2007年2月28日 (水)

上海ショックが地球を一周

 2月28日の東京では、日経平均先物がいきなり前日比-4.1%(750円安)の17,360円で寄付いた。パニックの震源は前日(27日)の上海だ。27日の主要株式市場の動きを時系列の順に追ってみると、

上海総合指数(SSEC):-8.8%(2,771)
ダウ欧州50:-2.6%(3,731)
NYダウ:-3.3%(12,216)

と、上海ショックが津波のように世界を一周して28日朝の東京に到達したのだということがわかる。では上海で何が起ったのか。ほとんどの報道機関は、違法な株取引や投機的に過ぎる株取引に対する、全人代を控えた中国当局の規制強化をクラッシュの原因として挙げているが、2月27日にFTが配信したロイター記事"Chinese stocks post biggest fall in decade"のコメントはちょっと違う。

 現地のディーラーに取材して書かれたこの記事によると、27日の上海クラッシュは特定の要因によるものというよりも、自律的な調整のようだ。同記事によるとSSECは昨年130%、今年に入ってからも既に14%上昇し、前日の26日には史上初めて3,000台に乗せたところから、とりあえずの目標達成感が出たファンドが利益確定及び3月に支払う配当金手当てのために売った、とのこと。そうであれば27日の上海ショックは過大評価修正の正常な一過程にすぎず、同記事も下値のメドは2月の安値である2,541、というコメントまで紹介しているほどだ。

 また、各主要市場で株から債券へのシフトが起きており、27日のベンチマーク(10年物)の利回りはブンズが3.96%(-0.03%)、TNが4.51%(-0.12%)と急低下。28日のJGBのランダウン(前場終値、利回り)を見ると、何と4年で既に1%フラット、10年は1.61%と、ゼロ金利解除(第一次利上げ)直前の水準近くまで買戻されている。オーソドックスなEquityとFixed Incomeとのトレード・オフが世界中で復活しているわけで、この面からも今回の上海ショックが市場正常化の一過程であることが確認できる。ポート操作は、通貨を問わずFixed Incomeを利食ってEquityの買い場をじっくり探すべきだろう。利食った債券の買い直しなら、為替(ユーロ)次第では上述の通り対TNスプレッドが通常時(1%内外)の半分になったブンズを視野に入れたいところだ。

 だが、今回の上海ショックの世界一周は、別の意味で重要だ。上海ショックが発生した27日、同一時間帯にオープンしていた東京市場は何の反応も示さなかったのだ。上海ショックが24時間をかけて欧州、米国と地球を一周し、アジアに戻ってきてはじめて東京がパニックに見舞われ、前場ではこれまで上値を追ってきた不動産株やJ-Reitがクラッシュし、24時間前の上海のコピーをそっくり演じたのである。このことは、アジアにおける資本市場の中心が既に東京から上海へと交代してしまったことを意味している。ACUのようなアジア共通通貨のバスケットは、円ではなく人民元をコアにして設計しなければならない時代が既に到来しているのだ。

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2006年4月28日 (金)

金融引締めに転じた中国経済は失速するのか

 4月28日、中国人民銀行は人民元の1年物貸出金利を5.58%から5.85%へと引き上げ、銀行に対して融資の伸びの抑制を要請した。4月28日のブルームバーグによると、中国では今年の第1四半期(1-3月)に固定資産投資が29.8%、不動産投資が20.2%増加し、上海や大連などの主要都市では住宅価格が10%余り上昇したため、不動産販売や不動産価格を冷やし、海外からの投資に歯止めをかける事によって景気の過熱を押さえようとしたもので、これを受けて28日の東証では中国経済の失速懸念から株が売られ、日経平均は前日比208円安の16,906円と、17,000を割りこんで引けた。たしかにこれまで高度成長で世界経済を牽引してきた中国経済なくしては日本経済の脱デフレも、世界的な株高も、また原油をはじめとする一次産品価格の高騰も、はるかに浅く緩やかなものになっていた筈であり、市場が敏感に反応したのも肯ける。

 では、これから中国経済は失速に向かうのだろうか。その心配はない、と考えている。むしろ逆に、今回の金融引締めは中国経済が持続可能な安定的成長へとソフト・ランディングする為の第一歩と位置付けられ、中国が1990年代前半に確立した、開発途上国としては稀有の経済のマクロ・コントロール体制が引き続き健在である事を再確認したものであると言えよう。そしてその体制を確立したのは、後に江沢民政権の下で1998年3月から2003年3月まで国務院総理(首相)を務める事となる朱鎔基その人であった。以下その当時の経緯を振返って見よう。

