続編が書かれるとすると、それはどのような物語になるのだろう。村上春樹が残してくれたヒントを手がかりに想像してみた。

(1)羊の役割

羊は村上文学では特別な意味を持つ存在であり、単にリトル・ピープルの通路になったというだけではいかにも扱いが軽すぎる。目の見えない羊がいること。少女がその世話をしていること。そして羊の死。この三つの条件が揃った時、三桁の数字を暗証番号に合わせるとカチッと開くトランクの鍵のように、リトル・ピープルの通路が開ける。だがなぜこの三つの条件が必要なのか?後編では通路が羊でなければならない必然性が明らかになる。

(2)カラス・ゴムの木・金魚

ストーリーの節目で何度も登場するカラスは、1Q84では何の意味づけも行なわれないが、続編ではカラスが登場していた意味が明かされ、思わせぶりな伏線のまま終わったゴムの木と金魚も再登場して、青豆の「復活」に大きな役割を果す。

(3)NHK集金人の傷害事件

後編では加害者がNHKの集金人であった事が単なる偶然ではなかった事が明かされ、また被害者の大学生も重要なキャラクターとして登場する。

(4)天吾の実母の運命

天吾があえて知ろうとしなかった実母の運命が、実は現在の天吾に深く関わっていたこと、青豆と天吾が実は生まれた時から共通の運命を背負っていたことが明らかにされる。

(5)ふかえりのドウタ

ドウタはまだ教団にいるのか?物語に出てくる生理のないふかえりこそドウタではないのか?誰もが抱いた疑問に後編で答えが与えられる。

(6)1Q84とハリー・ポッター

この二つの物語には似通ったところがある。一つはリトル・ピープルとふかえりが、ハリー・ポッターとヴォルデモートのように多くを共有しながらも、またそれが故に「正」と「反」の関係にある事だ。だが1Q84ではハリー・ポッターと異なり、そうなのだという事実が示されているだけで、なぜそうなったのかの説明がないままに終わっている。後編ではその理由・背景が解き明かされ、その中でリトル・ピープルとは何者なのかが明らかになる。

もう一つの共通点は、どちらも物語が主人公の意識の中で展開している事だ。1Q84では、他言した事のない自分だけの世界や、思っているだけで口には出していない事が相手に伝わっている。それは相手との会話が自分の意識の中で行なわれているからだろう。月が二つ見える1Q84の世界も、きっと自分の意識の中だけにあるバーチュアリティにすぎず、タクシー・ドライバーが言ったように「現実はあくまでも一つ」なのだ。ハリー・ポッターでは、ハリーは亡き両親と再会して出生の秘密を知る不思議な体験をする。「両親との再会は現実の出来事だったのか、それとも自分の意識の中だけで起きたことなのか」と問いかけるハリーに対する答えは「もちろん自分の意識の中で起きた事だ。だが、だからといってそれが真実でないという事にはならない」であった。(原文しか読んでいないので、この部分がどう訳されているかは分からないが。)だとすると、現実の青豆はきっとまだ首都高の渋滞の中にいる筈だ。

こうしていろいろと想像を巡らすにつれてますます後編が読みたくなる。だが、村上春樹は常に物語の結末を読者の想像力に任せるから、1Q84の続編を書いてくれることはないだろう。続編を読みたい読者は、村上が残してくれたヒントを手がかりとして自分のバージョンの続編を書かなければならないのである。

(前ログ「私の1Q84:村上春樹とシェーンベルク」もご参照ください。)

http://professor-snape.txt-nifty.com/investors_eye/2009/06/post-5c2f.html

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2009年6月 6日 (土)

私の1Q84:村上春樹とシェーンベルク

別ログ「1Q84の続編はどんな展開になるのだろう」もご参照ください。)

http://professor-snape.txt-nifty.com/investors_eye/2009/06/post-af3c.html

 Financial Timesの見出しには英国の歴史、古典文学からビートルズ、最近のポップアートに至るまで、多様な出典の駄洒落がちりばめられている。近松の戯曲も、原文で読もうとすると万葉集や古今和歌集、能楽などの素養がなければ駄洒落一つ分からず、筋は読めても近松の「味」を楽しむことは出来ない。そして村上春樹も読者に多少の感性と想像力を要求する。村上作品の結末は読者がそれぞれの感性と想像力を駆使して自分で考えるのが基本だが、世界の終り-ねじまき鳥-カフカと、年代が下るに従ってだんだん村上は親切になり、結末をそれとなく示唆してくれるようになった。ところが読者は1Q84で再び突き放される事になったのである。いずれ1Q84の続編が出るのではないかと期待する読者が多いようだが、続編を読みたい読者はそれぞれ自分のバージョンを書かなければならないのであり、村上が書いてくれることはあり得ない。1Q84は他の村上作品以上に、決してトニックに解決することのない転調を次々に重ねながら次第にアトーナリティの渦に読者を巻き込んで行く。

 NYでポリーニのコンサートに行った時のこと。第一部はショパン、第二部はシェーンベルクだったが、第一部が終わると殆どの聴衆は帰ってしまった。第二部は不思議な連帯感に包まれて始まり、残された聴衆のスタンディング・オベーションで終わった。シェーンベルクの音楽は完全にアトーナルであり、音感を頼りに暗譜することが出来ないから、ポリーニも譜面を見ながら弾いた。村上文学にもオーソドックスなケーデンスはなく、物語全体がアトーナルに構成されて行くが、1Q84は単にアトーナルというだけではない。カンディンスキーのような豊かな色彩、三十二分休符の微かな息遣いも含めて一つひとつの小節の隅々までを歌い尽くす夏川りみの唱法のような完璧なディテール、そしてキース・ジャレットのソロピアノのような、さまざまな水源から湧き出た渓流が合流を重ねて怒涛の大河となり、ついに巨大な瀑布となって落下して行く息もつかせぬ圧倒的な構成力が、これまでの長編の中でも最高のレベルに達しており、至高の村上ワールドに導いてくれる。

1984年、私は大阪にいた。市場原理主義を振りかざす米国が日本に強要した日米円ドル委員会がもたらす規制緩和から新しいビジネスを創ろうと思い、関西に本社がある松下、シャープ、三洋、住金、住電工、久保田、ダイキン、道修町の武田、塩野義、田辺、また大手商社の大阪支社などのトレジャラー達と、連日朝から深夜までミーティングを繰り返していたが、ついに3月に倒れて一ヶ月間の入院生活を送った。あの頃、過労とアルコールのせいで月が二つ見えた事があったような気がしないでもない。だが今、GMが破綻・国有化されて、米国自身が市場原理主義を放棄してしまった。日米円ドル委員会も事実上「なかったこと」にせざるを得なくなるだろう。

私たちは2009年の「現在」から1984年以降の「過去」を実際に書き換えようとしている。そしてその結末は、それぞれが自分で考えなければならないのだ。

【映画化された場合の配役のイメージ】

青豆:菅野美穂

天吾:西島秀俊

ふかえり:宮﨑あおい

深田保:江守徹

老婦人:白川由美

タマル:赤井英和

戎野:山本圭

あゆみ:倖田李梨

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2009年6月 1日 (月)

GM: Chapter 11が象徴するパラダイムの転換

 GMの連邦破産法11条(チャプター 11)申請は、経済体制及び民間ビジネスにおけるそれぞれのパラダイムの転換を象徴している。

経済体制:政経分離の意味が逆転した。これまでの政経分離は社会主義体制の国家(例えば中国)が経済に市場原理を導入する事を意味した。ポストGMでは資本主義体制の国家(例えば米国)が経済原理を社会主義化するという意味に変わる。圧倒的な競争力を背景に、市場原理主義を標榜してなりふり構わず世界中の市場を席巻しようとするのは、今や米国ではなく中国であり、財政資金を使って競争力の弱い国内産業を保護しようとするのは中国ではなく米国なのだ。もはや政経分離と言うよりも政経分裂と言うべきだろう。

民間ビジネス:トヨタの戦略車種に例えると、民間のビジネスモデルが「レクサス」型から「プリウス」型に変わった。新生クライスラーもGMも、もはやレクサス型車種で勝負することはない。街で見かけるプリウスの走る姿は颯爽としているが、レクサスは既に図体を持て余して息切れしているように見える。もちろんこのパラダイムの転換は自動車産業だけではなくあらゆる産業に共通している。

個人的には在米5年間、GMオールズモビル系統のΩ(オメガ)に乗っていた。米国では小型車に分類される車種だが、クラウンより少し大きかった。シボレー系統のヒット車種だったノヴァの上級モデルだが、新車の時からイグニッションの調子が悪く、いくら修理しても直らなかった。5年間主として通勤や買い物に使ったが、休暇を取ってNYからモントリオール、ケベックまで行ったこともあった。帰国間近になってようやくリコールがかかり、やっと直して中古市場で購入価格の4割で売って帰国した。GM車には郷愁があるが、そうした郷愁に拘っていては次世代のビジネス・パラダイムの構築は絶対にできないだろうと考えている。

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2009年5月30日 (土)

篠原尚之の本音

 「世界経済危機と東アジアの経済・金融協力」と題する国際シンポジウムが今日ホテルニューオータニで開催された。東アジア共通通貨創設へのロードマップ作りを模索せんとする、又これか、というマンネリ化した論題であったが、篠原尚之財務官の特別講演で、別の意味で極めて興味深いシンポジウムとなった。

研究者たちの発表に先立ってゲスト・スピーカーとして登壇した篠原尚之は、東アジアにおいて共通通貨をジャスティファイする条件が整っているとは誰も考えていない、ユーロでさえ本当に最適通貨圏なのか疑問が出ている、モノの話が先でカネはその後の話だ、と言い放ったのだ。これから発表する錚々たる研究者たちにいきなり冷水を浴びせたのである。ACUの母体であるADBの経験者とは思えない意外な発言であった。政治家も実務家もプレスもいない学者ばかりのシンポなので、リラックスして本音が出たのだろう。実際その後行なわれた研究発表は、モノ(実体経済)でなはなくカネ(金融)の議論ばかりで、ACUを持ち上げたりACUにリンクした管理フロートを提唱したりと、所詮協調介入の変形の話に終始したから、篠原の先制パンチの鮮やかさが一層際立った。 それにしても、この手の東アジア共通通貨構想は財務官僚が主導して学識者にジャスティフィケーションを作らせているのだとばかり思っていたので、いつからこんなに変わったのか、少なからず驚いた。又同時に、官僚には本質が見えているのだな、と安心させてくれたシンポジウムでもあった。

ホテルニューオータニには久しぶりに行ったが、相変わらず動線がめちゃくちゃで、会議場の使い勝手の悪さがちっとも変わっていないな、と思った。

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2009年5月 9日 (土)

阿修羅像の視線

 テレビの興福寺展特集番組で、レポーターの女優が阿修羅像を見て「とてもいいお顔をしていらっしゃいますねー」と感心していたが、阿修羅像の視線は何を語っているのだろうか。どの仏像もそれが彫られた時代におけるミッションを背負っているから、京都や奈良に出掛けたり仏像を見たりする時には、仏教の時代背景を少し理解しておくと、阿修羅像の手が古代インド舞踊の動きをしている事なども分かり、楽しみが倍加する。

おおまかに言うと、日本に伝来して以降の仏教には、現代まで続く四つの大きな流れがある。奈良仏教(南都六宗)、平安仏教(密教系)、鎌倉仏教(禅宗系)、その他の宗派(浄土宗、浄土真宗、日蓮宗)だ。話題の阿修羅像を擁する奈良の興福寺は唐招提寺や東大寺と並ぶ南都六宗の一つで、日本の仏教系列の中では最も古いグループに属する。8世紀・平城京時代の仏教は鎌倉期以降の仏教と違って、未だ民衆を信仰によって組織化するというミッションを背負っておらず、もっぱら朝廷・貴族の信仰の対象として教義の修養と仏像の造形美を追い求めていた。従ってこの時期の仏像は、阿修羅像を含めて民衆の信仰の対象として造られたものではない。

9世紀の平安期になると最澄・空海が唐から密教をもたらす。最澄が天台宗(比叡山)を、空海が真言宗(高野山)を興し、特に真言宗は性愛の歓びを肯定・賛美する新興宗教として朝廷から熱狂的な支持を受けた。(なお「弘法大師」とは空海の死後85年も経ってからつけられた、民衆へのアドレスという新たなミッションを負わされた名前であり、宗教人としての空海とは全く別の人格であることに注意が必要だ。)密教は平安貴族のイデオロギー(=レジャー)としてローマ法王庁にも似た強大な力を誇り、後世の禅宗・浄土宗などのルーツとなると同時に、次第に自らも武装した政治的独立組織へと変化して行く。

やがて武士が勃興し、12世紀に鎌倉幕府が成立すると、武家社会が朝廷に対抗して自前のアイデンティティーを持つ必要が生じたため、武家の仏教として禅宗が興る。中でも栄西が宋から伝えた臨済宗が幕府のデファクト・スタンダードとして重用された。因みに幕府が朝廷を牽制する為に敷いた「京都五山」はすべて臨済宗である。この時期、幕府は武家社会において徴税・徴用・徴兵などのシステムを確立する必要に迫られていた為、鎌倉を頂点とする幕府の政体に武家が集結する体制の象徴として臨済宗が位置づけられた。(この点は中世ヨーロッパにおいてカトリック教区が行政単位として機能していたことと共通する面がある。)また禅宗の興隆と軌を一にして、平安貴族の瀟洒な宮廷文化とは対照的な、ストイックでシンプルな様式美が武家社会のキーワードとなる。建築では書院造り、庭園では枯山水。精神性を尊ぶ能や茶の湯が急速に浸透したのもこの為だ。

一方、同じく禅宗である曹洞宗系寺院の一部は幕府の仏教戦略に組み込まれたが、総本山である永平寺・総持寺は幕府と一線を画し、地方武士や農民に浸透する道を選んで裾野を広げた。このほか平安末期から鎌倉時代にかけて法然の浄土宗、親鸞の浄土真宗、日蓮の日蓮宗が興り、次第に巨大勢力へと成長して行く。いずれも民衆の救済を標榜し、民衆にアドレスして広く浸透を図る点で、それまでの南都六宗や密教系宗派とは全く異質であり、仏像の印象もかなり異なっている。

やがて応仁の乱を経て戦国時代が到来し、まず信長が覇権を確立する。信長は旧体制と結びついて巨大な武装組織と化していた仏教宗派を警戒するあまり比叡山を焼き、アンチテーゼとしてキリシタンを是認した。秀吉も当初これを踏襲したが、キリシタン宣教師達の真の意図が欧州列強による日本の植民地化にある事に気付き、弾圧に転じた。家康もこれを踏襲したが、仏教政策に関しては、この時期主要な各宗派が既にそれぞれの基盤を強固に確立していた為、特定宗派の突出を避けるバランス・オブ・パワーに徹した。家康による本願寺の東西分割はその好例である。安定した徳川長期政権の下、仏教各宗派も共存共栄の時代を享受した。

奈良貴族と南都六宗、平安貴族と密教、武家社会と禅宗。各時代の政体がそれぞれ自前の宗派を希求してきたが、明治維新によって誕生した新政府もその例外ではあり得ず、やはり自前の旗印を必要とした。王政復古という建前から、またタオイズムと融合した生活規範として既に民衆の間に広く定着していた神道がその役割を負わされたのはいわば当然の成り行きであり、一時は仏教をも吸収して軍政のイデオロギーとして機能した。だが第二次大戦後の日本の「民主」政体化と経済発展による所得水準の上昇により、それまでの仏教を含むあらゆる宗教イデオロギーが不要となり、一部の宗派は政治団体や実質的営利団体への、他の多くは冠婚葬祭の執行機関としての途を歩むこととなったのである。現代の日本に生きる我々が阿修羅像を見て「とてもいいお顔をしていらっしゃいますねー」としか言えなくなってしまったのはこの為なのだ。

阿修羅の視線は民衆に向けられてはいない。その手は千手観音とは違って民衆に差し伸べられているのではなく、古代インド舞踊の手の動きを表しているのだ。そしてその「とてもいいお顔」が表しているのは、阿修羅が日本に伝来する以前の出自・・・ヒンドゥー世界、ガンダーラ世界、さらに古代ギリシャ世界の造形美なのである。

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2009年3月26日 (木)

ランナーズ・ハイにとりつかれた松村邦洋

東京マラソンのレース中に倒れた松村邦洋の姿がどうしても自分と重なって見える。とても他人事とは思えないのだ。

ジョギングを始めたのは25年前、30代の半ばだった。毎朝数百メートルから始めて少しずつ距離を伸ばし、5年で8キロ走が定番になった。40代以降はセブン・イレブンの生活だったから平日のジョギングが出来なくなり、専ら休日にスポーツクラブのランニング・マシンで走った。海外出張の際もスポーツジムのあるホテルを指定して予約した。いつも8キロを大体1時間かけてゆっくり走ったが、体調の良い時とそうでない時のタイムの差は小さくなかった。前半ペースを抑えて後半上げてゆくと心地よいランナーズ・ハイが出現することも分かり、50代になっても体調が良い時には自己ベストが出るのが楽しかった。

そして1999年12月。いつものようにスポーツジムのマシンで走り始めたが、それまでにないほど早く息が上がって来た。30分で中止し、ジムのベンチに腰掛けた時に初めて軽い心臓発作が襲った。しばらく休息したら回復したので、その日はシャワーを浴びて帰ったが、その後頻繁に発作が起るようになって専門医を受診した。発作がない時の心電図は正常で、なかなか診断がつかなかったが、ホルター装着時にやや大きな発作が襲ったため、やっと心房粗細動との診断がついた。(松村邦洋の場合は、より重篤な心室細動だ。)薬剤の内服で発作を抑える方針が決まったが、フィットする薬が確定するまでに1年以上の試行錯誤を要し、その過程で発作を起こすリスク・ファクターも自覚できるようになった。スポーツのほかアルコール、疲労、冷気、タバコの煙、たった一晩の睡眠不足。睡眠導入剤も欠かせなくなった。

間もなく最初の発作から10年になる。生活領域が極端に狭くなり、たびたび不義理を重ねるに従って周囲から多くの人々が去り、家族と真の友人たちだけが残った。これはこれでよかったと今は思う。松村邦洋もランナーズ・ハイにとりつかれ、また周囲から多くの人々が去る事が耐え難くて、リスクを自覚しながらも倒れるまで走り続けたに違いない。だが、それも彼なりには悔いのない選択だったのではないかな、と思った。  

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2009年2月16日 (月)

時計の針を何年逆戻りさせればよいのか

後世の歴史家が「平成大恐慌の最初の年」と呼ぶであろう2009年はまだ始まったばかりだが、ジェットコースターのように急降下する日本経済の着地点は何年ぐらい前の時代の姿になるのだろう。5百万人の雇用を擁し、文字通り日本経済のエンジンである自動車産業の今年の国内生産台数は、産業分析に定評のあるJPモルガン証券の予測によると1977年以来の低水準である883万台まで落ち込むと言う。実際、主要自動車各社の2009年1-3月の生産計画を集計すると1970年代後半の水準となる。日本経済の時計の針は、輸出も産業も雇用も生活も、約30年逆戻りすると考えなければならないだろう。そうなると現在のファイナンス・システムに関するほとんどのルールが無用なものとなる。米国は今、すべての金融機関に加えて自動車のビッグ・スリーまでもソブリン・リスク化しようとしている。アメリカ自身が市場主義を放棄する以上、1983年の日米円ドル委員会は「なかったこと」にして、それ以前のルールを復活させる事が必要だ。具体的に一つひとつ見て行こう。

(1)1984年に撤廃された為替予約の実需原則。30年前の世界では、現在と同様、産業や雇用や生活、つまり実需を投機から守ることが重要であった。残念な事に昨年11月の緊急金融サミット(G20)も、吉田類が記者会見に登場したかと思わせた先週末のG7も、均衡破壊的な投機を押え込むグローバルな枠組みへの第一歩さえ踏み出せなかったが、デリバティブも含めて実需原則を罰則付きで復活させればよいだけの事だ。

(2)同じく1984年に撤廃された円転規制。通貨同士の交換について実需原則を復活させる以上、外貨を原資とする円資金の調達にも一定の実需枠が設けられるのは当然だ。

(3)1993年に撤廃された三局合意。30年前の世界では間接金融機関に資金余剰主体から不足主体への資金仲介機能とそれに伴う信用リスク、ALMリスクの負担が求められ、フェイルセーフの仕組みとして護送船団が存在していた。米国型投資銀行や欧州型ユニバーサルバンクのビジネスモデルが破綻し、護送船団が復活しつつある今、間接金融機関が30年前に果していた役割の本格的な復活が必要である。

