« 2008年12月 | トップページ | 2009年3月 »

2009年2月16日 (月)

時計の針を何年逆戻りさせればよいのか

後世の歴史家が「平成大恐慌の最初の年」と呼ぶであろう2009年はまだ始まったばかりだが、ジェットコースターのように急降下する日本経済の着地点は何年ぐらい前の時代の姿になるのだろう。5百万人の雇用を擁し、文字通り日本経済のエンジンである自動車産業の今年の国内生産台数は、産業分析に定評のあるJPモルガン証券の予測によると1977年以来の低水準である883万台まで落ち込むと言う。実際、主要自動車各社の2009年1-3月の生産計画を集計すると1970年代後半の水準となる。日本経済の時計の針は、輸出も産業も雇用も生活も、約30年逆戻りすると考えなければならないだろう。そうなると現在のファイナンス・システムに関するほとんどのルールが無用なものとなる。米国は今、すべての金融機関に加えて自動車のビッグ・スリーまでもソブリン・リスク化しようとしている。アメリカ自身が市場主義を放棄する以上、1983年の日米円ドル委員会は「なかったこと」にして、それ以前のルールを復活させる事が必要だ。具体的に一つひとつ見て行こう。

(1)1984年に撤廃された為替予約の実需原則。30年前の世界では、現在と同様、産業や雇用や生活、つまり実需を投機から守ることが重要であった。残念な事に昨年11月の緊急金融サミット(G20)も、吉田類が記者会見に登場したかと思わせた先週末のG7も、均衡破壊的な投機を押え込むグローバルな枠組みへの第一歩さえ踏み出せなかったが、デリバティブも含めて実需原則を罰則付きで復活させればよいだけの事だ。

(2)同じく1984年に撤廃された円転規制。通貨同士の交換について実需原則を復活させる以上、外貨を原資とする円資金の調達にも一定の実需枠が設けられるのは当然だ。

(3)1993年に撤廃された三局合意。30年前の世界では間接金融機関に資金余剰主体から不足主体への資金仲介機能とそれに伴う信用リスク、ALMリスクの負担が求められ、フェイルセーフの仕組みとして護送船団が存在していた。米国型投資銀行や欧州型ユニバーサルバンクのビジネスモデルが破綻し、護送船団が復活しつつある今、間接金融機関が30年前に果していた役割の本格的な復活が必要である。

(4)2000年に導入された金融商品の時価会計。30年前の実需を守る仕組みが復活すれば、金融商品の時価会計自体が無用となる。無理に継続すれば弊害ばかりが顕在化する。

 振り返ってみると、「幸福=自分の収入÷隣人の収入」と考える人がまだ少なかった30年前は、現在と比べても決して住みにくい時代ではなかったような気がする。だが仮に「30年前に戻ってやり直していいよ」と言われても、あの苦労をもう一度やり直す気にはどうしてもなれないのもまた、事実なのである。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2008年12月 | トップページ | 2009年3月 »