 中国がようやく天安門事件(1989年)の後遺症から立ち直りつつあった1992年冬、鄧小平は南巡講話の中で改革開放の加速を指示し、同年10月の第14回党大会では社会主義市場経済が打ち出されて中国経済は一気に急成長から過熱へと突き進んだ。朱鎔基が中国人民銀行総裁に就任した1993年、上半期の固定資産投資は前年同期比六割増を記録し,中国経済クラッシュの危険性は中国にとどまらず、世界経済にとっての重大な懸念となった。1988年に上海市長に就任した朱鎔基は、1989年に党総書記として北京に転出した江沢民の後任として上海市委員会書記に栄進し、外資導入と汚職の取り締まりに辣腕を発揮した。この当時朱鎔基は厳しい市政運営ぶりで勇名を馳せた。上海市の幹部会議を主宰していた朱鎔基は、後部座席に控える部下の随員から耳打ちされながら発言を繰り返す幹部に対して、話が分っている部下と席を交代するように指示したという有名なエピソードを残している。1991年には鄧小平によって国務院副総理(副首相)に抜擢され、1993年には中国人民銀行総裁兼務となって正面からインフレ抑制に取り組んだ。この時期に朱鎔基は固定資産投資の対GDP比率を中間政策目標とする、現在の経済政策の基礎となっているマクロ・コントロール体制を導入し、太子党と言われる共産党幹部子弟のビジネスといえども例外は一切認めず、表裏両面からの強い政治的圧力に屈することなく聖域のない厳しい金融引締めを貫徹し、ソフト・ランディングを成功させたのである。当時は、かつてポール・ボルカーが負っていた世界経済に対する責任を今や朱鎔基が担っているとまで言われたものだ。私はIMF総会での会談の末席に連なったことがあり、小柄で精悍な風貌が今も鮮やかに蘇ってくる。

 今回の中国の金融引締めは、朱鎔基が基礎を構築した経済のマクロ・コントロール・システムが今も健在であることを内外に示すもので、長期的には株価にとって買い材料なのだ。今は昨年とは違って株なら何でもよいから買っておけばよい時代ではなく、銘柄選別が必要だが、中国経済がソフト・ランディングに向かうとなれば資源への需要は高位安定が予想される。素材・資源関連株の下げ場面では確実に買いを入れておきたい。また資源産出国(オーストラリアなど)の高金利通貨債は長期ポートとして仕込んでおきたい。因みにゼミのOGであるN嬢によると、炭素繊維関連銘柄に注目!とのことである。

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2006年3月22日 (水)

国際金融市場としてのロンドンとニューヨーク、そして香港と上海

 昨年掲載したブログ「人民元の実験が始まる(1-3)」では、「開放経済のトリレンマ」仮説に基いて中国における「一国二通貨」制度の将来を展望する中で、なぜ香港ドルが現在のカレンシー・ボードから解き放たれ、国際通貨制度史上前例のない「管理された巨大な資本取引通貨」へと変貌して行くのかについて概説した。それでは香港は他の国際金融市場と比べて今後どのような個性を発揮し、また同じ中国の巨大な金融市場である上海とはどのように棲分けて行くのだろうか。このテーマを考えて行く上では、世界の主要な国際金融市場の生い立ちや特徴を把握しておくことが格好のモノサシとなる。そうなるとまずはロンドンとニューヨークだ。BIS(国際決済銀行)は3年ごとに4月の外国為替とデリバティブの主要市場ごとの取引高調査を実施しており、詳しい計数はBISのホームページで見ることが出来るが、ロンドン、次いでニューヨークの二大市場の規模が突出しており、この二大市場に次ぐ東京市場の取引高は、最新データである2004年4月のデリバティブ取引においてロンドンの6%、ニューヨークの10%程度に過ぎない。