(4)2000年に導入された金融商品の時価会計。30年前の実需を守る仕組みが復活すれば、金融商品の時価会計自体が無用となる。無理に継続すれば弊害ばかりが顕在化する。

 振り返ってみると、「幸福=自分の収入÷隣人の収入」と考える人がまだ少なかった30年前は、現在と比べても決して住みにくい時代ではなかったような気がする。だが仮に「30年前に戻ってやり直していいよ」と言われても、あの苦労をもう一度やり直す気にはどうしてもなれないのもまた、事実なのである。

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2008年12月21日 (日)

ピカソ展と岡本太郎

東京でのピカソ展が終わった。いつも行きそびれるパリのピカソ美術館が改装のため、ゲルニカやアビニョンの娘たちこそ来ていなかったものの、東京で大量のピカソ作品をまとめて見る幸運に恵まれ、半日を費やした。

ピカソ作品も他の画家と同様、ナマと写真とでは全く違った。今回初めて分ったのは、ピカソは生涯を通じて究極の具象を目指していたのだという事だ。青の時代やそれ以前の作品のことではない。ピカソは対象の属性を表現することに生涯を費やしたのだと感じた。対象が物であればその属性を、人物画であればモデルの人格の内面を自分に見える通りに描く事で、ピカソは単なる表面の精密な描写をはるかに超える究極の具象を追及したのだ。ピカソ作品の鑑賞は対象のナカミをつかみ出す過程の追体験なので、膨大なエネルギーを必要とした。色彩や構図自体の美しさを極限まで追求したカンディンスキーやクレー(どちらも大好きだが)の抽象画が、いつまで見ていても心地よいのとは全く違うと感じた。

ピカソ展を見てからしばらく後、渋谷駅のコリドーに展示された岡本太郎の作品を見に行った。作品の前で一時間ほどぼんやり過ごし、これは紛れもなく岡本のゲルニカだ、と思った。岡本の内部で原爆はこのように見えていたのだ。巨大で大胆な構図の作品でありながら、細部まで岡本のインテンションが行き届いている。マークシティに昇るエスカレーターに乗ると作品の細部の見事な筆致を間近に見ることが出来る。岡本作品はピカソとは違って具象ではないと感じたが、やはり見る者は岡本の内部を追体験する事になるため、膨大なエネルギーを必要とした。

ところで、最近経営学部の学生でありながら心理学に強い興味を示す者が多い。教養課程で心理学を担当する非常勤講師の方の教鞭の賜物だろう。私自身の学部での専攻は心理学だった、という話をすると、なるほど、ファイナンスも人と人の関わりで成り立つから心理学が大いに役に立つでしょう、と反応される事が多いが、とんでもない。いくら心理学を学んでも他人の心の中まで分るようにはならない。心理学を学んで分かるようになるのは自分自身の内部だ。そしてこうした自分の内部を絵画や音楽、文章などの手段で表現できるならピカソや岡本のようになれるのだろう、と岡本作品の前でぼんやりと考えていた。

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2008年11月16日 (日)

緊急金融サミットの評価

(新しい国際金融秩序に関するゼミのディスカッション資料)

11月14-15日に緊急金融サミット(G20)が開催されたが、国際資本市場の信頼回復への道筋はどの程度出来たのだろうか。

人体に例えると現在は出血が止まらない状態。とりあえず応急処置として痛み止めと輸血(=資金の供給)が必要で、これが各国の公的財政資金の投入やIMFの強化による新興国支援。こうした応急処置は合意できたが、肝心の抜本治療方針(=野放しの投機を規制して監視する新しい仕組み)が纏まらなかった。米・カナダ・日本は「体力は輸血で回復するから大手術は不要」、ヨーロッパは「大手術をして治しておかないとまた再発する」と主張。金融市場の監視体制改善の必要性自体は確認されたが、具体的な手段については「国内事情に鑑み適切と考えられる」方法で各国が実施すべきだとして、国際的な投機防止の仕組みの素案さえ示せなかった。

まず今回のサミットに臨んだ主要各国の立場を整理してみると、アメリカは従来からの市場万能主義を守ろうとして投機の規制強化に抵抗したが、政権の空白期であり、またアメリカ自身がリーマンを見捨てた一方で政府資金を使ってAIGを救済したり、自由競争の結果皮肉にも自国の自動車産業が政府支援要請に追い込まれたりと、市場万能主義を自分から放棄せざるを得なくなっている為、主張に迫力を欠いた。ただ貿易自由化(ドーハラウンドの再開)の合意はよく頑張って結果を出した。

フランスはサルコジ大統領がサミット開催を呼びかけるなど積極的な動きが目立った。第二次大戦後1971年まで続いたブレトンウッズ体制(1ドル=360円の固定相場制)を廃止に追い込んだのはフランスのドゴール大統領。サルコジ大統領も欧州代表を自負し、投機の監視を強化する新しい国際金融ルールを目指してロシアや新興国を巻き込む作戦だったが、新興国からの明確なサポートがなく、アメリカ陣営を攻め切れなかった。特に中国はこれまでとは逆に保護主義より自由主義が有利になりつつある為、中立を守った。

日本はどうか。新興国の参加を最初に提案したのは麻生首相。日本のバブル崩壊の経験を武器にリーダーシップを取り、国内向けにも存在感のアピールを狙った。私的な場では大胆で斬新な発言もあったが、公式に提案したのはIMF強化も含めて官僚が作文した「輸血量を増やす」という応急処置が中心で、新しい国際金融ルールの基本構想には踏み込めなかった。Financial Timesに今回のサミットの議事録のパロディーが掲載されたが、G8首脳のうち麻生首相だけが登場していないのは淋しい。

では、今回のサミットで新しい国際金融ルールの設計はどこまで進んだのか。IMF機能の強化が提議されたが、これはあくまで輸血量を増やすという応急処置にすぎない。しかもIMFには「少ない」「遅い」「ややこしい」という三大欠陥があり、この為既に10年前、アジア経済危機の収拾に失敗しているのだ。一つ目の「少ない」は支援する金額が小さすぎること。もともとIMFの使命は貿易収支の不均衡是正を後押しする為、貿易赤字国に一時的な資金を貸し付ける事であった。ところがアジア経済危機では膨大な投資(投機)資金が国境を越えて動き、その規模が貿易取引とは比較にならないほど大きかった為に、IMFが支援できる金額ではとても間に合わなくなり、「ベイル・イン」という新語まで作って民間セクターに奉加帳を回し、「自主的な支援参加」を強要して資金を出させざるを得なかったのだ。今回の危機はアジア経済危機の規模をはるかに上回る資本市場の危機であるから、IMFが出せる資金量では、柔道の石井選手ではないが「屁のツッパリにもならない」のである。今回のIMF改革に関する議論でも、日米の発言からは支援金額確保のための「官民合同」という発想が見え隠れするが、今の民間セクターには奉加帳に付き合う余裕はない。二つ目の「遅い」はもっと致命的だ。今まさに市場が崩落しようとしているのに、資金が支出されるのは長々とファンダメンタルズを分析した結論が出てからなのだ。燃えさかる火事を目の前にして出火の原因は漏電かタバコか、それとも放火か、と証拠を集めて分析し、結論が出て初めて消化作業を開始するのと同じだ。IMFの資金には機動性がない。そして三つ目は「ややこしい」。IMFが資金を出す際には規制を緩和・撤廃して市場を自由化せよという条件(コンディショナリティー)が付く。各国は市場改革計画を作ってIMFの承認を受け、さらに「ここまで出来たらいくら出します」と、北朝鮮の核廃棄プログラムのように何回にも分けて段階的に資金が出るのだ。これはIMFの最大のスポンサーがアメリカである為、IMFもアメリカの別動隊として市場万能主義の浸透を図るという使命を負っているからであり、IMFをどのように改組しても到底新しい国際金融ルールの中心にはなり得ないのである。

それでは、新しい国際金融ルールはどのようなものであるべきか。各国が多様な利害や立場を超えて共存共栄して行く新しい国際金融制度設計のポイントは、投機家ではなく「それぞれの国ごとの実体経済の実需」を守ることだ。いままでの国際金融のルールはアメリカの圧倒的な経済力を背景とする市場万能主義。投機を認め、一人勝ちを容認してきた。一方欧州は元々小国の集まりなので、多様な立場や価値観を尊重し合うルールで共存を図って来た。アメリカ型のルールが破綻したあと、新しい国際ルールは一人勝ちではなく共存共栄の欧州型になる。

投機の規制については前向きな進展もある。今回の危機の原因となったCDS(Credit-Default Swaps)の集中決済機関が出来るのは一歩前進だ。またCDSについて実需原則を適用しようとするニューヨーク州の動きも評価できる。さらに一歩進めて、実需の裏付けのない空売り・空買い、小額の資金で何倍もの取引が出来る(=レバレッジの高い)デリバディブなどに関しては、レバレッジに上限を設ける国際ルールと国際監督機関の設置が必要である。投機を抑制して実体経済の実需を重視する国際ルールはアジアなどの新興国にも受容れられ易い。

アメリカルールから欧州ルールへの変化は実は既に始まっている。まずアメリカ自身が変わり始めているのだ。アメリカ大統領選の二ヶ月前、ニューヨーク滞在中に二人の候補の演説のナマ中継を見て「これはオバマ氏になるな」と確信した。演説会場に来ている支持者層の人種・年齢・性別がマケイン氏は単一的、オバマ氏は多様・複合的だったからだ。選挙終了後スタンフォード大学のデービッド・M・ケネディ教授が「オバマ氏は最初で最後の黒人大統領だ」というコメントを出した。驚いてよく読んでみると、大統領の人種が話題になるのはオバマ氏が最後だと言うのだ。アメリカ人自身が、白人も黒人も関係ないという多様な価値観を持ち始めている。かつて筆者は米国人から「日本のプロ野球にもワールド・シリーズはあるのか?」と聞かれ、「それは日本シリーズと呼んでいる」と答えた事があるが、本来「アメリカ・シリーズ」と呼ぶべき手続きを「ワールド・シリーズ」と呼んできた米国の野球界自身からWBCが提唱された事の意味は決して小さくない。

国際金融ビジネスの世界でも、主役がこれまでのアメリカ型投資銀行から欧州型の預金も貸出も株も保険も全部扱う総合金融サービス会社(ユニバーサルバンク)に変わりつつある。「時価会計」の見直しもこの流れだ。さらにCO2排出権は、原油などの国際商品とは違ってドルではなくユーロ建てで取引されている。スポーツの世界でも同じだ。野球がオリンピック種目から外れてサッカーがますますさかんになって来たのも「アメリカからヨーロッパへ」という潮流を反映したものと言える。米国自身も多様な立場を尊重するオバマ政権の下で「一人勝ちルール」を放棄しつつあり、流れは固まってきたと思う。

ただし新しい国際ルール作りは始まったばかり。国際資本市場が信頼を回復できるかどうかは、今後の具体的なフォローアップ体制を維持して行けるかどうかにかかっており、まだまだ時間が必要だ。

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2008年9月23日 (火)

CDSとCO2排出権取引

(学部ゼミでのディスカッション用資料です)

米国発金融危機の進行過程でCDS(Credit-Default Swaps)がすっかり悪者になっているが、ファイナンスを学ぶ者にとってはCDSのメカニズムを正確に理解し、そこから教訓を学ぶことが大切である。

はじめ君は百万円を1年間借りる必要があり、金持ちのアソウさんに借金を申し込んだ。アソウさんはお金はあるのだが、1年後にはじめ君が破産していて借金を返済できなくなるリスクがあると考え、はじめ君を良く知っているフクダ氏に相談した。フクダ氏ははじめ君と同じぐらいの年齢、職業、年収、資産の人たちが1年以内に破産する確率を調べたところ、それは10%未満であることが分った。そこでフクダ氏はアソウさんに次のような提案を行なった。

「はじめ君が1年以内に破産した場合はフクダ氏がアソウさんに貸出金百万円の全額をそっくり支払うが、その代わりアソウさんは今すぐフクダ氏に保証料として貸出金の10%(=10万円)を支払う。この保証料は、はじめ君が破産しようとしまいとフクダ氏が貰いっ放しとする。」

アソウさんはこの契約を応諾し、保証料10%を利息に上乗せしてはじめ君に支払わせることとした。はじめ君の信用は「市場金利+10%」と評価されたわけだ。はじめ君は自分の「信用リスク」に相当するコストを支払って資金を調達し、アソウさんは安心してはじめ君にお金を貸すことが出来た。フクダさんは「はじめ君が破産するリスク」と引き換えに「10万円」を共に手にした。この契約がCDSである。CDS(プロテクション、以下同じ)の買い手はアソウさん。売り手はフクダ氏。CDSの価格は元本の10%。このようにして「信用リスク」が定量化され、CDSが貸出金のリスク回避策としてさかんに使われるようになった。ここまでは良かった。

ところが話はこれで終わらなかった。フクダ氏はこれを良いビジネス・チャンスと考え、はじめ君以外の借り手の信用リスクも調べて「借り手の信用リスクに応じた保証料を取って、借り手が破産した場合の借金の肩代わりをする」というビジネスを本格的に展開した。さらにこれを見ていたイシハラ君やコイケさん、AIGなど、多くの人たちがこのビジネスに参入して来た。さらにCDSの買い手は、アソウさんのように自分自身の貸出のリスク回避をしようとする人だけでなく、「これからは破産する人が増えてCDSの価格が上がる」と考える投機家はCDSを市場で買い、「これからは世の中が落ち着き、破産が減ってCDSの価格が下がる」と考える投機家はCDSを市場で売る、というマネーゲームがはじまったのだ。

はじめ君は結局1年以内に破産してしまった。ところが、はじめ君は百万円借りただけなのに、金融市場が麻痺するほどの大混乱が起きてしまったのだ。なぜなら、はじめ君の信用リスクがCDS市場で大規模に取引されていた為、はじめ君が破産した時に百万円を支払わなければならなくなった人の数は世界中に何十万人もいて、世界全体で一体いくらの損失が出るのか、誰にも分らなくなってしまっていたからだ。オザワさんがCDSをかなり売っていて大損したようだ、オオタ氏も同じらしいぞ、いや、フクシマ女史だってかなり損失を出して危ないらしいよ。憶測が憶測を呼び、市場はパニックに陥って、誰も他人にお金を貸さなくなってしまったのだ。元々CDSには資金循環を円滑化するプラスの機能があり、住宅金融の証券化が進展する過程で有効な触媒作用を発揮した。だがそれが貸出・借入れの実需から離れ、信用リスクの市場取引として投機の対象となった為に、金融市場が麻痺するほどの深刻な副作用を引き起こしてしまったのだ。当たり前のことだがCDSは低いほうが経済社会全体にとって望ましい。ところがCDSが実需を離れて投機的に売買されたり投信に組み込まれたりすると、CDSの買い手はCDS価格が上昇すればするほど、つまり破産リスクが大きくなればなるほど利益が出る、ということになる。投機が均衡回復的に作用するのではなく、均衡破壊的に作用するようになってしまうのだ。9月23日のBloombergによるとニューヨーク州当局がCDS取引を実需の裏付のある当事者(bond holder)に限定する規制の導入を検討しているとのこと。遅きに失した感は否めないが、正しい方向であると言える。

CDSの教訓は、実需から離れたproductの市場取引は均衡破壊的に働きやすい、ということである。そして直ちに想起されるのがCO2排出権の市場取引だ。CO2の排出権に対する需要と供給を市場価格の変動を通じて調整すること自体は正しい。ただしCO2排出権の価格はCDSと同様、低いほうが社会全体として望ましい。CO2排出抑制対策が進めば進むほど排出権の供給が需要を上回り、価格が下落するからである。だがCO2排出権が実需を離れ、金融productの一つとして投信に組み込まれたりすると、排出権価格上昇が投資家の利益となる「エコ投信」(!)が発売されたり、排出権価格上昇を狙ってポジションを張るディーラーやファンド・マネージャー、さらには素人デイ・トレーダーまで出現したりするに違いない。そうなると本末転倒、一体何のための排出権取引なのか分らなくなるではないか。CO2排出権の市場取引創設に当たっては実需原則を最初からしっかり組み込んでおく事。これが今回のCDS騒動から学ぶべき貴重な教訓である。

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2008年9月12日 (金)

Fannie, Freddie and Maria

英文だと段組みが崩れるので別紙にしました。

Please click the URL below.

http://www.geocities.jp/alternatives1212/fanniefreddie.pdf

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2008年7月25日 (金)

ベリーの栽培とゼミ

素人が片手間で育てても収穫できるベリー類は手軽さが魅力だが、ベリーの種類によって栽培の難易度はいろいろだ。

最も簡単なのがストロベリー。苗を買って水をやるだけなので高い糖度の果実というわけには行かないが、次々と実る。また種類が多く収穫時期が少しずつずれるので、長い期間にわたって果実を楽しめる。

次いで簡単なのがラズベリーで、開花から結実までの期間が短い。収穫期は初夏の一週間から10日程度で、あっという間に終わってしまうが秋にもう一度収穫できる年もある。取り忘れた実が土に落ちて翌年発芽することもあり、あまり手間がかからない。

若干忍耐を要するのがブラックベリーだ。発芽から開花まで3年程度かかり、開花から果実の収穫までの期間も長い。だがその代わり、実の形状がいかにもベリーらしく、色も緑、赤、黒と熟して行くペースが実によって異なるのでカラフルな色彩のモザイクになる。盛夏の季節感を演出してくれるベリーである。

ストロベリー、ラズベリー、ブラックベリーはポットの苗を買って水をやるだけでも育つが、そうは行かないのがブルーベリーだ。土作りから施肥、剪定まで、かかる手間が他のベリーの比ではなく、少しでも怠ると収穫できない。素人の片手間仕事では収穫までたどり着くのは至難。栽培にはある程度の覚悟が必要である。

ベリー類にはそれぞれ個性があり、栽培の工夫も収穫の楽しみもそれぞれだ。毎年収穫が終わると、来年のためにまた一からやり直しとなる。何だかゼミによく似ているな、と思う。

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2008年7月17日 (木)

河野雅治とMax Weber

洞爺湖サミットから1週間、シェルパを務めた河野雅治外務審議官の報告会に出席した。クローズド・フォーラムなので具体的内容の紹介は差し控えるが、ハイリゲンダム・サミット報告会以来1年ぶりにお目にかかり、大変驚いたことがある。風貌が1年前とは別人のように一変していたのだ。

1年前、河野審議官の表情や話し方は安倍さんにそっくりであったが、今回は福田さんそのものだった。最後の質疑の部で、C級NGOの代表と思しき質問者の「喫緊の課題である地球温暖化にも原油価格問題にも何一つ答えられなかった史上最低のサミットだ」との発言に対して、ご質問の趣旨はそういった評価をどう思うかということですか、と確認した上で「サミット開催直前まで多くのNGOから要望や圧力が、また首脳宣言・議長総括のリリース後には評価できる点とそうでない点について詳細なコメントが寄せられた。(マトモな)NGOは国際社会の一員として不可欠な存在になっていることを実感した。」と斬り捨てたところは、福田さんのぶら下がり会見を彷彿とさせた。痛快であった。

もしもMax Weberが今の世に存命であったら、河野雅治こそ職業(ベルーフ)としての官僚の理念型(イデアル・ティプス)である、と言ったに相違ない、と思った。

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2008年6月27日 (金)

株主総会の形骸化

毎年この時期、できる限り株主総会に出席するようにしている。去年までは3月決算企業の総会が一日に集中していたが、今年は総会日程が626日・27日を中心に多少分散したので従来以上の「はしご」が出来た。数社の総会に出席したが、今年は株主総会が形骸化し始めており、何らかの対応が必要だと感じた。

今始まった株主総会の形骸化はかつての形骸化とは全く異なる。かつて株主総会は総会屋の手に委ねられ、株主による機関決定機能を封殺されて形骸化していた。だが現在では総会屋が排除され、特に今年は多くの企業で内外のファンドを含む機関投資家が議案に対する賛否を積極的に表明したり、配当や取締役人事などに関する株主提案を行ない、また既存株主もそうした提案に対して賛否を明確に意思表示するなど、機関決定機能を発揮する株主総会が目立った。