 ロンドンとニューヨーク。この突出した二大国際金融市場は、しかしながらかなり異なる生い立ちと個性を有している。理解を容易にするために敢えて極言すれば、ニューヨークが巨大な米国経済と表裏一体の、膨大な実需取引を裏付けとするキャッシュ中心のオン・ショア市場であるのに対し、ロンドンは特に英国経済と強く結びついているわけではなく、生き馬の目を抜くような裁定取引が中心の、絶えず金融技術革新が行なわれている規制のない洗練された巨大なオフ・ショア市場である、と言える。国際金融ビジネスのプロたちは国籍や所属組織とはかかわりなく、駈出し時代の生い立ちに応じてロンドン派とニューヨーク派とに分かれていて、ロンドン派はニューヨークを実需に依存する泥臭い市場であるとこき下ろし、ロンドンこそプロフェッショナルが腕を振るうにふさわしい洗練された真の国際市場である、とする。一方ニューヨーク派は(私も含めて)ロンドンなぞ所詮実態のない裁定取引が主体の根無し草であり,ニューヨークこそ実体を伴う懐の深い人間臭い魅力にあふれた市場である、とする。

 両市場が別々の道を歩み出したのは、1933年と35年に米国の銀行法が改正され(別称グラス・スティーガル法)、銀証分離政策が確立されたことが契機である。銀証分離の狙いは銀行業・証券業ともに独立採算を貫くことにより、一方を他方が支援したりサポートすることなく、それぞれが独力でサバイバルできる体力をつけることである。ちょうど親鳥が成長した雛を巣から追い出して巣立ちを促し、単独で餌を取れる強い雛だけを次世代に残そうとするのに似ている。植物なら温室ではなく原野に植えて自然淘汰に任せる方が強い種が残ると考えるのだ。これに対して欧州のユニバーサル・バンキングは、今は未成熟で赤字だが将来重要になると考える証券部門を、成熟した銀行部門と同一の企業体の中に置き、両部門のシナジー効果を引き出してビジネス面・収益面でのさまざまな支援を行って育成するという考え方である。鳥の雛には十分餌を与えて単独で生きられる力をつけさせてから巣立ちさせるほうが強くなる、植物なら原野に放置するよりも肥料を与え、よく手入れをして育てたほうが強く育って大きな実をつけると考えるのだ。米国には銀行業・証券業それぞれが生き残れるだけの大きなパイ(経済規模)があったから、まずは銀行業・証券業それぞれが特徴を生かして資金余剰部門から不足部門への円滑な資金循環を実現することが優先され、洗練された金融商品の開発や金融の国際化は二の次であった。これに対して欧州では、個々の国のパイ(経済規模)では遠く米国に及ばないから、将来重要になる産業は競争にさらすのではなく保護・育成するという考え方がとられた。また欧州各国は政治・経済ともに密接に関連し合っていて、最初から国際金融ビジネスが当たり前のこととして存在しており、そうした環境の中で勝ち残るためには規模の経済に依存するのではなく、工夫をこらした金融商品の開発を間断なく続ける必要があったのである。

 だが現実の国際金融ビジネスは、ロンドンとニューヨークの異なる個性を「いいとこどり」して成長してきた。一例を挙げると、JPモルガンとモルガン・スタンレーは共にそれぞれ独立したグローバルな投資銀行であるが、元々は米国籍の同じ金融機関であった。グラス・スティーガル法の施行を受けてJPモルガンは銀行業専業となり、証券部門がモルガン・スタンレーとして独立してコーポレート・ファイナンス・ビジネスを得意とするグローバルな投資銀行へと成長した。一方JPモルガンも米国有数の商業銀行としての強い体力を裏付けとしてロンドンにおいて証券業を本格的に展開し、こちらも今やグローバルな投資銀行の一つとなったのである。

 さてアジアにおいては、規模は大きいが長年にわたって政府当局の強い規制の下に置かれて国際化が進まなかった東京市場を別にすると、シンガポールと香港が本格的な国際金融市場であるが、どちらも性格が大きく変わりつつある。ますシンガポールだが、規模は小さいが実需取引を裏付けとするキャッシュ中心の市場であるという意味でニューヨーク型であると言える。タイ、マレーシア、インドネシアなど近隣のアセアン諸国の経済・産業の規模が拡大し、国際化が進んで来たために国際金融市場が必要になり、シンガポールがコモン・キッチンとして使われたのだ。しかしながら近隣のアセアン諸国は成長するに従って次第に自前の国際金融市場を作るようになった。マレーシアのラブアンやタイのBIBFである。昔はどの町内にも井戸があり、住民は共通の井戸をあらゆる洗い物に使っていた。ところが住民の暮しが豊かになり、それぞれの家が自分の井戸を持つようになった為に井戸端に人が集まらなくなってしまったのだ。この結果シンガポールはロンドン型に転換して高度な金融商品開発拠点としての生き残り策を模索している。

 一方香港は、1997年の中国返還以前においては特に中国経済そのものを後背地としていたわけではなく、典型的なロンドン型のオフ・ショア市場、と言うよりもむしろ欧州時間の夜間におけるロンドンのシャドウ・マ-ケットであった。ところがこうした香港のロンドン直結型裁定市場という性格は香港の中国返還に伴なって一変した。今では香港は強大な中国経済を後背地として持ち、ロンドン型の裁定機能とニューヨーク型の実需資金仲介機能を兼ね備えた、国際金融史上前例のない管理された巨大な国際資本市場へと変貌しつつある。

 中国の一国ニ通貨制度の下で香港市場が国際資本市場としての機能を担い、香港ドルはいずれカレンシー・ボードから解き放たれてゆく。これに対して上海市場は交換性が制限された国内通貨としての人民元の資金及び外国為替をアコモデートする、ニューヨークよりもはるかに実需の比重の大きい巨大なキャッシュ・マーケットとして香港と使い分けられて行くと考えられる。ロンドンとニューヨークの特徴を共に有する管理された国際資本市場香港と、交換性を欠く通貨としては世界最大規模の間接金融市場にならんとする上海。どちらもこれまでの国際金融市場のモノサシでは計れない、新たな市場モデルへと変容しようとしているのである。

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2006年1月25日 (水)

外貨準備と中国

 人民銀行の発表によると2005年末の中国の外貨準備が8189億ドルに急増したとのこと。今年中に日本(同約8469億ドル)を抜いて世界一になるだろうと推測されている。だがアメリカの外貨準備は中国の10分の1だ。外貨準備が多いとどんな良いことがあるのだろうか。これを機会に外貨準備の見方、考え方を整理してみたい。

 外準は国の対外支払準備であり、その最低必要保有額は通常対外支払債務の3ヶ月分と言われている。これは対外資本取引を厳しく制限している国であれば輸入の3ヶ月分とみなし得るから、そこから計算すると中国の外準の最低必要ラインは約1400億ドル(2004年基準)となり、中国はその6倍近くの外準を保有していることになる。同じ基準で計算してみると、日本の輸入の3ヶ月分は1170億ドル、外準はその7倍強であり中国と大差ないが、米国の輸入の3ヶ月分は4500億ドルで、外準はその20%にも満たない。ドルが基軸通貨だから米国は外貨を保有する必要がなく、対外決済に必要であればドルをいくらでも発行すればよいのだ。

 米国以外の国が最低必要額を超えて外準を保有する意味は二つある、一つは資本取引にかかわる対外支払債務のカバーだ。国際間の資金移動が貿易取引だけなら外準は輸入の3ヶ月分でよいが、資本取引を自由化している国の場合にはそれよりはるかに大きい支払準備が必要である。ところが資本取引の規模は貿易取引と違って常に大きく変動していて、あらかじめ見当がつけられないから、外準がいくらあればよいのかを判断する基準が作りにくい。ただ資本取引を自由化していない中国が最低必要額の6倍近くの外準を保有していることは、アメリカから見ると輸出のし過ぎ、外準の貯め過ぎであり、人民元相場をフロートさせるか切上げるかして貿易黒字を減らしてもらいたい、という事になる。もう一つは外準が多ければ多いほど経済政策の裁量の余地が拡大するという点である。香港はカレンシー・ボード制(金本位制における金準備を外貨準備に置き換えた制度)を採用しているが、香港以外でも実質的なカレンシー・ボード制を採る国は多い。かつての日本も戦後長い間経済政策が外準に制約される時代が続いた。景気が上向いて輸入が増加し、外準が減少すると内需を抑制せざるを得ず、国内景気にブレーキがかかった。当時「国際収支の天井」と呼ばれたこの実質的カレンシー・ボード制は輸出主導の高度成長期に入るまで続いたのである。現在も多くの発展途上国が外準を睨みながら内需やハイパワードマネーをコントロールしているが、こうした実質的カレンシーボード採用国では外準が多いほど経済政策の裁量の余地が大きくなる。