ところがこうしたポジティブな変化と並行して、新たな意味での株主総会の形骸化が進行し始めたようだ。挙手し、指名されて発言する株主の半数以上は、自身の特殊個人的な嗜好・利害や体験に基づいて、論理的というよりも直感的・感情的に、時に不正確な日本語で、しばしば無意味に激昂しながら話す。議長はそれを無理矢理質問の形にパラフレーズし、丁寧に、だがステレオタイプな内容の答弁を行なって何とか質問者をなだめ、次の質問者を指名する。株主総会において質疑に充てられる時間の半分以上はこうして空費されているのだ。雛壇上では取締役たちが必死で笑いをこらえ、フロアでは(普通の)一般株主が苦虫を噛み潰す・・・こうした形骸化はなぜ起きているのだろうか。

一つは株主層の裾野拡大策として株式分割、取引単位の小口化を進める企業が多く、その結果ごく少数の株式を取得して総会に参加する個人株主が増えている為だろう。もう一つは過去ログ「平田篤胤の呪縛」に書いた、優越的立場に立った時の日本人(特にノンキャリ)特有のエキセントリックな弱者への攻撃性だ。個人株主の増加自体は良いことだが、株主総会にこうした直接民主制が浸透しすぎると、総会屋がいた時代と同様会社側はひたすら総会を早く終わらせることばかりに腐心するようになる。だが今は総会屋がいない分、かえって始末が悪い。

ギリシアの直接民主制は構成員が均質であったからこそ機能した。EUも構成国が先進工業国ばかりであった時代には、EUとしての意思決定は直接民主制による全員一致ルールで行なわれていたが、構成国が増加し多様化した今、多数決原理の本格的導入が必要になった。株主総会も株主数の増加・多様化と共に運営ルールを変更しないと、形骸化がさらに進行しそうである。せっかく芽生えてきた株主総会の機関決定機能をさらに向上させるためにも、何らかの形で(例えば総会出席権を一定の株数以上を保有する株主に限定するなど)、時間の空費を最小限にとどめる運営上の工夫が必要であると痛感した次第である。

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2008年5月14日 (水)

最澄と空海

東寺・講堂の立体曼荼羅を見るために京都へ行ってきた。密教についてはかねてからいくつかの疑問を感じていた。なぜヒンドゥの神々が姿を変えて密教に取り込まれたのか。密教を経典だけで理解することは困難だから密教宇宙は曼荼羅として視覚化されているのだというが、曼荼羅を見てもやはり何も伝わってこないのはなぜなのか。さらに通説によると、最澄は礼を尽して空海に理趣釈経(密教の教典「理趣経」の注釈書)の借覧を要請したが、空海は密教の本質を経典だけで伝えようとすると誤解を招くとして拒絶し、このことが最澄が空海に対して宗教人として屈服した事を示すのだと言う。だが天台密教の祖たる最澄が果してこのような屈辱を甘受したのだろうか。空海が構築した立体曼荼羅を見ればこうした疑問への答が見つかるかもしれない、と思ったのだ。

東寺の立体曼荼羅は両界曼荼羅だと思い込んでいたが、意外にも違った。それは金剛界曼荼羅であり、胎蔵界曼荼羅はなかった。中央に大日如来を中心とする如来グループ、その向かって右に金剛波羅蜜多菩薩を中心とする菩薩グループ。密教仏ばかりが並ぶ中、一体だけ釈迦系の阿弥陀如来がいかにもアウェーという雰囲気で居心地悪そうに座している。そして向かって左には不動明王を中心とする明王グループが陣取る。四方をヒンドゥから転じた持国天、増長天らが、両脇を梵天、帝釈天が固める。(ちなみに帝釈天の「本名」はSakra Devanam Indrah であり、なぜ寅さんの妹がサクラなのかもこれで分かる。)これらの三つのグループの中で異彩を放つのは菩薩グループだ。見た事もない奇妙で意味深長な印相を結ぶ金剛宝菩薩、そして何と言っても、左肘をグイと張るポーズで妖しくも艶やかなオーラを放つ金剛波羅蜜多菩薩。そう言えば波羅蜜は梵語で女性名詞だ、と気がついた途端、謎が解けた!と思った。

金剛波羅蜜多菩薩が放つ妖艶なオーラこそ密教の奥義なのだ。ヒンドゥの興隆によって衰退の危機に瀕したインド仏教は多くのヒンドゥ神を取り込んで再興を図ったが、その真の狙いは男女の交わりを至高の歓びとして肯定するヒンドゥを仏教に取り込むことだったのだ。そうであればたしかに真言密教は教典だけで伝えることは出来ない。唐で恵果に出会ってその事を知った空海は、この性愛を賛美する新興宗教に朝廷は飛びつくに違いないと直感し、わずか二ヶ月で恵果から真言密教を引き継いで、20年の留学予定を2年で切り上げて急ぎ帰国したのだ。空海の直感は見事に的中し、朝廷は真言密教ブームに沸いたが、最澄は真言密教を継承したと主張する空海のこうした行動に疑念を抱き、性愛の賛美が一体教典のどこに記されているのか、その根拠を糺さんとして密教教典の閲覧を空海に要求したのであって、決して空海に屈したわけではなかったのだろう。そういう事なんですね、と大日如来を見上げると、その目許がかすかに弛んだような気がした。

参照: http://www.touji-ennichi.com/info/koudo_j1.htm

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2008年4月30日 (水)

Sophie Milmanと桑田佳祐

 初めてSophie Milmanの歌声と出会ったのは、JR東海が東海道新幹線の車内で乗客に提供している音楽番組であった。ジャズを純粋なジャズとして、またシャンソンを純粋なシャンソンとして、それぞれ情感豊かに歌い上げるこの女性歌手はいったい何者なのか。名前に一つのヒントがあった。Sophieとはエカチェリーナ2(ロマノフ朝の第8代ロシア皇帝。在位17621796年)の娘時代の洗礼名であり、ロシア人にとっては馴染み深いものである。またMilmanと言えば代表的なユダヤ・ファミリーの一つだ。ロシアとユダヤ、英語とフランス語。多国籍性というより無国籍性を感じた。 

アルバムを買って、ライナー・ノーツを読んで分かった。やはりロシア人とユダヤ人の血を共に受継いでいたのだ。Sophie Milmanはロシアに生まれ、7歳でイスラエルに移住。英語圏で育ち、ジャズに親しんだ。16歳でカナダに移住し、カナダ人としてフランス語圏で暮らすことになった。ロシア語、英語、フランス語を共に母国語としているカナダ人の歌手だったのである。アルバムを買ってはじめて美貌の持ち主であることも知った。

かつて桑田佳祐は、初めての中国公演のステージでストレスのあまり倒れたことがある。観客が全員席に就いたまま、曲が終わると粛々と拍手をするばかりで、いくら桑田が煽っても乗らなかったのである。桑田は記者会見で「世界は一つ、音楽に国境はない、と思っていたが嘘だった」と嘆いた。それはたしかに一つの真実だろう。だがSophie Milmanは音楽における国籍や出自、さらにジャンルの違いまでも、Sophie Milmanという一人の個性の中に見事に埋めこんで見せたのである。

参考: http://www.linusentertainment.com/sophiemilman2006/

          http://www.bluenote.co.jp/jp/original/report/20080612-id000412.html

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2008年3月12日 (水)

洞爺湖サミットへのプレリュード

4ヵ月後に迫った洞爺湖サミットの二大テーマである地球温暖化と国際金融についてそれぞれ別のフォーラムが今週開催され、両方に参加する機会を得た。個々の内容についてのコメントは差し控えるが、それぞれのフォーラムのアプローチは実に対照的であった。

温暖化フォーラムはサミットに向けた格好の論点整理となった。官・民・学の代表がそれぞれのポジションをきわめて具体的に提示したため対立軸が鮮明に浮かび上がり、特にCO2排出権の Cap & Tradeの枠組みを巡ってフロアを含めた緊張感に溢れる議論が展開された。

一方国際金融フォーラムではサブプライム問題を端緒とする世界経済の諸問題が幅広く提起されたが、5名の登壇者は特定のセクターのインタレストを代表しているわけではなく、またそのうち論証付きの仮説を提示したのは1名だけに止まり、あとの4名は論証が伴わない知的世間話の域を出なかった。私個人的には懐かしい home languageであったが、9年間アウェイで試合をして来た目からは隙ばかりが目立ち、司会者の懸命な努力にもかかわらず論点・対立軸が不明確なまま終ってしまったのは誠に残念であった。

ただもっと残念だったのは、それぞれ洞爺湖サミットの二大テーマの一方を扱ったどちらのフォーラムでも、もう一方のテーマを視野に入れた議論がほとんど出なかった事だ。この二つのテーマは相互に密接に関連しているだけに、どちらも物足りなさが残る結果に終わった。

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2008年2月 9日 (土)

経済発展と民主政体

1月27日、スハルトが86歳で死去した。私がSovereign Debtリスケの為、千野ミッションの一員として訪尼してから丁度10年目であった。スハルトの功罪についてさまざまな議論があるのは当然だが、ポスト・スハルトのインドネシアでは「民主化」が進む一方で経済発展が停滞している。なぜなのだろうか。

ぺティ=クラークの法則によると、経済社会・産業社会の発展につれて就業人口および国民所得は第一次産業から第二次産業、第三次産業へとシフトして行く。これに雁行形態論(赤松要・小島清)を重ね合わせると、産業構造の変化に応じた政治体制にも法則性がある事がわかる。典型的な途上国の経済発展の第一段階は外国資本・技術の導入による資源開発だ。資源輸出による外貨蓄積が進み、経済政策の裁量余地が拡大する(=中東、ロシア、ブラジルなど)。第二段階がやはり外国資本・技術を活用した輸入代替産業、次いで輸出産業の育成であり、インフラ整備による製造業の誘致・育成を通じて一層の外貨蓄積と雇用機会・所得の増加が図られる(アセアン上位国や中国)。ここまでの段階では極端に経済開発に傾斜した国家資源の配分を行う必要があるから、強力な政治的リーダーシップが求められる。経済が一段と成熟して、資本輸出により所得収支(利子・配当など)が恒常的に黒字化する第三段階に入ると、ようやく民主政体がジャスティファイされる環境が整う(欧州上位国、日本)。さらに経済が成熟から衰退に向かう最終段階では、国民経済自体がそれまでの国富の蓄積に依存する「年金生活」に入る。貯蓄率がマイナスとなって経常収支赤字が累積し、自国通貨が流出して資本収支を通じて還流するから所得収支の赤字が拡大する。かつてのローマ帝国やサッチャー政権直前の英国、現在のアメリカ、そしておそらく将来の日本の姿だ。この段階の典型的な政体が、日本が今まさに向かいつつある均質的な二大政党体制である。

さて、こうした経済発展のパターンに乗るためには第一・第二段階における傾斜的資源配分を力ずくで行う必要があるため、強力な政治的リーダーシップが必要だ。リークァンユー、マハティール、マルコス、鄧小平らである。スハルトも然りだ。逆にトップのポストが数年で持ち回りとなるベトナムは経済発展が停滞している。民主政体は経済構造が第三段階に入るまでは経済合理性を欠くため、単純な理想論や正義感から無理やり導入すると形骸化したり機能不全に陥ったりする。冒頭の問題提起に戻ると、ポスト・スハルトのインドネシアが真に必要としたのは民主政体ではなく、実は「スハルトの次の独裁者」だったのである。

【参考文献】梅﨑創編『発展途上国のマクロ経済分析序説』 調査研究報告書 第三章(アジア経済研究所、2006 年)

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2008年2月 8日 (金)

平田篤胤の呪縛

幕藩体制が揺らぎ始めた江戸時代中期以降、幕府は百姓・町人の不満を逸らすため、士農工商の枠外に置かれた賤民階級の分断・抑圧を強化した。神道思想のイデオローグ平田篤胤 (1776-1843)も「能く思へば夫も即神の御心で、かの旃陀羅を御悪ひ遊ばす」(『神敵二宗論』)として「旃陀羅」を排撃した。現代の日本人はいまだにこの呪縛から逃れられず、弱者に対する執拗なリンチを続けている。

こうした攻撃性は、かつての軍隊や一部体育会系部活における弱者へのリンチ、交通機関の職員に対する過激な暴言・暴力、教育現場にまで広がったクレーマーなどに見られ、またノンキャリほど顕著であるから、日本人のアタマではなく深層意識の中に深く根付いたものである事が分かる。最近では悪意のない失言をしたにすぎないアーティストに対する徹底的バッシング、相撲部屋におけるリンチ殺人、後を絶たないいじめ自殺なども同じルーツから発生している。このような弱者排撃は、どれも日本以外ではまず考えられないことばかりだ。身体障害者の歩行介助をしているとよく分かるが、エレベーターのドアを開けて待っていてくれるのはほとんどがアジア人なのだ。

日本人が未だに平田篤胤の呪縛から逃れられないのは不幸なことだが、もっと不幸なのは、クレーマーたち自身が江戸時代と同じように矛盾と不満を逸らすために権力から利用されていることに気がついていない事なのである。そして円が世界中の通貨に対して単独安を続ける背景には、こうした日本人の行動に対する世界中の投資家の強い違和感があるのではないかと感じる。円の長期ポジションは、やはりショート堅持が正解のようだ。

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2008年1月24日 (木)

加齢の心理学

(1)人間の活動領域を丸い円(=外円)で表すと、活動的な人は大きな円、そうでない人は小さな円となる。

                                                               

(2)交友(男女関係を含む)とは円と円が重なること。大きい円と小さい円が重なると、大きい円の人にとっては自分の世界のほんの一部であっても、小さい円の人にとっては大きな比率、場合によっては全世界になる。

 

(3)さらにその内側にもう一つ円(=内円)があり、その人の私的領域や妥協できない価値観を表す。つまり人間の人格は二重丸の形になっている。内円のサイズも人それぞれだが、一般に東洋人は大きくて外円に近く、欧米人は小さいと言われている。

(4)内円が大きい人(例えば東洋人)同士は、ちょっと他人と活動領域を共有するだけで内円同士が重なり合うことに慣れており、それを期待している。一方内円が小さい人(例えば欧米人)同士は、相互にかなり多くの活動領域を共有しても内円同士は重ならない、と思っている。もちろん同じ年代の日本人であっても、内円が大きい人も小さい人もいる。

(5)内円が大きい人と小さい人との交友においては、相互の活動領域を相当程度共有しても内円が重なるとは限らず、この事が両者の間に違和感を生む。つまり内円の大きい人は「こんなに親しくしているのだから内円どうしが重なるはずなのに、何か水クサイ」と感じて相手との距離を詰めようとする。逆に内円の小さい人は、いくら活動領域が重なり合っていても、内円同士が接触することをウザッタイと感じている。

(6)さらに、加齢により外円(=活動領域)は小さくなるが内円のサイズは変わらない。このため内円同士が接触しやすくなり、一層違和感が生じやすくなって、交友が長い人同士であっても次第に相手をKYと感じるようになる。極端な場合は晩年になって長年の交友関係に終止符が打たれる結果に繋がる。

(7)こうした事を防ぐ為には、自分の外円・内円のサイズを十分自覚し、他人のサイズも十分認識して距離のバランスを取る事が有用。若い頃よりも相手との間に距離を置くようにすることが、友好関係を永続きさせる秘訣である。 

【参考文献】S.フロイト「精神分析入門」全巻

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2007年10月24日 (水)

マリオン・ジョーンズとビジネス論

(ヨーロッパビジネス論(月曜・3限)の参考資料です。) 

                              

                                                                              

 これまでドーピングを強く否定してきたマリオン・ジョーンズが過去の薬物使用を認めた。ドーピングを否定した自らの2003年連邦大陪審での証言についても偽証を認め、10月4日ニューヨーク州ホワイトプレーンズの連邦地裁前で涙を流しながら次のように語った。

"It is with a great amount of shame that I stand before you and tell you that I have betrayed your trust・・・I have let them down, I have let my country down and I have let myself down." (New York Times, 下線は筆者)

注目したいのは下線部分だ。マリオン・ジョーンズに対する過去のドーピング検査において明確な「クロ」判定は出ていないにもかかわらず、自分からドーピングを告白したマリオンの行為は、キリスト教徒固有の告解(Confession)に準ずるものである。

告解(Confession)とは、キリスト教徒が洗礼後に犯した罪を聖職者に告白する事を通じてその罪における神からの赦しと和解を得る信仰儀礼だ。罪を犯したことを他人は誰も知らなくても、自分と神はそれを知っている。マリオンは自分自身と神を偽り続けること自体に耐えられなくなったのだ。誰も見ていなくても神は見ている・・・これがキリスト教徒、特にプロテスタントが共有している価値観である。ミートホープや赤福の社長も罪を隠蔽していた点はマリオンと共通だが、内部告発によって事実が明るみに出なければ、いつまでも自分自身を偽り続けることはできた筈だ。事実、ミートホープや赤福の会見では「世間を騒がせた」「消費者に迷惑をかけた」「長年の社歴・伝統に傷をつけた」など、外部に対する謝罪はあったが、自分自身を偽った事に対する自省の言葉はなかった。我々非キリスト教徒がキリスト教圏においてビジネスを行う場合、こうした Business Ethic の違いを十分認識しておかないと不測の不利益を受けることがある。(関連の具体的ケースは授業で扱う。)

言うまでもなく歴史学や宗教学、文化人類学、心理学などはビジネスのための学問ではないが、ビジネスの側から見るとこれらを深く学ぶことはビジネスの目的にとってきわめて有用なのだ。現実のビジネスは極めて多くの変数によって規定されているから、学際的なアプローチが必須である。ただいわゆる「ビジネス論」が陥りやすい落し穴は、断片的な事実の単なる列挙や検証が不十分な「後講釈」に終始してしまう危険性だ。多様な現実を扱うビジネス論であればこそソリッドな座標軸を持つ必要があることを、学生諸君は十分認識してほしいと考えている。

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2007年9月21日 (金)

10月からの郵政民営化で何が変わるか

学生諸君の参考に、以下まとめてみました。

200710月から何が変わるのか】

・「民営化」ではなく、「民営化のスタート」のはじまり。民営化完了は10年後。

10月から現在の郵政公社が五つに分れる。

   日本郵政株式会社(持株会社)

   郵便事業株式会社(郵便の配達や切手、葉書の販売など)

   株式会社ゆうちょ銀行(貯金)

   株式会社かんぽ生命保険(保険)

   郵便局株式会社(郵便局。窓口でこれまで通り郵便、貯金、保険を扱う。)

101日になっても現在の郵便局が扱うサービスの内容はほとんど変わらない。

【民営化される現在の郵政公社はどんな会社?】

・全額政府出資の巨大企業。

20073月期決算(連結)では、郵政公社のサイズ(総資産)は350兆。

 (日本の名目GDP500兆円弱)

・その資金の使い方別では、有価証券が250兆(70%強)。そのうち200兆以上が国債。

・資金の集め方別では、350兆のうち200兆が郵便貯金と簡易保険。

・つまり簡単に言うと、貯金と簡保で200兆円を集めて、そっくり国債を買っている。

【そもそも民営化の狙いは?】

「民間に出来ることは民間で」という構造改革の発想。政府の基本方針(閣議決定)は

(1)市場における経営の自由度の拡大を通じて良質・多様なサービスを安い料金で。

(2)郵政公社に対する「見えない国民負担」を削り、資源を国民経済的な観点から活用。
(3)
公的部門に流れていた資金を民間部門に。国民の貯蓄を経済の活性化につなげる。

【本当にそうなるのか?】

まだわからない。今後の民営化のスケジュールは、

・現在は政府が100%株主だが、持ち株会社・ゆうちょ銀行・かんぽ生命が2010年度の上場を目指す。

・それ以外の具体的なサービス内容の変更はまだこれからの話。住宅ローンの地方銀行との提携などを模索しているが、あまり進んでいない。今後10年間で固める。

【ユーザーとしては今後何に注意するべき?】

10月からはとりあえず貯金の非課税限度や簡保の窓口での入院費などの「即時払い」の見直し、委任状つきでの国債購入が一部の郵便局ではできなくなる、など。いずれもお年寄りや病人、身体障害者に影響が出ることに注意。

・それ以外の点では、まだこれから決める部分がほとんどなので、ユーザーも具体的な不満や希望をどんどん発言してゆくことが大切。具体的に法令が出るときには官庁のHPで意見を募集するので、だれでも意見を述べることができる。

【郵政民営化の今後の枠組み作りの上での問題点は?】

・貯金・保険の商品多角化を進め、利益優先で運営すると、社会的弱者やデジタル機器に弱い高齢者の切捨てにならないか?今は貯金も保険も限度1000万円で、手続きも簡単。リスクを限定して利便性を優先しているわけで、一概に非効率な制度とは言えない。

・銀行なら企業への融資を通じて産業に貢献するのが当然だが、今は有価証券ばかり買っている。無理やり郵貯資金を国債や地方債、財投機関債の購入から開放すると、審査能力不足のまま貸付残高目標を追求する結果、新銀行東京のように不良債権の山を築くだけでなく、政府の財政コストも急上昇するのではないか?