 次に外準にも名目と実質があることに注意しよう。名目外準は国際収支統計として公表されている計数にすぎないが、実質外準は当該国の政府が実際に使用できる支払い準備であり、より重要な概念である。実質外準の値は「名目値+-コミットメント」を計算して求める。名目値に加算するコミットメントとは直ちに使用できる外貨のクレジットラインのことで、コンディショナリティーに縛られたIMFの融資枠のような直ちに引き出せないものは含めない。アジア通貨危機以降2国間・多国間の緊急支援枠が整備されて来ており、チェンマイ・イニシアティブ(懐かしい!)はこの典型だ。逆に名目値から差し引くのは、当該政府が先物で民間セクターに対して外貨の売却をコミットしている残高のうちの短期部分(1年以内)である。民間が自国通貨を「外貨借入+スワップ」で調達し、政府がその先物カバーに応じている場合は、政府は先物で外貨を民間セクターに売却する約束をしている。その部分は政府が勝手に使ってしまうわけにはいかない外貨であるから名目値から差し引くのだ。ただこうしたコミットメントは国際収支統計には計上されておらす、特に名目値から差し引くべき支払いコミットメントはほとんど対外公表されていないため、様々な情報源から推測するしかない。

 また、国によって外貨の地方政府から中央政府への集中度が上昇すると外準が急に増加したように見えることがある。地方分権が進んでいる国においては地方自治体が中央政府とは別に独自に外貨準備を保有している場合があり、中央政府もこれを把握しておらずコントロールもできない。かつての中国がその典型である。鄧小平の南巡講話を契機にまず広東省から本格的な経済発展が始まり、沿海部の各省が発展を競う中で省単位で行政も経済もかなりの程度自己完結する、ミニ連邦制的な体制がいったんは成立した。ところが1998年以降各省ITIC(国際信託投資公司)の破綻が相次ぎ、中央政府は国全体としての経済のマクロ・コントロールを強化する必要に迫られた為、外貨管理の中央集権化を進めた。2000年以降の中国の外準急増には、地方自治体の外準が単に中央政府に移管されただけにすぎない部分が少なからず含まれていると言われている。

 最後に、外準の増減と経常収支尻からトータルの資本取引を逆算することができるという事を覚えておこう。経常収支と外準増減との落差が誤差脱漏も含めた資本取引の合計である。そこからネットの直接投資を差し引けば、内外のポートフォリオ性資金の動向の見当をつけることが出来るのだ。投機的な短期資金の動きを調べる時には結構使えるツールだが、それでもコンティンジェント取引まで正確に捕捉することはできないという事には十分注意しておこう。

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2005年9月26日 (月)

人民元のマーケットメーカーとは?

本日(9月26日)のブルームバーグに「中国、人民元のマーケットメーカーに米シティなど指名へ」という記事が配信されているが、誰かこの意味わかりますか?

記事の要旨は、中国人民銀行がHSBCホールディングスやシティグループ、中国銀行などを人民元のマーケットメーカーに指名する可能性があり、指名された各行は年末までに人民元の対ドル、ユーロ、円取引で価格提示や売買を許可される見通しで、これにより中国人民銀行が一手に行ってきた人民元相場の決定が各銀行に開放されることになるとのこと。

この記事が正確だとすると、これは通常使われているマーケット・メークとは全く別の話である。マーケット・メークとは、公募発行された証券の引受けを行った業者が引受け銘柄の流通市場における流動性を担保するために、売買両サイドの価格を市場に提示することをいう。外国為替の場合には発行市場も引受け責任も存在しないから、自ら市場のリーダーたらんと欲する機関が売買両サイドの価格を市場に提示する。これもマーケット・メークと言うが、外国為替の場合マーケット・メーカーは誰の許可や指名を受けるわけでもなく、自らの意思でマーケット・メークを行うのだ。更にこの記事にはスタンダード・チャータード銀行のコメントとして「マーケット・メーカーが指名され次第、各行は人民元の対ドル相場を自由に決定することができる」とあるが、そういうことであればマーケットメーカーというよりも為銀ライセンスに近いものであり、とりたてて人民元取引の自由化に結びつくものではないと考えたほうがよさそうである。

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2005年7月23日 (土)

人民元の通貨バスケット制とは?

具体的な仕組みについて説明します。

これまでの人民元はドルに連動していましたが、発表によると今後は「通貨バスケット」に連動します。「通貨バスケット」とは、ピクニックのランチ・ボックスのようにいろいろな種類の食べ物(=通貨)が少しづつ入っている箱のようなものと考えてください。いままでは人民元の価値を表すバスケットにはドルという「おにぎり」しか入っていなかったのですが、これからは円やユーロなど、いろいろな「おかず」も入れることにしたわけです。有名な通貨バスケットの例としてはIMFが使用しているSDRや、現在のユーロの前身であったECU(エキュ)などがあります。

さて、今回の人民元のバスケットのナカミ(通貨の種類と構成比率)は中国が主要な貿易相手国ごとの貿易比率などを考えて決めたと言われていますが、公表はされていません。また中国はそのナカミを今後も自由に変更する可能性があるので、将来のバスケットの価値に継続性があるのかどうか、まだわかっていません。こうした前提条件付きで「通貨バスケット」の具体的な仕組みを以下に例示します。

新しい人民元の価値が、報道されているように1ドル=8.11元でスタートしたとします。計算をわかりやすくするためにこの逆数をとり、この人民元相場を100元=12.33ドルと表示します。また、今後人民元はドルに対して50%、円に対して30%、ユーロに対して20%の割合で連動することになったとします。さらに今の為替相場が1ドル=111円、1ユーロ=1.2ドルであるとします。この前提で新しい人民元の価値を計算してみましょう。

上の前提で計算すると、100人民元の価値は

12.33ドルの50%(=6.165ドル)
プラス
12.33ドルの30%(=3.699ドル)相当の円
プラス
12.33ドルの20%(=2.466ドル)相当のユーロ

ということになります。これを上記の円・ユーロの対ドル為替相場を使って書きかえると、100人民元の価値は

6.165ドル
プラス
410.59円(3.699ドルX111円)
プラス
2.055ユーロ(2.466ドル÷1.2ドル)

になります。この式が新しい人民元のバスケットです。つまり中国は100人民元の価値を

「6.165ドル+410.59円+2.055ユーロ」

であると決めた、ということを意味しています。そしてこれ以後、人民元の為替相場は円とユーロの対ドル為替相場の変動に応じて変動して行くことになります。(従ってバスケットに入っている通貨の比率も最初の比率から徐々に変化して行きます。)

例えば今仮にドル/円相場が1ドル=120円に変化したとします。(1ユーロ=1.2ドルは不変とします。)

そうすると100人民元の価値は

6.165ドル
プラス
3.422ドル(410.59円÷120)
プラス
2.466ドル(2.055ユーロX1.2)

となります。合計すると

100人民元=12.053ドル、逆数表示では

1ドル=8.297人民元

に変化したことになります。円がドルに対して下落したことを反映して人民元相場も下落したことがわかります。

今回の人民元バスケットの実際のナカミ(通貨の種類と構成比率)は公表されていませんが、中国の主要貿易相手国の比率を想定し、それらの通貨の対ドル・レートの変化を計算して、人民元の対ドル・レートの変動をコンピューターを使って1ヶ月程度シミュレーションしてみれば、人民元バスケットのナカミをかなり正確に推定することができます。ゼミ生の諸君は夏休みの研究課題としてトライしてみてはどうですか。但し人民元が本当にバスケットになったのだ、ということが前提になります。シミュレーションの結果「この前提が崩れている」という論証ができれば、これはこれで大変面白い(ショッキングな)結論になりますね……!

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2005年7月14日 (木)

人民元の実験が始まる(その3)

(その2から続く) 人民元の切上げ(=変動幅の拡大)は資本取引における人民元の交換性の拡大を伴なうものではないこと、また資本取引通貨としてはますます香港ドルが重用され、経常取引通貨である人民元との機能分担(一国二通貨制)が一段と進むこと。この二点が前回までの分析の結論であった。それではこうした香港ドルの変化は我々外国投資家にとって何を意味するのだろうか。これが次なるテーマだ。この問題を考える手掛りは、「開放経済のトリレンマ」仮説に照らして中国の目指す一国二通貨制の帰結を考えて見ることにある。

開放経済のトリレンマ(Open-economy Trilemma) とは、「開放経済体制の下では(1)独自の金融政策 (2)自由な資本移動 (3)為替レートの安定 のうち二つしか達成できない」という仮説である。アジア通貨危機後の新しい国際通貨秩序のあり方が議論される中で提唱され、今なお多くの実証分析が行なわれている。このトリレンマを現実の各国の実際の通貨制度に当てはめてみると、(3)の「為替レートの安定」を放棄しているのが日本、米国、EUなどのフリーフロート国。(2)の「自由な資本移動」を放棄(制限)しているのがハード・ペグの中国、べトナムやソフト・ペグのインド、先発アセアン各国。そして(1)の「独自の金融政策」を放棄しているのがパナマや中南米(ドル化)、コソボ(ユーロ化)、そして香港(カレンシーボード)なのだ。