・資金の流用や横領が目立つ社会保険庁よりも、そうした問題がほとんど聞かれない郵政公社を先に民営化するのは順番が逆ではないか?また勤労者のための労働金庫、農業者のためのJAはそのままで、一般国民、特に格差社会で出遅れた人たちが安心して利用できる金融機関をなくしていいのか?

・「民間に出来ることは民間で」は良いが、民間でやるには適していないことまで民営化してはいけない。そこを良くわきまえて進めるべき。

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2007年7月29日 (日)

デマレッジとレジ袋、そしてインフレ・ターゲティング論

もともとデマレッジDemurrage、滞船料)とは、用船契約において用船者(荷主)と船主との間で一定停泊期間に貨物の揚積みを行うことを取り決めたが、荷役がその期間に終了しない場合、超過期間について用船者が船主に対して支払わなければならない滞船損害賠償金のこと(日本船主協会 海運用語集)。これが私的通貨の流通を促す仕組みという意味でも使われる契機となったのは、1930年代前半、世界恐慌に見舞われたアメリカとヨーロッパで企業や自治体によってさかんに発行された私的通貨であった。これらの私的通貨はいずれも発行体の歳入不足を補うための非兌換券であり、流通性の根拠たる信用力を欠いていたところから、その流通を促進するため、一定期間のうちに使用しないと通貨価値が減価してしまう仕組みが組み込まれていた。例えばある私的通貨の保有者は、毎月末に通貨額面の2%に相当する印紙を発行体から購入して通貨の裏面に貼り付けない限り、その通貨は翌月以降無効とされたのである。受取った私的通貨を一刻も早く使ってしまわないとペナルティーがかかるのだ。この仕組みが海運用語からの類推でデマレッジと呼ばれるようになった。こうした、流通の根拠を「使わないと罰を受ける仕組み」に依存した私的通貨には持続性(sustainability)がある筈はなく、その後私的通貨の発行は影を潜めたが、1980年代初頭、アメリカにおいてタイムダラーが登場して以来再び盛んになった。

タイムダラーは現在エコマネー、地域通貨、電子マネーなどと呼ばれている私的通貨の原型である。こうした現代の私的通貨の狙いはボランティア活動の後押しや地域振興・コミュニティ・メンバー間の互恵的経済便益の促進(タイムダラー、レッツ、イサカアワーズなど)から純粋な商業的目的(Suica,Edy,Nanacoなど)までさまざまであるが、ほとんどの場合何らかの形で「使えば使うほどメリットが出る」という形の、いわば「プラスのデマレッジ」が組み込まれている。1930年代の「マイナスのデマレッジ」とは逆に、「プラスのデマレッジ」は私的通貨に持続性を付加するが、一方で、使用者にプラスのメリットを与える以上、そのコストを誰がいかなる形で負担するのかが明示され、合意されていないとフェアな仕組みとは言えない。例えば自治体が負担するなら、その財源は地方税であるから住民が負担している事になるのだ。

ところで、最近スーパーマーケット等の小売業におけるレジ袋削減が一つの流れになっており、私の家の近所でも二つのスーパーマーケットがそれぞれ対照的なやり方でレジ袋削減を進めている。Sでは再利用可能な買い物袋を20円で販売しており、店長がレジに並ぶ客一人ひとりに「レジ袋削減にご協力をお願いします!」と呼びかけてプレッシャーをかけている。レジでは、客が買い物袋を持っていようといまいと「レジ袋要りますか?」と店員が詰問調で問い質す。「マイナスのデマレッジ」を使っているのだ。一方Mではポイント制を採用していて、自店の買い物袋も売ってはいるが、とにかく自前の買い物袋を持参すればポイントを上乗せする。持参しなければポイントの上乗せはなく、レジ袋を黙って渡される。「プラスのデマレッジ」を使っているのだ。どちらに永続性があるのか、考えるまでもない。

尚、「マイナスのデマレッジ」の概念は経済政策として愚策の最たるものであるインフレ・ターゲティング論の根拠となっている。だが1930年代に既に証明された通り、早く使わないと通貨が減価してしまう仕組みには、副作用の危険こそあれ持続的消費促進効果はなく、インフレ・ターゲティング論は一時的経済指標の改善を偽装する国家レベルの粉飾決算でしかない。経済政策というよりも政治的プロパガンダなのだ。

(本稿の参考文献は静岡産業大学経営研究所「環境と経営」第8巻第2号の26-27頁に掲載)

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2007年6月20日 (水)

環境ビジネスのキーワード:LOHAS

 6月は国際的なカンファランスに参加する機会が2回あった。一つはハイリゲンダム・サミットのシェルパを務めた河野外務審議官の報告会。もう一つはOECDが東京で開催したグローバル・バリュー・チェーンにおけるSMEsの役割に関するフォーラムである。そしてこの相互に全く独立した二つのカンファランスが発信した共通のキー・ワードがロハスであった。

 

 河野ラウンド・テーブルでは質疑を含めて一時間半にわたり、舞台裏を含めたハイリゲンダム・サミットのエッセンスが紹介され、地球環境問題が今後数年間の国際社会の最優先アジェンダであること、来年の洞爺湖サミットでもメイン・テーマとなることが明らかにされた。さらに地球環境問題の今後の展開の一つのマテリアルなパースペクティブが民間ビジネスとのリンケージであり、グローバルな消費者の嗜好の変化を鋭く捉えたビジネス・モデルとしてトヨタのエコ・カーの商業的成功が紹介された。一時間半のこのセッションにおいて、何と拉致のラの字も出なかったのである。

 一方OECDフォーラムは、OECDが膨大な時間と費用をかけて実施した、新しいビジネス・モデルとしてのグローバル化するSMEsに関する調査の総括であった。SMEに関する多くの事例研究が発表されたが、ここでもグローバルなトレンドは消費者のエコロジー・コンシャスなライフ・スタイルへの嗜好の高まりであり、かかるマクロ・トレンドをふまえた上で各国ごとのローカル・バージョンを設計し、商品化するSMEのロハス・ビジネスの事例が数多く紹介された。「グローカル」は自分の造語だと主張する向きが急増しているが、その中身は「ロハス」である。スポーツ、健康、エコロジー、ロハス・ビジネス。これらは、これからの時代のベクトルを形成する共通のキー・ワードなのだ。

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2006年10月14日 (土)

コーランの経済合理性

 経済合理性(Economic Viability)を欠いたものは持続可能(Sustainable) ではない。ほとんどの宗教上のタブーや規範はそれぞれの教典に由来するが、一方で実は経済合理性にも裏付けられていることが多いのだ。例えばヒンドゥー教徒は牛を聖なる動物として大切にし、食用にしないが、牛は食肉にするよりもミルクから乳製品を作ったり農耕に使う方がはるかに生産性が高いことが知られている。では、ユニークな規範が多いイスラム教の教典であるコーランには経済合理性があるのだろうか。

1.断食

 イスラム教徒は毎年約1ヶ月間にわたって、日の出から日没までの間一切何も口にしない断食を行う。だが日没後一人で食事をとる人はほとんどおらず、毎日親族が一堂に会して大人数で盛大な会食が行われるのが常だ。そして断食月明けは、盆と正月が一緒に来たような盛り上りの中で連日大宴会となる。断食月以外でも、毎週金曜日はアッラーに祈りを捧げる大切な日であり、その前日である木曜日の夜には親族が一堂に集う大会食が行われる。断食月は、一族が一堂に会しての盛大な会食の機会を提供しているのだ。そしてこうした大会食の費用は、一族の中で最も成功した裕福な者が負担している。「金持ちのおじさんのおごり」なのだ。断食は豊かな者がそうでない者に施しを行う所得再分配の仕組みなのである。

2.一夫多妻制
 
 イスラム教徒の男性は4人まで妻を娶ることが許されている。これもまた、豊かな者がそうでない者の生活の面倒を見るという、所得再分配の仕組みなのだ。もちろん所得再分配は財政の機能であるが、イスラム教が生活資源の乏しい砂漠の民の信仰としてスタートしたという事実を忘れてはいけない。砂漠の民の生活には財政は十分機能せず、それに代る所得再分配の仕組みが必要であった。コーランがその役割を果したのである。

3.豚と犬の禁忌
 
 イスラム教徒は豚を穢れたものとして口にしない。同じ食物に関するタブーでも、ヒンドゥー教徒が牛を聖なる動物として大切にするのに対し、イスラム教徒は豚を忌避するのだ。そしてこの事の背後にも砂漠の民の生活の経済合理性が存在する。豚は、そして同じくイスラム教徒が忌避する犬も、家畜として養うためには残飯が必要だが、砂漠を移動する生活には残飯を残す余裕はない。草原では牛も羊も鶏も、放し飼いにしておけば自分で餌を採って勝手に育つが、砂漠ではそういう訳には行かないのだ。

 コーランは、実はかなりの経済合理性を包含しているのである。

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2006年7月22日 (土)

ヘッジファンドの次のターゲットはスポーツクラブ

 1ヶ月もブログの更新をさぼっていたが、その割にアクセス数がちっとも落ちなかったのは、多分学生が期末レポート作成のためにかける検索がさかんにヒットするからだ。学期末にはいつもこの現象が起る。ヒットするキーワードを見るとポートフォリオ系・金融工学系と並んで西洋史・宗教史系も多い。更新をさぼっている間にもポートは結構動かしていて、エクイティからシフトした円投の豪ドル債などは為替だけで1週間で3円もプラスだ。長期債を金利差で買っているので、ここは為替だけ先物でショートにしてみようかと考えているところだ。

 ところで最近ブルームバーグが配信した記事で気になったものがある。日付は失念したが、ヘッジファンドの次のターゲットはスポーツクラブだという趣旨であった。たしかに昨年マルコム・グレーザーがマンチェスター・ユナイテッドの買収資金を調達した際、グレイザーがデフォルトした時は米ヘッジファンド3社がマンUの株主になるというバック・アップ契約を締結していたし、ドイツで唯一上場しているサッカーチーム、ボルシア・ドルトムントの株式11%をアブソルート・キャピタル・マネジメント・ホールディングスのCIOフロリアン・ホムが買った。最近では英ニューキャッスル・ユナイテッドの28.8%を保有する大株主に対して米ポリゴン・インベストメントが買収を打診した模様。サッカーだけでなく、A1グランプリは年内の新規株式公開(IPO)を計画しているが、同株式の32%はロンドンのRABキャピタルが率いる投資家連合が保有しているという。   
 
 ところがブルームバーグによるとスポーツクラブは航空、ファッション、映画業界と並んで世の中で利益の上がらない代表的な業種であり、ヘッジファンドのスポーツクラブへの投資は、エクイティをスクイズしてキャッシュが厚くなり、高配当維持圧力が高まる中での苦し紛れのポートではないか、というのだ。日本でも村上ファンドが配当圧力に耐えかねて阪神球団にまで手を出して失敗し、楽天もイーグルス売却のタイミングをはかっている様子だ。スポーツクラブの経営は最近の学生が好んで取り上げたがるテーマだが、ポートの対象としてのスポーツクラブはまだ始まったばかりで、これから相当の時日と紆余曲折を経てクレジット・データが蓄積されて行くのであり、当面の間は素人が手を出すと怪我をするハイリスク・マーケットなのだということを十分理解しておきたいものである。

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2006年6月21日 (水)

地域通貨とエコマネー

 民間組織が発行する私的な擬似通貨が注目を集めている。国民通貨と併用されるこうした私的通貨は、通常その流通が特定地域の住民や特定組織の会員に限定される為に「地域通貨」や「コミュニティー通貨」、また地域におけるボランティア活動の活性化を後押しする仕組みとして「エコマネー」などと呼ばれる事が多い。こうした私的通貨は日本でもかつて藩札や軍票として発行されたことがあるが、今改めて注目を集めている背景には、小泉・竹中らの狂信的新古典派信奉者たちが堀江や村上の暴走を許したのであり、「額に汗して(大鶴東京地検特捜部長)」稼ぐ「おカネ」と投機に使われて自己増殖する「マネー」とは区別するべきだという、内橋克人流のリビジョニストたちの思いがある。マトモで真面目な「おカネ」を金融の主役として復活させる仕組みとして擬似通貨が注目されているのだが、通貨論の知識を欠いた、熱い理想に支えられただけのアイデアや思いつきでは私的通貨が有効に機能する筈はなく、その限界や問題点が次第に明らかになってきている。以下こうした擬似通貨の歴史、特徴、課題についてまとめてみた。

(1)地域通貨(私的通貨)の原型

★W.H.Caslowの1933年の回復証明書 
シカゴの新聞社のオーナーが社員に支払う給料の一部として額面金額1ドルの「回復証明書」と呼ばれる証明証を発行。社内の買い物に使用できたが、保有者は毎月2セント分の証紙を合計54回まで新聞社から購入して貼付しないと流通できない(デマーレッジ=通貨を使用しなかった場合の罰)。結局新聞社の倒産により破綻した。通貨というよりも詐欺行為に近いものであった。

★ラーキンの1933年の商品券
バッファロー(ニューヨーク)に本拠がある食物およびガソリンの流通業者のオーナーであったラーキンが、従業員に対する給料の一部に充てる為、同社グループの百貨店の商品券を発行した。本質は給料の現物支給であったと言える。

★1930年代初、アメリカの300以上の地方自治体
地域限定流通の地域通貨が数多く発行された。財政赤字対策及び通貨の流通速度の加速により消費を活性化する狙いから、デマーレッジが付けられていた。

★1930年、ドイツのWara
バイエルン(ドイツ)の炭坑の所有者が鉱夫への給料支払のためにWaraと呼ばれる通貨を発行。Waraはデマーレッジの付いた「スタンプ通貨」(毎月その所有者は額面価格の2%と等価なスタンプを購入して添付しなければならない)であった。ドイツ当局が1931年に無効にするまで、ドイツで2000以上の企業が発行した。

★1932年、オーストリアのWorgl
オーストリアが失業対策の為の公共事業に一時的に雇用された労働者への賃金の支払い用に発行した労働証明書。月当たり1%のデマーレッジ付き。本質は、地方自治体の財政赤字対策としての市債。

以上の私的通貨に共通するのは、流通を強制するための仕組みとしてデマーレッジが組込まれていたことである。

(2)現代の地域通貨

★タイム・ダラー
エコマネーの原型。 1980年代初頭、アメリカで開始されたサービス・信用の交換システム。参加者が行ったボランティア支援活動時間を「タイム・ダラー」というサービス・ポイントに換算して貯めることができる。1タイム・ダラーの供給者は、他の会員から1時間のサービスを受けることができる。(例えば1時間ボランティアで公園の清掃活動を行い、1タイム・ダラーを貯めた人は1時間分のボランティア活動(例えば病気になった時の家事の支援)を受けることができる。

★LETS
エコマネーに商業性を付け加えた、1983年にバンクーバー(カナダ)でマイケル・リントンが開始した会員制地域通貨。各会員が各自提供できる財・サービス(中古自転車・犬の散歩・庭の草取り……)のメニューを作って登録し、値段を「グリーン・ダラー」で表示する。財・サービスの物々交換の仲介手段。

★HOUR
Edyの原型。1991年イサカ(ニューヨーク、フィンガー・レイク湖地域)でポール・グローバーをはじめとする市民グループが、地元農民間での農作物の物々交換取引促進を狙って考案した地域通貨。Ithaca Hours社(NPO)が発行しており、無利子ローンの制度もある。会員以外の一般観光客などもHOURを購入すれば加盟商店、レストランなどで利用できる。幸運と繁栄の象徴であるヤモリを図案化した紙幣(In Ithaca We Trustの表示あり)を発行しており、観光資源としても活用。

★WIR
スイスで1934年に始められ、現在も残存している会員制の地域通貨。会員はWIR(協同組合)で口座を開き、通貨としてのWIR( 1スイス・フラン=1WIR)を購入して会員同士の取引に使用する。スイス・フラン(SFr)の代わりにWIRを使用する利点は会員限定特別割引価格の適用。

(3)私的通貨の問題点

★通貨発行主体の信用リスク。発行主体が破綻した場合に私的通貨の保有者がどこまで保護されるかが明確に開示されているか。

★Exit Option。入手した私的通貨を国民通貨に戻すなどの方法により売却することについて制約・リスクはないか。

★行政のモラル・ハザード。地域振興などを狙いとする私的通貨の場合、ボランティアの好意に甘えて本来行政が行うべき公共サービスが手抜きになっていないか。(地域通貨を貯めても、必要な時に必要な質のサービスを受けられる保証はあるのか)

(参考文献は静岡産業大学経営研究所「環境と経営」第8巻第2号の26-27頁に掲載)

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2006年6月 6日 (火)

インサイダー取引とオフサイド・トラップ

 村上ファンドはどこが悪くて立件されたのか。来週のゼミで誰かが必ず話題にすると思うので、議論が散逸しないようにあらかじめポイントを整理しておこう。尚ゼミ生はライブドア立件に関する次のバックナンバーも見ておくこと。

2006年1月18日 「地検特捜部の親指」
2006年1月19日「マックスバリュとライブドア」
2006年1月23日 「ライブドアのどこが悪い?」

ポイント(1)地検特捜部の村上立件の動機は何か
 
 東京地検特捜部の大鶴基成部長は、検事を志す人々に検察の仕事を紹介する法務省のウェブサイト上で「闇の不正と闘う」と題して次のように述べている。

「額に汗して働いている人々や働こうにもリストラされて職を失っている人たち、法令を遵守して経済活動を行っている企業などが、出し抜かれ、不公正がまかり通る社会にしてはならないのです。」
http://www.moj.go.jp/KANBOU/KENJI/kenji02-01.html

 この発言にあなたは賛同するか、それとも違和感があるだろうか。何か違和感があるとすると、それはおそらく大上段に振りかぶった「闇の不正と闘う」という意気込みと刑量とのアンバランスだろう。村上が問われる証券取引法違反の刑事罰は3年以下の懲役又は三千万円以下の罰金にすぎず、またライブドア・村上ファンドいずれの場合も、大きな損失を被ったのはリスクを百も承知のプロの投資家であり、耐震強度偽装事件などに比べると一般市民の被害は小さい。だから、自らを「闇の不正と闘う」と使命付ける地検特捜部のターゲットが「闇の不正」をはたらいた堀江や村上の処罰にすぎないとすると、いかにも仕事が軽すぎるのだ。むしろ地検特捜部の真のターゲットは堀江個人・村上個人の犯罪の摘発ではなく、カッコつきの「時価総額経営」「株主主権」「コーポレート・ガバナンス」といった、エスタブリッシュメントにとっての「目の上のタンコブ」を退治することだったのではないだろうか。

ポイント(2)村上ファンドは今後どうなるのか

 投資家は単純にリターンを見て村上ファンドを買っていたのであり、特に日本の「コーポレート・ガバナンス」のあり方を変革する事を支持していたわけではないから、立件を機に利益を確定してExitするだろう。解約率は100%近くに達すると思われ、村上個人は微刑に終っても村上ファンドは地検特捜部の狙い通り退治されて消滅するものと思われる。

ポイント(3)村上はなぜ単純な違法行為を犯したのか

 ライブドアの違法行為の本質は自社株の株価上昇を自社の収益として計上したことであり、その為の手段として投資事業組合や株式分割、粉飾決算といった凝った仕組みが使われたが、村上ファンドの違法行為は誰の目にも明らかなインサイダー取引である。「プロ中のプロ」を自認する村上がなぜこのような単純な違法行為を犯したのか。オフサイド・ルールを知らないサッカー選手はいないのにオフサイドを取られるのは、オフサイド・トラップに嵌るからだ。村上立件の契機は堀江・宮内の供述だが、彼らを誘導してディフェンス・ラインを上げさせた勢力があったのではないだろうか。

 キャリアの法曹集団である地検特捜部が守ろうとしている権益は何だろう。その背後には「エスタブリッシュメント」という真の巨大な「闇」が見え隠れする。

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2006年4月30日 (日)

IMFの死亡診断書

 APECには既に死亡診断書が出ていて、今は埋葬許可を待っている段階だ。WTOも早晩同じ運命を辿りそうな雲行きになって来ているが、IMFは大丈夫だろうか。

 先週末、IMFが貿易不均衡を是正するための二つの新しい枠組みを発表した。マルチラレラル・サベイランスとマルチラレラル・コンサルテーションである。4月24日付のFTによれば、アメリカの低貯蓄率、中国の硬直的な為替相場制度、日本やドイツ・産油国などの貿易黒字について早晩IMFに多国間協議の場が設けられるとの事だ。いまさら埃を被った諸問題をどう料理しようと言うのだろう。
 
 たしかに貿易不均衡の是正と為替レートの適正化はIMFのArticles of Agreement 第1条に謳われているIMF本来のミッションであるから、貿易不均衡を世界経済における構造的な問題として捉え、その解決の為に一肌脱いで汗をかく、というのは道理である。だが良く考えてみると、もともとIMFがアドレスして来たのは開発途上国の貿易不均衡や為替レートの問題だった筈ではなかったか。IMFは途上国に対して、貿易均衡を回復するための一時的な資金と処方箋をセットで提供してきたのである。しかしながら貿易取引に対する資本取引の比重が増加するに従って、貿易収支にアドレスするだけでは国際金融危機に対処できないことが明らかになってきた。1993年にERMが実質崩壊したのは国際的な資本取引がコントロールできなかった為であり、1997年のアジア通貨危機はこうした資本取引が開発途上国をも巻き込む時代が来たことを意味するものであった。国際金融危機のキーワードが経常収支から資本収支に変わるとともに、IMFの役割の限界が確認され、誰もがIMFにいずれ死亡診断書が出されるという予感を持ち始めたのである。今回の新しい枠組みは、一見するとIMFに新たなミッションが吹きこまれたようであるが、注意しなければならないのは、今回IMFがアドレスしようとしているのが途上国ではなくアメリカの貿易赤字であり、為替レートの適正水準への調整の名の下に中国に対する人民元の切り上げ要求までも視野に入れている事だ。IMF独特のジャーゴンで装飾された今回の声明の中には、IMF自らが本来のIMFの使命について死亡診断書を書き、代りに延命装置を取り付けた事実が読み取れる。先日「何をやっても絶対解決できないテーマは永遠のメシのタネだ。地方都市の町おこしがその典型例だ。」と同僚の教授に聞いて、なるほど、と思った。IMFもどうやらそれと同じパターンに嵌っているようである。

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消費者金融会社の実像

 狂信的新古典派で固めた第3次小泉内閣にあって異彩を放つ勘違いリビジョニスト、与謝野経済財政・金融相。提携都市銀行にまで矛先を向けた唐突な消費者金融バッシング発言がやけに目立つと思ったら、案の定アイフルが立件された。昨年12月のみずほ証券によるジェイコム株誤発注の清算で他の証券会社が巨額の利益を得た事実が明るみに出る前日にも、閣議後の記者会見で「けしからん」発言を行っており、フライング癖が治っていないようだ。ただアイフルは派手なテレビコマーシャルのイメージの割には小さな会社であり、業界ビッグ3は武富士、アコム、プロミスである。消費者金融市場への本格進出を目論む都銀にスケープゴートとして血祭りに挙げられた可能性が高いが、貸し手にとって消費者金融ビジネスはなぜ魅力的なのだろうか。消費者金融と言うと、与謝野大臣ならずとも感情的な嫌悪感がストレートに表に出がちだが、冷静にその実像を解明してみよう。

 消費者金融会社の規模はどの位なのか。業界最大手である武富士の連結総資産(2005年9月中間)は約1兆7千億円。地銀64行の平均は3兆4千億円なので、その半分程度にすぎない。みちのく銀行や山形銀行とほぼ同じサイズであり、清水銀行(1兆2千億円)をやや上回る程度である。意外に小さい業界なのだ。因みに静岡市に本社のあるクレディアの総資産は磐田信用金庫の5分の1程度だ。

 次に商業銀行と比べたバランスシート上の特徴は、左側の借方については資産が貸付金に極端に集中している事であり、その内容も商業銀行とはかなり異なっている。商業銀行の貸出資産は借り手の業種や規模・資金使途や期間が1件ごとに異なり、多種多様であるから定性的な審査が不可欠である。経験がモノを言うプロの世界だ。これに対して消費者金融の借り手は小口・均質であるから、過去のデフォルト・データに基づく定量的信用リスク管理が容易である。回収不能リスクを貸出金利に折込んで高い確度で採算を一律的に管理出来る、コンピューターの世界なのだ。一方右側の貸方では固定負債の比率が極めて高い点が特徴であり、流動負債に計上されている1年以内に返済期日が到来する長期負債を含めると、負債の殆どが固定負債だ。長期調達・短期運用という、都銀も羨やむ超健全構造なのである。さらに固定負債の中ではノンバンク社債法施行以来社債発行が増加していて、直接金融との関りが深まっている。消費者金融会社と言うと、営業も回収も泥臭いイメージが強いが、バランス・シートから見た実像は意外にスマートな業界なのだ。今後ますます激化するマーケティング競争をいかにして勝ち抜き、評判リスクをクリアーして行くか。これが消費者金融会社のサバイバルの鍵を握っている。

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2006年3月29日 (水)

ACUがピンチ?

 3月27日付のFT(2面)が、かねてADB(アジア開発銀行)が準備を進めているACU(Asian Currency Unit)のローンチが難航中だと報じている。(ACUについては昨年国際金融論で説明済。忘れた人はノートで確認しておいて下さい。)その理由はバスケットのナカミがなかなか決まらない為で、本来の発想は「アセアン+3」の通貨なのだが、人権問題やマネー・ロンダリング疑惑のあるカンボジアやブルネイを入れる事については反対論があり(それにしてはミヤンマーが名指しされていないのはなぜだろう?)、他方パン・パシフィックを視野に入れるなら豪ドルや香港ドル、台湾ドルを入れるべき、いやそれは中国が認めない、等々議論の収拾がつかなくなっている由。このため黒田総裁も若干トーン・ダウンして来ていて、ACUはECUとは異なりアジア通貨の参照値にすぎない、名称もACI(Asian Currency Index)に代えようか、とか、幾通りもの異なるコンポーネンツのACIを作ってもよい、というような話が出ているとの事。

 ファイナンスの現場を離れてもう7年になるのでこのFTの記事の当否を判断できないが、これがある程度正確だとすると、ここまでトーンダウンしたのでは何の為にACUを創設するのか分らなくなる。作る以上は使うことが前提であるべきだ。だがADBの言う通り、ECUはACUのモデルにはなり得ない。ECUはあくまでも欧州の経済統合が進んだ結果として存続可能になった通貨バスケットであり、はじめに共通通貨ありきだった訳ではない。その経済統合も、昨年掲載した「EU統合の行方」(1-10)で論じたように、そもそもEU25自体がすべてキリスト教国であるからこそ可能だったのであり、回教国であるトルコ一国のEU加盟問題が欧州憲法条約の否決にまで広がってしまったほどだ。(これも「憲法」の二字を外し、トーン・ダウンして生き返らせる構想が独仏間で検討されていると先日FTが報じていた。)仏教あり、回教あり、キリスト教あり、儒教ありの「アセアン+3」ではEU型の経済統合やECU型の通貨バスケットは非現実的だ。むしろ「使い方」という点からすれば、ACUがモデルとすべきはSDRではないだろうか。ADB出資国の比率に応じたバスケットにしてADBのすべてのアカウンティングをACU表示とし、さらにADBの与信も起債もすべてACU建てとする。1980年代初頭、ユーロSDRデポを民間として初めてニューヨークに導入した私自身の経験からしても、ここまで御膳立てをすればACUの民間でのUsageは必ずついてくる。為替先物業者ではあるまいし、単なるアジア通貨のindexなどいくら作っても面白くも何ともないではありませんか?

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2006年3月22日 (水)

国際金融市場としてのロンドンとニューヨーク、そして香港と上海

 昨年掲載したブログ「人民元の実験が始まる(1-3)」では、「開放経済のトリレンマ」仮説に基いて中国における「一国二通貨」制度の将来を展望する中で、なぜ香港ドルが現在のカレンシー・ボードから解き放たれ、国際通貨制度史上前例のない「管理された巨大な資本取引通貨」へと変貌して行くのかについて概説した。それでは香港は他の国際金融市場と比べて今後どのような個性を発揮し、また同じ中国の巨大な金融市場である上海とはどのように棲分けて行くのだろうか。このテーマを考えて行く上では、世界の主要な国際金融市場の生い立ちや特徴を把握しておくことが格好のモノサシとなる。そうなるとまずはロンドンとニューヨークだ。BIS(国際決済銀行)は3年ごとに4月の外国為替とデリバティブの主要市場ごとの取引高調査を実施しており、詳しい計数はBISのホームページで見ることが出来るが、ロンドン、次いでニューヨークの二大市場の規模が突出しており、この二大市場に次ぐ東京市場の取引高は、最新データである2004年4月のデリバティブ取引においてロンドンの6%、ニューヨークの10%程度に過ぎない。

 ロンドンとニューヨーク。この突出した二大国際金融市場は、しかしながらかなり異なる生い立ちと個性を有している。理解を容易にするために敢えて極言すれば、ニューヨークが巨大な米国経済と表裏一体の、膨大な実需取引を裏付けとするキャッシュ中心のオン・ショア市場であるのに対し、ロンドンは特に英国経済と強く結びついているわけではなく、生き馬の目を抜くような裁定取引が中心の、絶えず金融技術革新が行なわれている規制のない洗練された巨大なオフ・ショア市場である、と言える。国際金融ビジネスのプロたちは国籍や所属組織とはかかわりなく、駈出し時代の生い立ちに応じてロンドン派とニューヨーク派とに分かれていて、ロンドン派はニューヨークを実需に依存する泥臭い市場であるとこき下ろし、ロンドンこそプロフェッショナルが腕を振るうにふさわしい洗練された真の国際市場である、とする。一方ニューヨーク派は(私も含めて)ロンドンなぞ所詮実態のない裁定取引が主体の根無し草であり,ニューヨークこそ実体を伴う懐の深い人間臭い魅力にあふれた市場である、とする。

 両市場が別々の道を歩み出したのは、1933年と35年に米国の銀行法が改正され(別称グラス・スティーガル法)、銀証分離政策が確立されたことが契機である。銀証分離の狙いは銀行業・証券業ともに独立採算を貫くことにより、一方を他方が支援したりサポートすることなく、それぞれが独力でサバイバルできる体力をつけることである。ちょうど親鳥が成長した雛を巣から追い出して巣立ちを促し、単独で餌を取れる強い雛だけを次世代に残そうとするのに似ている。植物なら温室ではなく原野に植えて自然淘汰に任せる方が強い種が残ると考えるのだ。これに対して欧州のユニバーサル・バンキングは、今は未成熟で赤字だが将来重要になると考える証券部門を、成熟した銀行部門と同一の企業体の中に置き、両部門のシナジー効果を引き出してビジネス面・収益面でのさまざまな支援を行って育成するという考え方である。鳥の雛には十分餌を与えて単独で生きられる力をつけさせてから巣立ちさせるほうが強くなる、植物なら原野に放置するよりも肥料を与え、よく手入れをして育てたほうが強く育って大きな実をつけると考えるのだ。米国には銀行業・証券業それぞれが生き残れるだけの大きなパイ(経済規模)があったから、まずは銀行業・証券業それぞれが特徴を生かして資金余剰部門から不足部門への円滑な資金循環を実現することが優先され、洗練された金融商品の開発や金融の国際化は二の次であった。これに対して欧州では、個々の国のパイ(経済規模)では遠く米国に及ばないから、将来重要になる産業は競争にさらすのではなく保護・育成するという考え方がとられた。また欧州各国は政治・経済ともに密接に関連し合っていて、最初から国際金融ビジネスが当たり前のこととして存在しており、そうした環境の中で勝ち残るためには規模の経済に依存するのではなく、工夫をこらした金融商品の開発を間断なく続ける必要があったのである。

 だが現実の国際金融ビジネスは、ロンドンとニューヨークの異なる個性を「いいとこどり」して成長してきた。一例を挙げると、JPモルガンとモルガン・スタンレーは共にそれぞれ独立したグローバルな投資銀行であるが、元々は米国籍の同じ金融機関であった。グラス・スティーガル法の施行を受けてJPモルガンは銀行業専業となり、証券部門がモルガン・スタンレーとして独立してコーポレート・ファイナンス・ビジネスを得意とするグローバルな投資銀行へと成長した。一方JPモルガンも米国有数の商業銀行としての強い体力を裏付けとしてロンドンにおいて証券業を本格的に展開し、こちらも今やグローバルな投資銀行の一つとなったのである。

 さてアジアにおいては、規模は大きいが長年にわたって政府当局の強い規制の下に置かれて国際化が進まなかった東京市場を別にすると、シンガポールと香港が本格的な国際金融市場であるが、どちらも性格が大きく変わりつつある。ますシンガポールだが、規模は小さいが実需取引を裏付けとするキャッシュ中心の市場であるという意味でニューヨーク型であると言える。タイ、マレーシア、インドネシアなど近隣のアセアン諸国の経済・産業の規模が拡大し、国際化が進んで来たために国際金融市場が必要になり、シンガポールがコモン・キッチンとして使われたのだ。しかしながら近隣のアセアン諸国は成長するに従って次第に自前の国際金融市場を作るようになった。マレーシアのラブアンやタイのBIBFである。昔はどの町内にも井戸があり、住民は共通の井戸をあらゆる洗い物に使っていた。ところが住民の暮しが豊かになり、それぞれの家が自分の井戸を持つようになった為に井戸端に人が集まらなくなってしまったのだ。この結果シンガポールはロンドン型に転換して高度な金融商品開発拠点としての生き残り策を模索している。

 一方香港は、1997年の中国返還以前においては特に中国経済そのものを後背地としていたわけではなく、典型的なロンドン型のオフ・ショア市場、と言うよりもむしろ欧州時間の夜間におけるロンドンのシャドウ・マ-ケットであった。ところがこうした香港のロンドン直結型裁定市場という性格は香港の中国返還に伴なって一変した。今では香港は強大な中国経済を後背地として持ち、ロンドン型の裁定機能とニューヨーク型の実需資金仲介機能を兼ね備えた、国際金融史上前例のない管理された巨大な国際資本市場へと変貌しつつある。

 中国の一国ニ通貨制度の下で香港市場が国際資本市場としての機能を担い、香港ドルはいずれカレンシー・ボードから解き放たれてゆく。これに対して上海市場は交換性が制限された国内通貨としての人民元の資金及び外国為替をアコモデートする、ニューヨークよりもはるかに実需の比重の大きい巨大なキャッシュ・マーケットとして香港と使い分けられて行くと考えられる。ロンドンとニューヨークの特徴を共に有する管理された国際資本市場香港と、交換性を欠く通貨としては世界最大規模の間接金融市場にならんとする上海。どちらもこれまでの国際金融市場のモノサシでは計れない、新たな市場モデルへと変容しようとしているのである。

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2006年2月13日 (月)

円の国際化外史(その2.デリバティブ)

(その1.貿易金融から続く)

 ISDA(国際スワップデリバティブ協会。デリバティブ取引に関する民間の自主ルールを運営している)が設立されたのが1985年。同協会が制定した「ISDAマスターアグリーメント」は現在「市場標準」として世界中でデリバティブ取引の基本契約書として利用されているが、実際にデリバティブ取引そのものが民間セクターで実需を背景に自然発生したのは1980年頃のことであった。そしてISDA設立以前のデリバティブ黎明期における円の比重は決して小さいものではなかった。この当時わが国の民間金融セクターは証券取引法65条及び三局指導による「銀証分離」の規制下にあったが、海外においてはユニバーサル・バンキングを展開し始めており、1981年にはIBM・世銀のドル対SFrに次ぐ史上2番目、ドル対円としては史上初のカレンシー・スワップが邦銀ニューヨーク現法によって組成された。

 当時本邦オリエント・リース社の香港現法が本社からの円の長期借入を原資として長期固定金利でのドル資金調達を望んでおり、そのため円の長期先物の「買い」に強い関心を有していた。一方米国の医薬品メーカーであるブリストル・マイヤーズ社は、対日輸出の荷揚げに神戸港を使用する関係で円建神戸市債の保有を事実上義務付けられていた為、当時の米国会計基準FASB8によって決算期ごとに円・ドルの為替相場変動に応じた時価評価を行う必要があり、営業損益とは無関係な決算損益のブレを中立化させる為に円の長期先物の「売り」に関心を有していた。当時ドル対円の先物市場は1年までしか存在していなかったが、邦銀ニューヨーク現法が両社のニーズをマッチングさせ、ドル対円の7年の先物を成約したのである。1983年には同じ邦銀のロンドン現法が初の対円スワップ付政府保証債(ユーロ・ドル建日本航空普通社債)をアレンジした。スワップの相手方は同じ邦銀のニューヨーク支店が1979年にトリニダード・トバゴ政府向けにアレンジした円建シンジケート・ローンの長期為替採算確定取引であった。

 このようにデリバティブの萌芽期に民間セクターが始めたドル対円のカレンシー・スワップは為替先物としてブッキングされていたが、わが国の金融監督当局はこうしたカレンシー・スワップの本邦内でのブッキングに対して極めて抑制的な行政指導を行っていた。長期資本市場における円の急激な国際化を回避しようとしていたのである。この事はユーロ円債に関する極めて緩慢な規制緩和の経緯を調べると一層はっきり分かる。短期資金市場においても、1984年に円転規制と実需原則が共に撤廃されて円の国際化の素地が作られたにも拘らず「その1」で述べた金融システムの二重性が温存された。当時の金融当局のこうした慎重なスタンスが結局民間で芽生えかけていた金融技術革新の芽を摘んでしまう結果となり、デリバティブ取引は欧米が主導権を握るISDAに取りこまれて行き、資本市場分野における円の国際化が後々まで遅延する一因となったのであった。

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円の国際化外史(その1.貿易金融)

 国家や政府が「上から」正式に記したものではなく、民間によって「下から」書かれた歴史を外史と言う。日本の政府当局はさかんに円の国際化(円が日本の国境を跨いで、また日本国外で使用されること)を推進しようとしているが、円に限らず通貨の国際化は「上から」ではなく「下から」進む。つまり民間セクターが当該通貨の国際的使用に持続的な経済合理性を認知した場合に初めて国際化が進展するのだ。従って円の国際化についてもその「下から」の外史をふまえた上で方向性を考えることが大切であるが、民間セクターは歴史を書き残すことが本来の使命ではないから、どうしてもビジネスの記録性が希薄になり勝ちである。今回の2回にわたるシリーズは私の既発表論文から、円の外史に関わるエッセンスの部分を貿易金融及びデリバティブに分けて、学生など初学者向けに箇条書程度に書き換えたものである。

 貿易取引における円の国際化は以下に紹介する通り1970年代後半、ユーロ円ではなくヤンキー円の形態で始められた。円建貿易金融の最初の試みは、1970年代後半にニューヨークにおいて一部邦銀が行った円建OAD(オウン・アクセプタンス・ディスカウンテッド)方式による貿易金融である。わが国の企業の対米進出増加(この時期は製造業の販売現法が主であった)に伴い、本社と在米支社または現法との間の円建貿易取引が増加したため、邦銀が米国サイドにおいて日米間貿易に関わる円建荷為替手形の引受け及び割引きを通じた貿易金融を行ったものであり、ニューヨークにおける円の調達は米ドルを原資とするインターバンク為替先物取引(円対ドルの為替スワップ)によって行われた。また、同時期一部の邦銀ニューヨーク現法は顧客から円建定期預金の受入れを開始し、これも円建OADの原資の一部となった。円建定期預金に対するニーズは円高の進行(1977年初の240円台から1978年10月末の176円台へ)もあり日系企業の在米現法のみならず対日取引を行っている米国大手企業からも高かったが、こうしたニューヨークにおける円の国際化は、1978年11月のカーター・ショックを契機とするドル高基調への転換(1985年9月のプラザ合意まで継続した)と、円建OADそのものがセカンダリー・マーケットにおける流動性を前提としたものではなく、邦銀間での日系顧客の日米間貿易為替取引争奪競争における限界的な金利ダンピングの手段にすぎなかった為、市場規模の拡大に対応し得る経済合理性を欠いていたところから、最終的に定着するには至らなかった。
 