今中国が導入しようとしている一国二通貨制は、経常取引通貨としての人民元の変動幅拡大により「為替レートの安定」の一部を放棄する代わりに、現在放棄(制限)している「自由な資本移動」を香港ドルを通じて手に入れようとするものである。ただし「為替レートの安定」の一部を放棄するとは言え、人民元の使用はあくまでも経常取引に限られるから、その中国経済に与える影響は極めて限定的なものであり、「放棄」のコストは小さい。加えて「開放経済のトリレンマ」仮説が貫徹されるとすれば、限定的な「為替レートの安定」の放棄と引き換えに手に入れることが出来るのはせいぜい「制限された資本取引」の拡大にすぎない。中国が香港ドルを通じて実現しようとしているのは正にこれなのだ。、ある程度自由な資本移動は既に部分的に香港ドルによってカレンシー・ボード制の枠内で実現されているが、中国国営大企業の香港上場による民営化ラッシュがまだ始まったばかりであり、むしろこれから本格化することを考えると、中国が香港ドルによって手に入れようとしているのは、管理された大規模な資本流入なのだということがわかる。こうした大規模な資本移動は香港単体のカレンシー・ボードの制約の下では実現困難であり、カレンシー・ボードはいずれ廃止される運命にあると考えるべきだ。

カレンシー・ボードから解き放たれた香港ドルは、未だかつて世界に例を見ない通貨となる。巨大な国民経済に支えられながらも、その資本収支(しかも特に主として資本流入)だけを担うオフショア専用通貨となるのだ。もちろんこうした通貨システムは香港SAR自体の一国ニ制度が前提になっているため、中国が一国二通貨制のメリットを評価してそれを維持すようとする限り、香港SAR自体が中国に吸収される心配はない。むしろ現在のカレンシー・ボードの裏付けである香港政庁の外貨準備が、中国そのものの巨額の外貨準備に置換えられる形で、中国主導で香港ドルが運用される事になるのではないか。巨大な「管理された資本取引通貨」が史上はじめて誕生する。香港市場はおそらく今以上に「素人が下手に手を出すと怪我をする」という、「プロのクローニー」(その是非はさておき)の世界になる。かかる大規模な「管理された資本取引通貨」は果して持続可能なのであろうか。

人民元の変動幅拡大は、実は香港ドルの歴史的な実験の始まりなのだ。

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2005年5月27日 (金)

人民元の実験が始まる(その2)

(「その1」から続く)

 中国が目指す「1国2通貨」制度は「経常取引は人民元、資本取引は香港ドル」というイイトコ取りの二重為替相場システムであり、既に機能しはじめている。具体的に見てみよう。

 主要なアジア通貨の外国為替市場における取引高(BIS統計、2004年4月基準、年間換算)がそれぞれの年間貿易額(輸出入合計、IMF統計)の何倍あるのかを見ると、第1位は円の116倍。この倍率が高いほど通貨の実需からの解放度が高いと見られるため、アジア通貨の中で円がトップであることは当然であるが、2位は何とカレンシー・ボードを採用して米ドルにペグしている香港ドル(19倍)である。次いでシンガポール・ドルと韓国ウォンが15倍前後で続くが、二桁はここまで。これに主要アセアン通貨が一桁台で続き、人民元は9通貨中最下位の0.6倍である。(三井住友銀行「マンスリー・レビュー」2005年5月号、13ページ)人民元が経常取引通貨として見事に資本取引から遮断されていることがわかる。さらに中国が香港ドルを資本取引専用通貨として積極的に位置付けようとしていることは、神華集団・中国交通銀行・中国建設銀行などの大物が次々と香港証券取引所に上場されるスケジュールであることからも裏付けられる。そしてここから「来るべき人民元の変動幅の拡大は人民元の交換性の大幅な拡大を伴わないが、香港ドルの性格が一変する可能性がある」というメッセージが見えてくる。そうなれば人民元の変動幅拡大の影響は極めて限定的な範囲にとどまることになり、我々海外投資家にとっては「中国は香港ドルをどうするつもりなのか」の見極めがより重要な問題ということになる。