 次に円建貿易金融が試みられたのは1985年における円建BA(バンカーズ・アクセプタンス)市場の創設であったが、これも市場残高が漸減し、市場創設後5年にして自然消滅した。円建BA市場の失敗については多くの研究がその原因を技術的・制度的要因(原手形の日銀への担保差し入れが必要とされていた事、当初は階級税率による印紙税が課せられていた事など)に求めているが、基本的には上述のニューヨークにおける円建OADと同様セカンダリー・マーケットにおける流動性を欠いていた為に、市場としての持続可能な経済合理性が欠如していた事がポイントである。当時のわが国の金融・産業界においては信用リスク格差(有担保・無担保の別も含めたリスク・プレミアム)が適用金利に反映される度合いが低く、その為貿易貨物によって担保されているBA手形の信用リスクの低さが、担保力において劣後する他の短期金融手段に対する金利形成面での比較優位の確立に結びつかなかったものだが、この事はより基本的には1980年代後半、規制金利体系下の保護された金融システムと自然発生したマーケット・メカニズムに基く自由金利体系の金融システム(表面的には外貨取引として窓口規制の外に置かれた自由金利のスワップ付インパクトローン・外貨預金など)が並存し、それらの恣意的使い分けが放置され、マーケット・メカニズムと自己責任原則との対応関係が制度化されなかった事に起因している。また上に紹介した貿易取引面での円の国際化に関わる2つの失敗事例は、いずれも今後の円の国際化のあり方を検討する場合、セカンダリー・マーケットにおける流動性に裏付けられた持続的な経済合理性の有無が極めて重要な視点であることを示している。

 次回はISDA設立(1985年)以前のデリバティブ黎明期における円について見て行く。(その2.デリバティブに続く)

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2006年2月11日 (土)

所得格差とジニ係数(その2)

(その1から続く)

 「その1」で所得格差を国際比較してみたところ、貧富格差が最も大きいのは中南米諸国であった。次いでアジア各国、西欧及び米国、北欧諸国の順番で貧富格差が小さくなり、日本は北欧と並んで所得配分が最も平等なグループに属していることがわかった。それではこのような所得格差はなぜ生じたのか、また日本は本当に最も平等な国であると考えてよいのだろうか。

 北欧の所得格差が小さい理由はわかりやすい。北欧諸国はどこも高所得・高税負担率・高福祉の「大きな政府」であり、それを可能にしているのが豊かな天然資源と少ない人口である。アジアでは人口の少ない産油国であるブルネイがこのタイプに近い。それでは中南米はなぜアジアよりも不平等なのだろうか。謎解きのヒントは、「その1」で見た通りアジア各国の中で最も平等度が低いのがフィリピンであるという事実に隠されている。

 フィリピンのエスタブリッシュメント、つまり歴代大統領や政治家、軍人、財界のビジネスリーダー、大学教授などは、たとえ政敵や競合相手同士であっても互いに顔見知りの社交界のメンバーであり、地方の大農園の「不在地主」として膨大な収入を得ている人達なのである。かつての宗主国スペインが用いた植民地支配構造がそのまま今も保持されているのだ。不在地主の家系に生まれなかった者がマニラ大学に入学したり、中退してIT企業を興し、株式を上場したり分割したり他の企業を買収したり、挙句の果てにやりすぎて立件・訴追されるようなことは有得ない。モビリティ(社会的流動性)が低い社会なのだ。こうした大農園における労働力の供給源は植民地時代には農奴であったが、独立以降もそれが小作農に変わっただけで不在地主の支配構造が維持されている。農地改革が不十分だったのだ。農奴も小作農も、割当てられた生産ノルマさえ達成すればそれ以上いくら農法を工夫しようが働こうが所得が増加するわけではないから、自律的な生産性向上意欲が低い。そして農業生産性が向上しにくいと言う社会構造の特徴はフィリピンだけでなく、かつてスペインの植民地支配下にあった中南米諸国によって共有されているのだ。こうした社会構造は経済発展の阻害要因となる。農業生産性が上昇しない社会では、不況時に工業セクターの過剰労働力を農業セクターが十分吸収することができず、大量の人間が飢餓線上に浮上してしまうから、不況耐性が弱い上に政治的に不安定になりやすく、クーデターが頻発する。従ってビジネス環境が安定せず、海外直接投資の吸引力も弱まってしまうのだ。

 これに対して、主要なアジア諸国においては日本も含めて何らかの形で農地改革が実施され、不在地主層が解体されてかつての小作農が自営農に変わった。自営農は工夫・努力次第で所得が増加するから自律的な生産性向上意欲が強い。そしてこうした農業生産性の高さが土地に縛り付けられない労働のモビリティを高めている。アジアでは生産性とモビリティの高い農業セクターが好況時には工業労働力の供給源、不況時には余剰労働力を吸収する受け皿として、失業や社会不安・政治的混乱をブロックするクッションのような役割を果している為、中南米に比べてより安定的なビジネス環境が形成されているのだ。

 エスタブリッシュメントの家系に生まれない限り、サッカーのトップ・プレーヤーにでもなればともかく、いくら頑張っても貧困から抜け出せない「絶望の民」になるしかない中南米。マイノリティに生まれればプロのトップ・アスリートかヒップ・ホップ・シンガーにでもならない限り浮上できない、「アメリカン・ドリーム」を死語にしてしまったアメリカ。将来に希望を持てない外国人労働者層との軋轢が高まる西欧。あまり頑張らなくても所得水準が高く配分が公平な、天然資源に恵まれて人口が少ない幸運な北欧やブルネイ。日本は天然資源に恵まれない人口の多い国であり、北欧とは逆の構造だ。にもかかわわらずなぜ所得配分が平等なのか。それはモビリティーが極めて高いからだ。エスタブリッシュメントの解体と農地改革による小作農の自営化が徹底して行われたことが日本のモビリティの高さを支えてきたのである。これまでの日本は他の諸国に比べると誰にでもより平等にチャンスがあり、努力次第で所得を増やすことができた。ボキャ貧の小泉首相が「所得格差の拡大は悪いことではない」と発言して物議をかもしたが、好意的に解釈すれば彼の真意はこのあたりにあったのではなかろうか。だから日本の将来にとって決定的に重要な事は、ジニ係数で測った所得格差が拡大するかどうかではなく、ジニ係数では測ることが出来ないモビリティの高さを維持できるかどうかなのである。そして中国やインドが21世紀の真の大国となり得るかどうかも、正にモビリティをどこまで高められるかにかかっていると言ってよい。

 エスタブリッシュメント層が固定され、モビリティを失った社会は成長のモメンタムを失い、衰退して行く運命にある。そしてこうした社会では、情報から遮断されていた時代の「絶望の民」は宗教に来世の救済を希求した。今、情報手段を手に入れて「覚醒」してしまった「絶望の民」の間では、自爆テロにしか「生きた証し」を見出せない過激な原理主義の思想が生まれて来ているのだが、これについては別の機会に稿を改めて考えてみる事としたい。

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2006年2月 2日 (木)

所得格差とジニ係数(その1)

 1月20日召集の通常国会でわが国の所得格差が拡大しているのではないかという問題が提起され、所得格差の国際比較がさまざまな議論を呼ぶ中で、ジニ係数がにわかに脚光を浴びた。初学者に対して「経済学は面白いぞ」という事を講義で教える時、材料の一つとして私もジニ係数をよく使うが、一般にはあまり馴染みのない概念ではないだろうか。ジニ係数とは所得分配の平等度、つまり貧富の差の大小を示す指標であり、全員の所得が同額になる状態をゼロ、1人が全所得を独占している状態を1と表す。2次元グラフにおける45度線とロレンツ曲線で囲まれた面積を2倍したものの事なのであるが、たしかに少々わかりにくい。例えば厚生労働省の所得再分配調査によるわが国のジニ係数は1980年の0.32が2001年の0.38まで上昇しているのだが、この数字だけを見てどの程度所得格差が拡大したのか具体的なイメージを描ける人はほとんどいないのではなかろうか。そこで、もう少し分りやすい指標を使って所得格差を国際比較してみよう。

 使用する指標は、所得上位10%層(所得が多い方から数えて10%までの人たち)の合計所得が総所得全体に占める割合である。この数字が大きいほど所得格差が大きいことを表わす。もしこの数字が100%だとすると、国民の10%にあたる人々だけですべての所得を独占していて、残りの90%の人々は所得がない、という極端な所得格差の存在を示す。逆にこの数字が10%だとすると、人口の10%にあたる人々の所得が国全体の所得の10%でもあるから、所得格差のない社会であるということになるわけだ。世界銀行のWorld Development Indicators Database 2005には世界123カ国の計数が掲載されているので、これを使って国際比較をしてみよう。測定された時期が国ごとにかなりバラバラなので大雑把な比較になるが、それでも興味深い事実が浮び上って来る。

 所得格差が大きい順にランキングを作ってみると、上位は中南米が独占する。グアテマラ48.3%、チリ47.0%、ブラジル46.9%、コロンビア46.5%、メキシコ43.1%、アルゼンチン38.9%、ペルー37.2%。アジアの主要国は34位にフィリピンの36.3%が顔を出し、タイ33.8%、中国 33.1%、シンガポール32.8%と続く。49位にアメリカが29.9%で登場し、その後にやっと欧州の主要国が出てくる。ポルトガル29.8%、イギリス 28.5%、イタリア26.8%、スイス 25.2%、フランス 25.1%、ドイツ 22.1%。ランキングの最後には北欧諸国が並ぶが、日本は123カ国中122位の21.7%でスウェーデンとデンマークに挟まれている。日本は所得の多いほうから10%までの人達の所得が全体の所得の20%強を占めているにすぎず、世界で2番目に所得格差が小さい国であるということになるのだが、本当にそう考えてよいのだろうか。また、なぜ中南米諸国の所得分配はアジアよりも不平等なのだろうか。次回はこうした点について更に考えて見る。(その2に続く)

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2006年1月24日 (火)

センター入試(リスニング)とリスク管理

 来週の証券論の補講は金融工学のイントロダクションとしてリスク管理を取り上げるが、格好のケーススタディの材料が出てきた。多くの学生がこのブログを見ているのでここで取り上げてみる。

 ハイリスク・ハイリターンとかロ-リスク・ミディアムリターンという言葉を耳にして何となくわかったつもりになっていると罠にはまる。どのくらいのリスク量でどのくらいのリターンなのかが定量的に(=具体的な数字で)把握でき、相互に比較できないと、リスクに見合わないリターンの運用を勧められて手を出し、売り手に不当に大儲けされてしまう危険があるのだ。いま手許に百万円あるとして、トヨタの株とドル預金ではどちらがどのくらい損失リスクが大きいのか?ニュージーランド・ドルの国債とフォードの社債ではどうなのか?百万円の資金をどんな投資対象にどんな比率で振り分ければ一番リスクが少ないのか?金融工学ではこんなテーマを扱う。そのためには投資対象ごとのリスクの量を数字で把握し、比較したり足したり引いたりする必要がある。リスク量はVaRなどを使って計測すればよく、そこから具体的なリスク管理(リスクを増やしたり減らしたり)が始まるのだが、その前に「リスク」と「不確実性」(Uncertainty)をしっかり区別し、混同しないように注意する必要がある。どちらも損失の原因である点は同じだが、「リスク」は予見可能な事象の内でその量が定量的に計測でき、さらに対策が可能な損失原因を指す。「不確実性」は予見、計測または対策が不可能であるから、そもそもリターンとの関係を比較することができないのだ。

 具体的に見てみよう。阪神淡路大震災は未知の活断層によって発生したためほとんど予見されておらず、シミュレーションも事前対策も特には行なわれていなかった。「不確実性」であったと言える。一方東海大地震は起る前から名前がついている初めての地震と言われるように既に多数の観測機器が設置されていて、予兆がキャッチされれば判定会議が開かれ、国や自治体が直ちに動き出す。交通網やライフラインへの影響は何回もシミュレーションが行なわれて相当程度定量的に把握できている。建物の耐震強度補強費用の補助や防災グッズの普及促進、地震発生時に備えた避難訓練なども行われ、事前対策が進んでいる。「不確実性」の世界から「リスク」の世界へかなり近付いてきたのだ。リスク管理の最初のステップは「不確実性」をできるだけ「リスク」に変換してゆくところからスタートするのである。

 さて、先週末に実施された大学入試センター試験では今回初めて英語に「リスニング」の試験が導入され、受験生は一人一人ICプレーヤーを渡されてイヤホンで問題を聞きながら解答した。ICプレーヤーの不具合等で問題が聞き取れなかった場合はその場で再テストが実施され、全国で461名(受験者全体の0.09%、1100人に1人の割合)が再テストを受けた。このため入試センターの責任を追及する報道が相次ぎ、文科大臣も記者会見で受験生に陳謝した。このエピソードはビジネス・リスクの管理という観点からはどう考えればよいのだろうか。

 リスニングのテストは今回が初めての実施だが、事前に入試センターが行なった模擬テストでは不具合の件数は少なく、またICプレーヤーは事前に全数検査が行わていたという。ICプレーヤーの不具合率を入試センターがどう想定していたかは分らないが、再テスト受験率が0.09%であり、そのすべてがICプレーヤーの不具合によるものだったと仮定すると良品率は99.91%となり、これは通常の品質管理で使われる3σ(=99.7%)を上回る精度だ。また金融工学で扱うリスク量の信頼区間は2σが標準で、それ以上はストレス・テストで対応する。従って今回のICプレーヤーの良品率は十分高いと言ってよく、これ以上σを上げるには相当のコストがかかることが予想される。(尚ICプレーヤーのコストは今年値上げされた受験料に含まれている。)

 しかしながら入試は受験生にとって一生を左右しかねない大切なイベントであるから、さらに「不確実性」の要素を可能な限り排除する必要があった。これが金融工学で言うストレス・テストに相当する。この点入試センターは、受験生が「聞き取れない」と申し出た場合にはICプレーヤーの不具合をいちいち確認することなく、すべてその場で再テスト(中断個所からのやり直し)を実施することとしていた。従って信頼区間をはみ出す、正規分布グラフの端の部分(リスクではなく「不確実性」の領域)についての対策も十分なされており、さらに実際の良品率は99.91%よりも高かったと考えられるから、「不確実性」の要素は可能な限り「リスク」に転換されて十分コントロールされていたと判断できる。但し「聞き取れない」と申し出たにもかかわらずその場での再テストが認められなかったケースが全国で5件あったとのことで、これについては明らかにルール違反であるから試験会場である現場の責任が問われる。ただしこの場合でも受験生は入試センターに直接苦情を申し立てることが出来、後日の再試験が認められているから、現場がフェイルした場合のセーフティー・ネットもきちんと機能したと言える。入試センターのリスク管理は万全であったと言ってよいのではないか。むしろ入試センターは記者会見で頭を抱えるばかりでこうした説明責任を果さず、受験生やマスコミをはじめとする関係者の理解を十分得られなかったことが問題だ。来年は良品率100%を目指したいなどという発言は、たとえ記者会見の場の雰囲気に押されたリップサービスにせよ無用の誤解を生むだけであり、リスクマネジメントの観点からは有害無益だ。繰り返すがリスクマネジメントの第1歩は「不確実性」を可能な限り「リスク」に転換することであり、それが終ったところからやっとリスク量の定量化という金融工学の世界が始まるのである。

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2006年1月23日 (月)

ライブドアのどこが悪い?

 今期のゼミは先週で終了したのでこのテーマを皆で議論する場がもうなくなってしまったが、ゼミ生とOBの諸君、ライブドアのどこが悪いのか答えられますか?またライブドア事件が世論操作に利用されようとしている事に気がついていますか?

 ライブドア事件について数多くの報道や解説が溢れかえっているが、経済専門メディアやいわゆる「専門家」によるコメントも含めて、ライブドアのどこが悪いのか十分理解していないと思われるケースが少なくない。まず、実際に何が行なわれたのかという基本的な事実関係そのものの認識にかなりの混乱やバラツキがある。地検特捜部の捜索が始ったばかりなので止むを得ない面は割り引く必要があるが、それでも例えば投資事業組合とは何なのか的確に認識している報道は稀だ。次に何が適法で何が違法なのかを明確に峻別していないケースが多い。例えば株価操作、粉飾決算、投資事業組合からの投資収益の還流にはそれぞれ適法な部分と違法な部分が混在していて、その境界線上に未解決の問題点が数多く存在しているのだが、それを捨象してワンセットの不正取引として堀江貴文バッシングに直結させる論調が多い。この事の危険性は、本事件の原因を結局のところ堀江のキャラクターやビヘイビアに持って行くことで「資本市場の健全な発展の為の教訓を得る」という視点が希薄になるばかりか、資本取引そのものを「悪」とする世論操作に利用されてしまうことである。更に「適法取引とはいえいくら何でも常識というものがある」(NHKが起用したコメンテーター)に至っては、発言者自身が何を言いたいのか分っていないことを告白しているようなものだが、笑ってはいられない。我々の祖先たちが多くの血を流して勝ち取った「法の支配」を否定する、とんでもない危険な思想なのだ。事実関係を正確に理解し、適法・違法の別を峻別した上でその境界線上にある問題点を抽出し、「べき論」の構築に繋げて行く。これが社会科学としての資本市場論を学んだ者として是非身につけておいてほしいアプローチだ。

 さて最初の問題提起「ライブドアのどこが悪い?」に戻ろう。この事件のスキームは堀江・宮内だけで考案できる単純なものではなく、おそらくどこかのインベストメント・バンカーが知恵をつけたと考えられるから全容解明にはまだ相当の時日が必要であろうが、その本質は意外に単純だ。それはラグビーのスロー・フォワードやサッカーのオフサイドと同様、「自社の株価上昇を自社の利益としてキャッシュ化する」という株式会社制度の「禁じ手」を使ったという事なのである。資本市場について全く予備知識のない低年次の学生の中には「株価の上昇は発行体にとってキャッシュの収益になる」と漠然と思い込んでいる者が毎年何人かいるが、今回のライブドア事件はこの禁じ手を実現してしまおうとした企てなのだと考えると、全体像がうまく整理されて理解しやすくなる。株価操作、粉飾決算、投資事業組合からの投資収益の還流はすべてこの目的の為に行われた。そしてこの企ては、今回のライブドアに限らず次の通り過去さまざまな形で試みられてきた。

 わが国のバブルが頂点に向いつつあった1980年代後半、多くの本邦企業がユーロドル建・ゼロクーポンないし低クーポンの分離型ワラント債を発行した。株価が持続的に上昇していたためワラント・バリューが高く、発行時にワラント部分が分離された後の社債(ポンカスと呼称された)はディープ・ディスカウントとなる。発行体はゼロクーポンないし超低クーポンで調達した長期資金によって自社のポンカスをディスカウントで購入し、労せずして差益を得たのである。自社のワラントバリューを収益としてキャッシュ化したのだ。自社のポンカスを直接購入する事には法的に疑義があったため、さすがに第3者にリパッケージさせたり他社と示し合わせて同時発行を行い、互いに相手のポンカスを購入する方式が多かった。財テクという言葉がはやり始めたころであり、現在経営危機に瀕している大手家電メーカーの財務部長から当時酒の席で「当社もモノさえ作らなければもっと儲かる」と聞いた事を今も忘れない。

 株価上昇を発行体ではなく株主がキャッシュ化するのは当たり前のようだが、適法・違法の境目がわかりにくいのがIPOだ。ファウンダーが株式を保有する非上場会社を上場する際、上場に先立って株主割当増資やオーナーの親族、「日頃お世話になっている方々」に対して第三者割当て増資(いずれも額面ないし中間発行!)を行う。増資払込み資金は当該非上場株式や他の個人資産を担保に金融機関からの短期借入によって調達されるのが普通だが、オーナーが融資をセットしてやる場合もある。もちろん融資を行う金融機関の役職員や政治家も「日頃お世話になっている方々」に含まれる。上場後株主は上場プレミアムを得て持分を売却し、短期借入を返済して労せずして差益を得る。今こんな事をやろうとしても上場審査をクリアーできないが、経営と所有が未分化で法体系も未整備である開発途上国の資本市場ではヘッジファンド等の買いが入りやすい事もあって上場プレミアムが極端に高くなる事が多く、また適法・違法の境目が不明確であるため、法規制が出来るまではこうした禁じ手が「やった者勝ち」でしばしば使われている。今回のライフドアはもっと複雑なスキームではあるが、上場前に株主権を操作して利益を得、投資家にツケを回すという禁じ手を使った点で本質的に同じスキームだ。かつてわが国でもIPOや増資に際して「親引け」として「日頃お世話になっている方々」に割り当てがあった時期がある。当時は適法取引であり甘い汁を吸う事ができたが、今ではせいぜいIPOのブックビルディングに札を入れる事くらいしか出来ず、運良く抽選に当ったところで上場プレミアムはたかが知れている。資本市場の透明性が高まったのであり、これを逆戻りさせてはいけない。

 株価の上昇をキャッシュ化する禁じ手は法規制とのいたちごっこになる。今回のライブドア事件も、堀江バッシングではなくフェアな資本市場のルール作りに役立てる事こそ重要であり、そこに「適法取引とはいえいくら何でも常識というものがある」という発想を絡ませると資本市場のメカニズム自体が圧殺され、かつての「親引けクローニー」の世界に逆戻りしかねず、「日頃お世話になっている方々」をまた喜ばせるだけになる。堀江にはレッドカードを出せばよいのであり、試合を止めてしまってはいけない。試合を止めたくて今回の事件を利用しようとしている勢力が存在することによく注意しておきたいものである。

 最後に今週の日経公社債情報60頁より。

 Tシャツは 衿がないから 正せない

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2006年1月19日 (木)

マックスバリュとライブドア

 和田一夫と堀江貴文には共通点が多い。和田は再生したが、堀江はどうだろう。

共通点1.起業の年齢。八百半商店もオン・ザ・エッヂも20歳そこそこでの創業。

共通点2.買収・上場。買収対象企業の所在地が香港・中国か日本国内かの相違はあるが、買収企業の業種が本業とのシナジーからどんどん乖離し、上場によるキャピタル・ゲインが自己目的化して行った点が共通。

共通点3.エクイティ・トラップ(造語です)に嵌ったこと。エクイティ絡みの、株価の上昇が永久に続くことを前提としたファイナンスを企業買収資金調達に使い続けて墓穴を掘った点が酷似している。

共通点4.ビジネス・スタイル。和田「いつまでも十円の積み重ねではなく…」(1992年、朝日新聞取材)と堀江「国民はバカだから」(2005年、民主党岡田代表との会談)が示す通りいずれもトップダウンの即断即決型で、社内にリスクをコントロールする機能を作らなかった。一定の企業規模を超えるとトップダウン型リスク経営は機能しなくなる事に気付かなかったのである。

共通点5.マスコミにスポイルされたこと。和田は「アジアに軸足を置く日本企業の新しいビジネス・モデル」とまで言われた。堀江も「若者世代の新しい価値観を代表するIT産業の旗手」ともてはやされた。マスコミも本人も勘違いに気付くのが遅過ぎた。

共通点6.アンチ・エスタブリッシュメントを標榜しながらも実はエスタブリッシュメントへの強い憧れがあった事。和田は香港華僑と老朋友になれたと勘違いし、堀江は経団連に加入することでコンベンショナルな経営者としての自画像を描こうとしていた。

共通点7.自分の金と会社の金の区別がつかなくなって致命傷を負ったこと。桁違いのキャピタル・ゲインを狙うリスク資産への投資には個人資産を充てるべきところ、会社の金(外部負債と株主資本)を充ててしまった。華僑のトップダウン型リスク経営は個人資産で行われていることに和田は気付いていなかった。

共通点8.粉飾決算。どちらも経営危機を乗り切るために決算の粉飾に手を染めた。

 さて、2000年3月にヤオハンジャパンの更生計画が認可され、ヤオハンはジャスコグループ(現イオン、マックスバリュ)の支援の下、静岡県のローカル・スーパーマーケットとしての本業の原点に戻って出直しを図り、ヤオハンの名前が復活した。堀江も支援者を得て本来のITビジネスの原点に戻って一から出直せるだろうか。和田・堀江にはもう一つ共通点がある。どちらも一般大衆には大きな迷惑をかけておらず、損失を蒙ったのはリスクを百も承知の、自己責任を自覚している投資家だったことであり、この点が同時進行中の耐震強度偽装建築問題とは異なる。だからよいという訳ではないが、和田と堀江にはかくも多くの共通点があるにも拘らず、バブルのサイクルが一巡分違っただけで教訓が全く活かされないとあっては寂しすぎるから、何とか堀江の再生を期待したいと考える次第である。

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2006年1月18日 (水)

地検特捜部の親指

 ライブドアを糾弾する東京地検特捜部の人差し指はまっすぐ堀江貴文社長に向けられているが、親指が上向きに反り返っている。親指が指しているのは一体誰なのだろう。

 私はかつて地検特捜部の任意捜査を受けたことがある。キャリアの法曹である捜査官たちは実によく勉強していてモラールが高く、「聞く耳」を持っていた。一言で言うとインテリジェントな人達だ。この時は競合する同業他社が立件された。余談だが、対照的なのは金融庁の検査官だ。金融庁は市場至上主義に押し込まれて民間から大量の検査官採用に追いこまれた。所属金融機関から戦力外通告を受けて「にわか検査官」となった彼らは、かつて江川の見返りに阪神に放出された巨人のエース小林投手(翌シーズンの対巨人戦8勝0敗)や、来シーズンのオリックス対巨人交流戦で活躍が期待される清原選手、復活当選して外務省を眼の敵にしている鈴木宗男議員などと同じように、もっぱら「リベンジ」というモチベーションに突き動かされ、急ごしらえの官衣を纏って「聞く耳」を持たなくなった人達であった。

 首相の犯罪と言われたロッキード事件(1976)、世界的バイオリニストであった東京藝術大学・海野教授の楽器汚職事件(1981)、三越岡田社長の「なぜだ!」解任となった特別背任罪事件(1982)。1990年代後半には政府保証外債の主幹事指名をめぐる贈収賄事件や生保スキャンダル、金融機関のMOF担廃止の契機となった官と民との癒着。地検特捜部は経済事犯を捜査対象とし、これまで数多くの大企業経営者や政治家の不正を摘発してきた。だがいかに優秀な捜査官集団とは言え、自らのネットワークだけで不正の匂いをキャッチして捜査に着手するわけではない。外部からの情報提供が捜査のきっかけとなっているのだ。多くの場合こうした情報源は、立件によって利益を得る敵対勢力又は「リベンジ」を果そうとする内部告発である。私自身も上述の通り競合他社の立件に協力した経験があるが、上に挙げた過去の立件事例の背後には、立件によって政治的・経済的な利益を得る組織からの情報提供があると考えてよい。

 では今回のライブドア摘発のきっかけとなった情報源は何なのか。ライブドアは急成長しては来たもののまだ規模の小さな企業であり、内部告発に繋がるような社内対立があるとは考え難い。ではライブドアのせいで損失を被った筋だろうか。今回の証券取引法違反問題の端緒となったライブドアマーケティングについて言えば、株価のマニピュレーションによって損害を被った可能性があるのは、保護の対象となるナイーブな一般投資家である筈はなく、裏のリスクを百も承知の玄人筋だろう。だからといって騙されたほうが悪いとまでは言えないが、損失を被ったのはマニピュレーションの可能性を「想定内」と考える、叩けば埃の出る投資家に違いなく、ヤブヘビになりかねない告発はしないだろう。だとすればライブドア立件によって政治的・経済的な利益を得るのは誰なのだろうか。昨年のパ・リーグ新球団設立問題に既にそのヒントがある。先行したライブドアがなぜ楽天に敗れたのか。それはライブドア自体の問題というよりも、ライブドアに代表される市場至上主義の価値観やビヘイビアが受け入れられなかったからなのだ。ニッポン放送買収問題がフジ・サンケイグループの全面的な勝利に終ったのも同じ理由である。エスタブリッシュメント側が抱く「狂信的な市場至上主義」に対する強い警戒感がライブドア包囲網を形成し、地検特捜部を動かしたと考えるほかはないだろう。

 東京地検特捜部の人差し指はまっすぐライブドアに向けられているが、上向きに反り返った親指が指しているのは教条的新古典派であり狂信的市場至上主義の権化である小泉・竹中なのだ。

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2005年12月15日 (木)

2005年はM&A元年?

【要旨:2005年に試みられたほとんどの敵対的買収が失敗に終ったのは、Due Diligenceをないがしろにした為にステーク・ホルダーの支持を得られなかったからだ。また2005年はMBOを含む様々なポイズン・ピルが試され、戦略的・法的評価が固まって行った年でもあったから、むしろポイズン・ピル元年と言うべきかもしれない。】

 2005年はM&A元年だったのだろうか。ゼミのOBであるY氏から「最近ブログの更新をさぼっているようだが、2005年を振返ってM&Aのことでも書いたらどうか」とのリクエストが来たので、まとめて見た。

 これまで日本では、業績不振企業再生策としての外資によるM&Aないし資本参加は珍しくなかったが、2005年は日本資本による日本企業に対する敵対的買収がはじめて本格化した年であった。また被買収側企業も様々なポイズン・ピル(買収対抗策)を試した。以下今年話題になった3つの敵対的買収事例を振り返ってみる。

ケース1・ ライブドアvs.ニッポン放送/フジテレビ

主要な論点は次のようなものであった。

・TOBのル-ル。証取法は「市場外取引」で大量の株式を取得する場合TOBを義務付けているが、ライブドアはTOBによらず、東証の「立会外取引システム」による取引でニッポン放送株を取得した。「市場外取引」ではないからTOBは強制されないものの、法の盲点をついたもので、他社でも二度とは使えない。

・転換価格の修正条項付き社債(MSCB)。ライブドアがニッポン放送株取得資金の調達のために発行した。投資家には有利なスキームであり、発行体は必ず資金調達できる。株式の希薄化につながるおそれはあるものの合法取引であり、今年は他社でも発行が急増した。

・新株予約権。 ニッポン放送がライブドアの買収攻勢に対抗するため、フジテレビに対して新株予約権を発行しようとしたが、東京高裁は「経営支配権の維持・確保を目的にした発行は不公正」として認めず、ポイズン・ピルとしての限界が明かになった。

・貸し株。日本放送が、自らが保有しているフジテレビ株を大和証券とソフトバンク・インベストメントに貸し出すことにより、フジテレビの大株主の座を降りることでライブドアの買収攻勢を無意味にしようとした。それなりの効果はあり、法的問題もなく、和解後に返却された。

・クラウンジュエル。優良子会社を手放すことによって自社の価値を低下させ、買収の意義そのものを後退させる手法。ニッポン放送が優良子会社であるポニーキャニオンのフジテレビへの譲渡を検討したが、株主権の毀損が著しいため実行には至らなかった。

 本件抗争は結局フジがライブドアの保有するニッポン放送株全株を買い取るなどで同放送を完全子会社し、また第三者割当増資の引き受けでライブドアに12.75%出資して非常勤取締役を派遣する形で決着。着地は伝統的な株式の持合いであった。業務提携に関しては推進委員会が設置されて連携策を模索したが、結局見るべき成果なく解散の運びとなった。フジのニッポン放送株買戻しによるライブドアの差益は僅少であり、仕掛けたライブドアとしては株式差益もビジネス上のシナジー効果も得る事ができなかった。この原因はライブドア側に経営統合についてのDue Diligence(対象企業の価値に影響する様々なリスクについての経営的・法的側面などからの多角的な精査・評価)が不充分であり、その為フジのTOBに応じた既存株主だけでなく視聴者、フジ/ニッポン放送の役職員、更には一部タレントに至る主要なステーク・ホルダー(利害関係者)から経営統合のメリットについての納得を得られなかった為である。夢だけでは市場を有効に説得できなかったと言える。

 だが一方でライブドアが本抗争から確実に得たのは戻ってきたキャッシュとパブリシティであり、本業の収益にとっては大きなプラス効果があったと思われる。堀江社長の衆議院選挙立候補も、周到に計算され尽したパブリシティ効果を狙った行動だったと考えられる。

ケース2・村上ファンドvs.阪神電鉄

 村上ファンドは阪神電鉄株を42%まで買い進み(12月10日現在)、タイガース球団上場や不動産再開発戦略の見直しを求めたものの、現在のところ阪神電鉄側とは十月のトップ会談で「阪神電鉄の企業価値の向上に向け協力する」ことを合意したのみ。買い進めた株式の処理も決まっておらず、まだ勝負はついていないが、阪神電鉄側が特段のポイズン・ピルを用意していないにもかかわらず強気な姿勢を崩さないのは、ライブドアのケースと同様村上ファンドが阪神ファンを含めたステーク・ホルダーからの支持が得られていないからである。それというのも村上ファンド側のDue Diligenceがライブドアのケースに比べてもはるかに不完全なものだったからだ。本件はステーク・ホルダーの意向そのものが強力なポイズン・ピルとなっている典型的な事例であり、村上ファンド側がこのまま更に過半数まで買い進めた場合に果して市場のサポートが得られるのかどうか、大変興味深いところだ。

ケース3・楽天vs.TBS

 楽天が仕掛けたTBSに対する敵対的買収は、11月末に和解・業務提携交渉入りの覚書締結で一応の決着となった。その内容は楽天が経営統合提案をいったん取り下げ、楽天のTBS持ち株比率を10%未満に引下げ(超過分は議決権を凍結)、放送とネットの連携を協議する業務提携委員会を作る―というもの。業務提携・株価採算ともに未決着だが、ここまでは楽天の全面敗北である。しかも印象的なことは、この和解案がみずほコーポレート銀行の作成・仲介によるもので、斎藤頭取の立ち会いのもとで井上TBS社長と三木谷楽天社長が調印したという事実だ。驚いたことに、いまだに両社にとって最大のステーク・ホルダーは銀行であり、楽天のDue Diligenceがステーク・ホルダーとしてのみずほコーポレート銀行の支持を得られなかったのだ。阪神電鉄と異なりTBSはポイズン・ピルを用意してはいたが、その発動に至るまでもなく買い進めた株式の議決権が凍結されては一体何のための買収だったのか、楽天にしてみれば断腸の思いだろう。楽天が妥協したのは資金調達リスクが理由だ。市場原理に基づいて株式を取得して株主権を主張しようとした楽天だがDebtでのファイナンスには限界があり、間接金融の軍門に下るという皮肉な結果に終ってしまったのだ。これもまた2005年版日本型M&Aモデルとなった。

 ポイズン・ピルに関しては、自社株買いやMBOによる非上場化も目立った。特にMBOはリクルートコスモス、学研クレジット、ワールド、ポッカコーポレーション、テクノエイトといったトップ・ネームが相次いで実施し、軒並み成功を収めた。今年の敵対的買収が不充分なDue Diligenceの結果ステーク・ホルダーの支持を得られず、結局は昔ながらのパターンの決着に落着いてしまった反面、MBOを含めた様々なポイズン・ピルの効果や合法性が試され、確認されたわけで、2005年はむしろ「ポイズン・ピル元年」と名付けるべきかもしれない。また最後に、こうした買収の仕掛けや株式持合の意義の再評価、MBOや自社株購入などが株式の需要要因として今年の株価上昇に少なからぬインパクトを及ぼしたことを付言して筆ならぬマウスを置くこととする。

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2005年12月14日 (水)

ジェイコム株問題で護送船団が復活か

 みずほ証券によるジェイコム株誤発注の清算で、UBSグループが120億円程度の利益を得た(12月14日、日経朝刊)。その前日(13日)、おそらく事前報告を受けていた与謝野金融担当相が閣議後の記者会見で、誤発注されたジェイコム株を複数の証券会社が大量取得していたことについて、「誤発注を認識しながら間げきをぬって、自己売買で株を取得するのは美しい話ではない」、「証券会社も経営者は行動の美学を持つべきだ」とコメントした。13日のゼミの時にも議論になったが、学生諸君はどう思いますか。

 11月25日のブログ(Once a Dealer……)で指摘した通り、自由なマーケットは「完全競争」や「一物一価の法則」が実在しているからこそ有効に機能している。それを可能にしているのが裁定取引であり、Out of marketなプライスは狼の群れに放たれた兎のように同時裁定によって瞬時にして消滅する、というのが市場の掟だ。これに「官」が介入するのは護送船団方式への復帰である。市場を制約するメリットがそのディメリットよりも大きい場合には有意義であるが、株の誤発注に伴なって生じた裁定取引について一体何を基準に市場取引を規制するのだろう。与謝野金融担当相の基準は「行動の美学」らしいが、プロの「行動の美学」は躊躇なく裁定を実行する事だ。果して東京は真の国際資本市場たり得るのか、日本政府のUBS問題への対応を世界中の市場のプロが注視している。

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2005年11月25日 (金)

Once a dealer always a dealer

マ‐ケット・ディーラーなら誰でも知っているこの諺は、市場ビジネスを経験してそのルールを学んだ者はそれを生涯忘れない、という意味だ。ただこの諺は他人の資金を預って人の褌で相撲を取っているファンド・マネージャー系ディーラーよりも、自社の決算損益責任を預り、2‐way priceをQuoteしてマーケット・メークを行うトレジャリー系ディーラーにこそふさわしい。

では、ここで言うマーケットとはどんな世界で、マーケットのルールとはどんな事なのか。簡単に言うと成熟した自由なマーケットでは、経済学のテキストの中にしか存在しないと考えられている、誰も価格を支配できない「完全競争」や、Out of marketなプライスの持続を許さない「一物一価の法則」が実在していて実体験できる世界なのだ。もしもOut of marketなプライスがオファーされたとすると、狼の群れに放たれた兎のように同時裁定によって瞬時にして消滅し、持続的に存在し続けることはない。もし存在するように見えたら、それなりの理由が必ずある。狼の群れの中で生きている兎がいたら、それは煮ても焼いても食えない「わけあり」の毒兎なのだ。Once a dealerならこの事をよく知っているので、姉歯秀次建築士が設計したマンションを買うことはない。プライスがOut of marketだった筈だからである。就活中の三年次生諸君もマーケット・メカニズムを学んだ者として、四大新卒総合職に対する二十万円を超える初任給のオファーが意味するものをしっかり読み取れる学生であってほしいと思う次第である。

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2005年9月23日 (金)

もうバブルが始まっているのか

前回のバブルは、誰もが「まだまだ」と思っているうちに気がついたら崩壊していた。今回はどうなのだろうか。日経平均が4年ぶりに13,000円台に乗ったが高値警戒感は出て来ていない。個人投資家には「まだまだ感」が強いが、デフレだデフレだと言っている間にいつの間にかバブルの真っ最中だった、という事はないのだろうか。

★3月決算の上場企業の経常利益は2004年3月期以来3期連続して過去最高を更新する見込み。(日経新聞調査)
★東京23区の基準地価が15年ぶりに上昇。
★東証一部の売買高が今週二日連続で過去最高を更新。

最近のこうしたニュースを見るにつけ、衆議院選挙が終ったにもかかわらず日銀が量的緩和終了宣言を躊躇している理由がますます分らなくなって来る。FRBなら既に2-3回は利上げを実施している環境である。1987年10月、ブラックマンデー直前の日本経済は過熱局面に向かいつつあり、金融引締め・公定歩合引上げがカウント・ダウンの段階にあったから、銀行の法人担当者は「ヤレヤレ、また金利引上げ交渉か」と、うんざりしていた。ところがブラックマンデー・ショックを恐れた日銀は大幅な金融緩和に転じ、結局これがバブルへの道に繋がったのだ。こうした教訓が活かされない筈はないので今回はあまり心配する必要はない、と思いたいが、一つ気になる事がある。ノンリコース・ローンだ。

ノンリコース・ローン(NRL)は特定の事業に融資し、返済原資をその事業から得られる収入に限定する融資形態である。融資対象事業が失敗して元利返済が不可能になった場合も、借入れ主体はその事業以外の原資から返済を行う義務はなく、融資対象物件の担保処分の範囲内でのみ清算する。「借りたお金は何が何でも必ず返さなければいけない」という「常識」を覆す融資なのだが、実は20年以上前からPF(プロジェクト・ファイナンス)として国際金融のプロの世界で使われていた手法だ。最近は不動産関連融資に利用されていて、銀行全体の融資残高が伸びない中で三大都銀グループプラス三信託のNRL残高は2004 年3月期の2 兆7500億円から2005年3月期には4兆2200億円に急増した。 これだけなら左程心配する必要はないが、気になるのはNRLが地域金融や個人向けの住宅資金、アパート建設資金などのリテール金融に使われていることだ。

PFは別名ストラクチャード・ファイナンスと言われるほど、リスクを細かく分析・分解してリスクの種類ごとにリスク回避策を講じながら一件ごとに融資の仕組みを構築・組成(ストラクチュア)して行く手法であり、リスクの扱いについての最先端のノウハウが必要とされる。「お金を借りても必ずしも返さなくてよい」というファイナンス形態であるからこそ、細心のリスク管理がセットされているのだ。中小企業・個人セクターへの貸付け競争が激化する中、地域金融機関が「リレーションシップ・バンキング」の大号令の下でリスク分析・管理に関するノウハウの周到な備えなしに営業現場にノルマをかけ、「バスに乗り遅れるな」とばかりビジネス先行を煽るとすれば、それはいつか来た道にほかならないのである。

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2005年9月18日 (日)

郵政公社で投信、本当に買いますか?