 香港ドルはカレンシー・ボード制の通貨である。簡単に言うと金本位制における金準備をドルに置き換えた制度だ。中国がいずれ香港ドルをカレンシー・ボード制から解き放つつもりだとすると、我々はどんなチャイナ・ポートフォリオを作るのがよいのだろうか。「その3」ではこの点をじっくり考えてみたい。(「人民元の実験が始まる・その3」へ続く)

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2005年5月26日 (木)

人民元の実験が始まる(その1)

 中国が今やろうとしているのは単なる通貨の切り上げでもなければ変動幅の拡大でもない。ブレトンウッズ体制の崩壊やユーロの創設と並ぶ、国際通貨制度上画期的な実験なのだ。キーワードは「1国2制度」ならぬ「1国2通貨」である。

 先週、中国周辺国は人民元の変動幅拡大に備えて着々と手を打った。韓国が為替介入を放棄してウォン上昇を放置する方針に転換し、香港が香港ドルの対ドル変動幅拡大を発表したのだ。中国自身も直接投資の衣を被って入りこもうとする短期資本に対する規制や為銀のオフショア借入に対する上限規制を導入済みで、人民元の対外資本取引からの遮断が一段と強化された。XーDayに向けたカウント・ダウンがもう始まったと言ってよい。

 ところが、外国資本がこのチャンスに乗じて人民元をロングにして儲けようとしても、上述の通り人民元はますます対外資本取引から遮断されてきており、国外の投資家が本格的に人民元をロングにする手段は極めて限らているのが実情だ。例えば中国株式を対象とする投信も人民元建である上海A株へのアクセスは極めて限られており、ドル建ての上海B株と香港ドル建てのレッドチップスがポートフォリオの中心なのだ。中国はこれまで人民元を資本取引から徹底的に遮断してきたからこそアジア通貨危機の影響を免れ得たのだが、今回の人民元の変動幅拡大に際しても、その対象を実需取引(経常取引プラス限定された直接投資)に限定しようとしているのだ。言い換えれば、中国は「経常取引は人民元、資本取引は香港ドル」という「1国2通貨」制度を導入することにより、これまで度々通貨危機に見舞われてきた数多くの開発途上国が理想としつつも実現できなかった「経常取引と資本取引の分離」を実現しようとしているのだ。こうした経常取引と資本取引を遮断して別々の為替相場を適用する二重為替相場制は過去にベルギーが採用した例があるが、大きな経済力を有する国としては初めてであり、今後の開発途上国の通貨制度にとって新たなモデルとなる可能性のある重要な実験であると言えよう。

 それではなぜ「経常取引と資本取引の分離」が必要なのか。そしてうまく行くのだろうか。この点を考えてゆくためには、理論面から「開放経済のトリレンマ」の検討、制度面から香港が採用している「カレンシーボード制」の評価、また現実の経済実態の面からアジア通貨危機に際してのアジア各国の経験と教訓の再吟味などが必要である。(以下「人民元の実験が始まる・その2」に続く)

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2005年5月17日 (火)

「人民元危機」は来るのか

中国が資本流入規制(為銀のオフショア借入上限規制)を導入した。想起されるのは1994年初にタイが実施した短期資本流入規制だ。タイに大量の短資が流入し、バーツ買いが止まるところを知らず、反動を警戒したタイ政府が実施した混乱予防策であったが、結果は周知の通り1997年央、激しいバーツの反動売りが発生し、アジア通貨危機の引き金となった。今回中国は通貨危機を経ずに人民元の変動幅拡大を実現できるのだろうか。

個人的な結論は「人民元危機は来ない」。アジア通貨危機の影響が軽微であった中国だが、その後経済のマクロコントロールが格段に強化されたところを見ると危機に見舞われた国々の教訓をしっかり身につけたようだ。加えて人民元に対する投機の手段が限られており、中国株は底値圏に沈んだままだ。アジア通貨危機の一要因であった資産バブルが今の中国には見られない。実需原則にこだわり、頑なに資本取引を遮断して来た成果ではないだろうか。その意味で、円滑な人民元の変動幅拡大が実現すればアジアにおける通貨制度の重要なモデルとなる。アジア通貨の対円ペグなどという日本の身勝手な期待も自然消滅しよう。それどころか、既に円は人民元の変動幅拡大期待で買われており、円の対人民元ペグという新しい時代の幕が開いたのかも知れないのだ。長期保有前提で中国株投信を仕込むタイミングが近づいているように思われる。

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