郵便局で投信が買えるようになるというが、売る側の体制は大丈夫だろうか。

郵便局で国債を買った時のこと。購入手続きの最後に1枚の紙を渡され、「はい、というところに全部チェックを入れてください」と言われた。見ると、国債の元本変動リスクや売却時の経過利子などについて10項目程度で簡単に説明がしてあり、項目ごとに「十分説明を受け、納得しましたか。□はい、□いいえ」と書いてある。「何のための書類ですか?」と尋ねたところ「国債を買うために必要な書類です。一つでも「いいえ」があると買えませんよ」と教えてくれた。リスク自体の説明はなく、あくまでも必要な書類の一つという扱いであった。これで投信を売れるのだろうか。

銀行に投信窓販が解禁された時、リテール窓口でリスク商品を販売することについて銀行は2年以上をかけて慎重に準備した。郵政公社はどうするのだろうか。郵政公社の職員に証券外務員の資格を取らせるから大丈夫だ、という話もあるようだが、証券外務員は証券会社から内定をもらった学生が入社までの間に通信教育で取らされる資格で、これがないと入社しても顧客の電話さえ取らせてもらえないのだ。

また、郵政公社はどんな投信の品揃えをするのだろうか。報道によると低リスク型商品のようだが、どんな投資家が買うのだろう。証券会社なら預り資産の残高に応じてブック・ビルディングの当選確率が上がるメリットがあるから、低リスク型商品でもまとまって購入する投資家がいるが、郵便局の場合はこうしたメリットもないので資金が郵貯から多少シフトするだけに終わるのではないか。

だが郵便局ヘ行くと、情報化時代に対応できない数多くの高齢者の相談に職員が丁寧に応じている。郵政公社に期待される役割は投信を売ることではなく、これから更に増加するこうした高齢者が必要とする金融サービスを非営利ベースで提供する事ではないのだろうか。

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2005年8月22日 (月)

改憲とわが国の経済(その2)

(今週はストラスブールから出稿しています)

「その1」では、国家の安全保障には財政負担が伴うこと、従って日本が改憲を選択した場合は財政支出の固定化が一段と進み、償還原資のない国債の増発が不可避であることを明らかにした。今回は自前の安全保障体制の下で高い国富水準を享受しているスイスの事例を検討し、またわが国の財政負担増への対策について考えてみることとする。

スイスは多民族・多言語の小国である。にもかかわらずEUにもNATOにも加盟せず、独力で安全保障を確保し、経済の繁栄を享受しているのはなぜなのだろうか。その秘密は、「スイスのナカミはカラッポだ」ということである。今年三月、文化放送がライブドアからの敵対的買収への対抗手段として、優良子会社であるポニーキャニオンのフジテレビへの売却を検討したことがあった。自らの企業価値を低下させることによって相手方の買収意欲をそぐ、クラウン・ジュエルと呼ばれている手法である。スイスの安全保障はこのクラウン・ジュエル方式に似ている面がある。

スイスはもともと多民族・多言語であり、国民の地域コミュニティーへの帰属意識が極めて強い。歴史的には自営農民間の盟約がこうした地域ごとの結束の基礎を形成した。スイス人は自分の手が届き、お互いの顔が見える生活範囲を非常に大切にするため、共同組合が極めてさかんであり、1934年に設立されたWIRは現在多くの国・地域で採用されている地域通貨のモデルの一つとなっているほどである。逆に言えば、スイス人は手が届き顔が見えるコミュニティーの外側の世界にはあまり関心・執着を示さない。スイスの産業史を調べてみると、多くのスイスの企業がはじめから生産サイトの立地にこだわることなく多国籍化、というよりむしろ無国籍化を進めてきたことがわかる。その背景にはこうしたスイス人の生活観があるのだ。だからスイスに本社機能があったとしてもそのナカミはカラッポで、いつでもどこへでも移転して構わないのだ。アルプスの山国という地理的条件に加えて、国として守るべきものを最初から国内に保持しないという国民性が、スイスが永世中立国として独力の安全保障体制の下で平和の配当をフルに享受できている大きな理由の一つなのだ。

こうしたスイスの安全保障モデルをそのまま日本にあてはめるには当然大きな限界がある。山岳国家と海洋国家、少人口国家と多人口国家、多言語国家と単一言語国家。スイスと日本は、国土が小さいという共通点を除けば対照的な国であり、簡単に日本は東洋のスイスを目指せなどとはとても言えない。今後の日本がスイス・モデルから学ぶものがあるとすれば、それは地域コミュニティ-の重視と、極端なまでの産業の国際化(=無国籍化)であろうが、これらの点についての詳しい議論は別の機会に譲り、話をわが国の財政問題に進めたい。

スイス・モデルに限界があり、わが国の改憲に伴う財政負担増が避けられないとすれば、どうすればよいのであろうか。結論から述べるとDebt-Equity Conversionがヒントを与えてくれるのではないかと考える。Debt-Equity Conversionとは経営危機に瀕する企業を債権者が救済する手段の一つであり、債務者に対する債権を株式に転換することをいう。債務者は債務返済を免除され、代りに新しい株主を受け入れることになる。企業体は基本的には営業活動の中から返済原資が生まれる資産(典型は売掛金、棚卸資産、生産設備など)の取得のための資金を負債で調達し、経営上必要ではあるが通常の営業活動の中からは返済原資が生まれない資産や経営自体に不可避的に付随するリスク(典型は製薬会社のR&D)には資本を充てる。これを国家財政に当てはめて見ると、通常の一般歳入からは返済原資が生まれない国防費は返済義務のない資本金で調達するべきだということになる。もちろん国家は株式会社ではないから資本調達を行うことはできないが、きわめて類似した方法として永久債(Perpetual Band)の発行がある。変動利付債またはインフレ連動債とし、かつ相続税対象資産に含めないことにすれば、多大な需要が期待できる。さらに期限付、無利息かつ相続税対象外の新種国債発行を併用すれば、わが国の財政赤字問題の抜本的な解決に必要な長い年月を乗りきる有効な手段の一つとなるのではないか。

わが国の長期金利が上昇基調に転じ、イールド・カーブのフラット化が進行してきた為、国にとっても個人投資家にとっても大ヒット商品となった個人向国債の魅力が薄れた。これに代る商品開発が急がれる中で、上記のような新種国債の検討が待たれるところである。

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2005年8月19日 (金)

改憲とわが国の経済(その1)

憲法改正がわが国の経済に与える長期的・構造的影響について考えてみたい。

去る8月1日、自民党の新憲法起草委員会が憲法改正草案(一次案)を発表した。焦点の安全保障では第九条を改正し、自衛軍の保持や国際平和活動への積極的な寄与を明記すると同時に自衛軍の防衛出動や海外派遣などについて国会承認(シビリアンコントロール)を義務付けた。いよいよここから広汎な議論が盛り上るかと思っていたら、その後の衆議院の「郵政解散」に続く刺客だ、新党だという騒ぎの中ですっかり忘れられてしまったのは残念な事だ。さらに、改憲がわが国の経済にとって長期的・構造的にどんな意味を持つのかという論点がどの政党からも全くと言っていいほど問題提起されていないのはもっと残念な事である。改憲はいずれ国論を二分する議論に至る問題であり、その際には改憲の経済的意味についてもきちんと議論を尽す必要があるところから、そのための基本的な考え方を次の通り整理してみた。

7月8日付「テロと戦争の経済学」でも指摘した通り、国家の安全保障は財政負担を伴う。一般公共事業の場合は、財政支出は(プロジェクトごとに是非の議論はあるが)社会資本(道路、ダム、空港など)と雇用を創出する。ところが同じ財政支出でも国防費は在庫や設備の廃棄と同様、経済的にはトータル・ロスとして消え失せてしまうのだ。それでも平時の国防費は財源ともども国家予算の統制を受けているが、戦争となるとそうは行かなくなり、洋の東西を問わず戦費調達の為に巨額の公債が発行されてきた。近世以降の欧州でもアメリカでも、戦費調達の為の国境を超えた公債発行が国際資本市場の誕生を促した歴史がある。こうした巨額の戦時公債の償還は平時における財政収入だけでは到底困難だ。戦勝国にとっての償還原資は多く場合敗戦国から支払われる賠償金であったが、敗戦国には賠償金の支払いに加え点て公債償還負担が重くのしかかり、経済が危機に陥る事が多い。日本も日清戦争に際しては軍費を上回る賠償金を手にしたが、日露戦争では戦勝国であったにもかかわらず賠償を受けられず、増税が政情不安をもたらした。第1次大戦後のドイツと第2次大戦後の日本では、戦時公債の償還はハイパーインフレによるしかなかった。

戦後の日本は東西冷戦構造の中で西側陣営に組み込まれ、米国の安全保障体制下で経済復興を遂げた。さらに日本は1960年代、2回にわたり米国に対して核武装の意思を表明したが米国はこれを拒否し、その代わりに日本に対して「核の傘」を供与した(8月2日付朝日新聞朝刊)。かくして日本は平時における国防費負担から免れ、今日の繁栄を築くことが出来たのだ。改憲はこうした経済的恩恵を放棄することを意味する。米国自身が中東地域におけるテロとの戦いに多大な財政負担を強いられているため、自陣営の安全保障体制の見直しを進めており、日本に対しても「自国の安全は自分で」というメッセージを付きつけている。改憲の議論はこうしたコンテクストの中に位置付けられるものであり、日本とって他の選択の余地は少ないように思われる。

では、既に財政危機にある日本にとって、改憲により更なる財政負担増が不可避であるとすれば、ハイパーインフレ以外にどんな選択肢が残されているのだろうか。これを次回のテーマとする。「改憲とわが国の経済(その2)」では、なぜスイスがEUにもNATOにも加盟することなく、永世中立国として自前の安全保障体制の下で高い国富水準を達成しているのか、こうしたスイス・モデルから日本が学ぶべきものがあるのかどうかについて検討し、また改憲に伴って今後避けられそうもないわが国の財政負担増への対策について考えてみる。

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2005年8月 7日 (日)

夏休み番外編・ご近所の有名人

番外編として、ご近所でよく見かける有名人をご紹介します。

プロゴルファーの中野晶さん。ツアーに使っている大きなワゴンが金曜日にガレージに戻っていたら予選落ちです。

元経団連の今井会長。会長時代は門前に設置されたポリスボックスに24時間警官が常駐していましたが、退任当日撤去されました。道路公団民営化の審議会の座長をされていた頃はテレビの中継車や新聞記者が夜中まで道にあふれていました。最近は早朝からゴルフに出られることが多いようです。

元水泳選手の長崎宏子さん。数年前までは小さいお子さん二人を「引率する」という感じで元気に大きな声で西友でよく買い物をしておられました。

歌手の麻丘めぐみさん。やはり西友で買い物をする姿をよくみかけました。深い帽子にサングラスなので、かえって目立っていました。(誰も追いまわしてサインをねだったりはしないと思うのですが・・・・・・)

女優の鷲尾いさ子さん。神戸家にパンを買いにこられます。

武富士の武井・元会長。ご本人を見かけたことはありませんが、西友の裏手の高い塀に囲まれた大きな森がご自宅で、門前では武富士の若い社員が二人ペアで1日中石を蹴飛ばしながら番をしています。

そのほか元ご近所の住人で引っ越して行かれたのが俳優の米倉斎加年さん、シンガーソングライターの小室等さん、ドラえもんの声の大山のぶ代さんとご主人の砂川啓介さんなど。

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2005年8月 1日 (月)

銀座シグナスにて

先日銀座のジャズクラブ「シグナス」で知人のライブがあり、聞きに行った時の事。すぐ後ろの席にいた60才前後とおぼしき女性が連れの女性に話していた内容が耳にはいりました。金融ビジネスに進んだゼミの卒業生諸君の参考のために紹介します。

「N証券S支店と取引している。MRFに五百万円ほど預けてあり、その範囲で投資を行っている。自分は全くの素人で難しいことは何もわからないのだが、N証券の女性の担当者が熱心に電話をくれ、説明もわかりやすい。JーReitを勧められて買ったら値上がりしたので半分売った。またIPOの話をまめに持ってきてくれるので欠かさず申し込んでいる。抽選になるので当る、当らないはいろいろだ。当った時も怖いので上場初値で、長く持っても一週間以内に売ってしまうが、短期間で十万円単位の利益になり、孫に小遣いをはずんでやれるので嬉しい。損することもあるだろうが、、MRFの範囲内ならなくしてもいいと思っているので気楽だ。N証券の担当者はN大学の経済学部出身で、よく勉強していていろいろ教えてくれるので信用して取引をしている。」

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2005年7月 5日 (火)

国債は本当に危険な商品か

昨日(7月4日)のゼミでの、3年次生S嬢と私のQ&Aです。

Q:国民一人当りの借金が6百万円だって!先生、これじゃ日本の国債なんか危なくてとても買えないですよね。

A:確かに国の借金を日本の人口で割るとそうなるが、国の借金を個人の借金と同列視するのは問題があるね。

Q:でも財政赤字がどうにもならないほど大きいのはホントですよね。国債の借金は返せるんですか?

A:返せる。なぜなら政府はいくらでも円を作ることができるのだから、期日が来た国債は必ず償還されるよ。

Q:だけどロシアやアルゼンチンの政府は、国債が払えなくなって大変なことになったんじゃないんですか。

A:いいポイントだね。ロシアやアルゼンチンはドルや円で国債を発行していたんだ。自国の通貨ならいくらでも作れるが、他国の通貨で国債を出してしまったら、勝手に他国の通貨を作るわけにはいかないので、外貨準備が乏しくなれば国債が返せなくなる。ロシアやアルゼンチンはこのケースだったのさ。

Q:そうか。でもなぜロシアやアルゼンチンは外貨で国債を出したんですか?

A:国内のお金(貯畜)が少ないために、外国の投資家に国債を買ってもらう必要があったからなんだ。だからドルや円で国債を発行したんだよ。

Q:日本はどうなんですか?

A:日本の国債は円だけ。しかも幸か不幸か、国内で95%以上保有されていて外国の投資家は5%も持っていないんだ。

Q:それは日本の国内に十分お金があるから外国に国債を買ってもらわないで済んでいる、ていうこと?

A:その通り。日本の家計部門の貯畜はいくらあるか知ってる?

Q:えーっとGDPの3倍って習ったから、1500兆ぐらい?

A:そうだね。そうすると国民一人当りいくら貯畜があることになる?

Q:……千二百万円ぐらいかなあ。

A:そうだね。借金のニ倍も貯畜があるわけだ。だから外国に国債を買ってもらわないで済んでいるのさ。

Q:そうか。でも、政府は国債を全部返せるのは確かだとしても、いつまでも財政赤字が続くと、政府が信用されなくなって国債も値下がりする心配はないんですか?

A:今日は粘るね。そこは実はSさんの言う通りなんだ。つまり国債は期日に必ず支払ってもらえるけれど、その時に物価が二倍に上っていたら、同じお金で買えるモノの量は半分になってしまう。円の購買力、つまり国債の実質的な価値が減ってしまうわけだ。でもこれは銀行に預金しても同じ事。インフレが起きると、元本保証の投資商品でも実質的な価値は減ってしまうんだ。むしろ元本の保証がなくても、経済成長やインフレにフォローして価値が上がって行く商品のほうが長期的に見ると安全とも言えるよ。

Q:株のことですか?

A:そう。でも株だけじゃなくて、国債でも金利がインフレ率にスライドしたり、変動利付債といって、市場金利のアップダウンに応じて利子が変って行く、インフレ対応型のタイプも開発されているよ。

Q:個人向け国債ってそれですか?

A:よく気がついたな。個人向け国債も基本的には変動利付債だよ。金利に最低保証がついていて、その分中途解約のペナルティーがある。授業で説明したオプションの考え方が組み込まれているんだ。

Q:はぁ……オプションはよくわからなかったけど、国債のことは何となくわかりました。それと、インフレが進むと国債の価値が減ってしまうんですよね。そうすると国債を買った人は損するけど、だれか得する人はいるんですか?

A:いい質問だね。誰が得するのか、調べて来週発表してください。ヒントは国際金融論の授業で説明した「シニョレッジ」という概念だよ。

Q:わかりました。どうも有難うございました!

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2005年5月22日 (日)

デイ・トレードはなぜロスばかり?

理由は三つあります。

(1)情報の非対称性。株価もマグロやキャベツの値段と同様需要と供給のバランスで決まりますが、株の需給を支配しているのは内外のプロの機関投資家であり、情報収集力と分析力において個人投資家はとても太刀打ちできません。個人のアクションはどうしても後追いとなり、株の古い格言「‘まだ’は‘もう’、‘もう’は‘まだ’なり」の通りの結果になりやすいのです。

(2)ショートに制約があること。個人投資家の場合はどうしてもショート(売り)に制約があります。相場は上がるか下がるかしかないのに、ショートに制約があれば買いから入るほかなく、最初から片肺飛行を強いられてしまいます。

(3)レンジ・トレードの限界。デイ・トレードや短期売買では下がったところで買う/上がったら売る、という、値ごろ感からのレンジ・トレーディングが中心になります。これだと株価が一定の変動幅の中で安定している時には多少の日銭を稼ぐことができますが、株価が新しいレンジに移行する時は値ごろ感で仕込んだポジションが必ず外れになってしまうので、それまでに稼いだ日銭を全部吐き出すことになりやすいのです。加えて個人の場合は利喰いが早く損切りが遅い傾向がありますので、気がつくと手許に残っているのは持ち値割れの銘柄ばかり、ということになりかねません。

こう考えてくると、やはり中長期のポートをじっくり作るか、手数料は高くても気に入った投信を選ぶほうが精神衛生上もよいのではないかと思います。(ショートを積極的にやります、という投信もありますよ。)

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2005年5月20日 (金)

果報は寝て待て

 座右の銘を聞かれてこう答えると呆れた顔をされるが、これこそポートフォリオ・マネジメントの極意だと思っている。

 為替にしろ株にしろ、ただでさえ本来の仕事で忙しい中、さらに神経をすり減らしてまじめに相場をフォローしたあげく悔しい思いをするのはごめんだ。それよりも2ー3年以上のスパンでポートフォリオを作り、マクロ・トレンドが変わると感じた時だけメインテナンスすることにしておけば、何もしないで寝ているだけで、あるいは専ら本業に精を出しているうちに、ひとりでに資産がどんどん増えてくれる。

 そうなるとマクロ・トレンドの変化を感じ取ることが大切になるが、1日5分もあれば十分チェックできる。体調に変化を感じてかかりつけのホーム・ドクターに診てもらうとまず体温、血圧、脈拍をチェックしてくれるように、マーケット・チェックも定番の基本的な計数をいくつかウォッチしておけば重要なトレンドの変化を予知しやすくなる。為替では円/ドルとドル/ユーロ、金利は日・米・独のベンチマーク、株は東証とNY、あとは原油先物。今デイリーにウォッチするのはこれだけで十分だ。これらの計数の相互関係(正・負の相関)に大きな変化があれば、マクロ・トレンドに変化が起こる予兆かもしれず、世界中の機関投資家のポートが動き出す可能性がある。その時は1日5分では済まないので、ホームドクターに専門医を紹介してもらって精密検査を受けるのと同じように少し時間をかけて市場の材料をいろいろ分析することになるが、そこで一度ポートを組替えておけばまた「果報を寝て待つ」という生活に戻ることができる。

 ネットを使わず、わざわざ証券会社に高い手数料を払ってディ-ルをするのは、いざという時に専門医を紹介してくれるホーム・ドクターの機能を証券会社の担当者に期待しているからだ。この機能をしっかり果してくれるなら手数料は高くない、と思う。

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