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2008年11月16日 (日)

緊急金融サミットの評価

(新しい国際金融秩序に関するゼミのディスカッション資料)

11月14-15日に緊急金融サミット(G20)が開催されたが、国際資本市場の信頼回復への道筋はどの程度出来たのだろうか。

人体に例えると現在は出血が止まらない状態。とりあえず応急処置として痛み止めと輸血(=資金の供給)が必要で、これが各国の公的財政資金の投入やIMFの強化による新興国支援。こうした応急処置は合意できたが、肝心の抜本治療方針(=野放しの投機を規制して監視する新しい仕組み)が纏まらなかった。米・カナダ・日本は「体力は輸血で回復するから大手術は不要」、ヨーロッパは「大手術をして治しておかないとまた再発する」と主張。金融市場の監視体制改善の必要性自体は確認されたが、具体的な手段については「国内事情に鑑み適切と考えられる」方法で各国が実施すべきだとして、国際的な投機防止の仕組みの素案さえ示せなかった。

まず今回のサミットに臨んだ主要各国の立場を整理してみると、アメリカは従来からの市場万能主義を守ろうとして投機の規制強化に抵抗したが、政権の空白期であり、またアメリカ自身がリーマンを見捨てた一方で政府資金を使ってAIGを救済したり、自由競争の結果皮肉にも自国の自動車産業が政府支援要請に追い込まれたりと、市場万能主義を自分から放棄せざるを得なくなっている為、主張に迫力を欠いた。ただ貿易自由化(ドーハラウンドの再開)の合意はよく頑張って結果を出した。

フランスはサルコジ大統領がサミット開催を呼びかけるなど積極的な動きが目立った。第二次大戦後1971年まで続いたブレトンウッズ体制(1ドル=360円の固定相場制)を廃止に追い込んだのはフランスのドゴール大統領。サルコジ大統領も欧州代表を自負し、投機の監視を強化する新しい国際金融ルールを目指してロシアや新興国を巻き込む作戦だったが、新興国からの明確なサポートがなく、アメリカ陣営を攻め切れなかった。特に中国はこれまでとは逆に保護主義より自由主義が有利になりつつある為、中立を守った。

日本はどうか。新興国の参加を最初に提案したのは麻生首相。日本のバブル崩壊の経験を武器にリーダーシップを取り、国内向けにも存在感のアピールを狙った。私的な場では大胆で斬新な発言もあったが、公式に提案したのはIMF強化も含めて官僚が作文した「輸血量を増やす」という応急処置が中心で、新しい国際金融ルールの基本構想には踏み込めなかった。Financial Timesに今回のサミットの議事録のパロディーが掲載されたが、G8首脳のうち麻生首相だけが登場していないのは淋しい。

では、今回のサミットで新しい国際金融ルールの設計はどこまで進んだのか。IMF機能の強化が提議されたが、これはあくまで輸血量を増やすという応急処置にすぎない。しかもIMFには「少ない」「遅い」「ややこしい」という三大欠陥があり、この為既に10年前、アジア経済危機の収拾に失敗しているのだ。一つ目の「少ない」は支援する金額が小さすぎること。もともとIMFの使命は貿易収支の不均衡是正を後押しする為、貿易赤字国に一時的な資金を貸し付ける事であった。ところがアジア経済危機では膨大な投資(投機)資金が国境を越えて動き、その規模が貿易取引とは比較にならないほど大きかった為に、IMFが支援できる金額ではとても間に合わなくなり、「ベイル・イン」という新語まで作って民間セクターに奉加帳を回し、「自主的な支援参加」を強要して資金を出させざるを得なかったのだ。今回の危機はアジア経済危機の規模をはるかに上回る資本市場の危機であるから、IMFが出せる資金量では、柔道の石井選手ではないが「屁のツッパリにもならない」のである。今回のIMF改革に関する議論でも、日米の発言からは支援金額確保のための「官民合同」という発想が見え隠れするが、今の民間セクターには奉加帳に付き合う余裕はない。二つ目の「遅い」はもっと致命的だ。今まさに市場が崩落しようとしているのに、資金が支出されるのは長々とファンダメンタルズを分析した結論が出てからなのだ。燃えさかる火事を目の前にして出火の原因は漏電かタバコか、それとも放火か、と証拠を集めて分析し、結論が出て初めて消化作業を開始するのと同じだ。IMFの資金には機動性がない。そして三つ目は「ややこしい」。IMFが資金を出す際には規制を緩和・撤廃して市場を自由化せよという条件(コンディショナリティー)が付く。各国は市場改革計画を作ってIMFの承認を受け、さらに「ここまで出来たらいくら出します」と、北朝鮮の核廃棄プログラムのように何回にも分けて段階的に資金が出るのだ。これはIMFの最大のスポンサーがアメリカである為、IMFもアメリカの別動隊として市場万能主義の浸透を図るという使命を負っているからであり、IMFをどのように改組しても到底新しい国際金融ルールの中心にはなり得ないのである。

それでは、新しい国際金融ルールはどのようなものであるべきか。各国が多様な利害や立場を超えて共存共栄して行く新しい国際金融制度設計のポイントは、投機家ではなく「それぞれの国ごとの実体経済の実需」を守ることだ。いままでの国際金融のルールはアメリカの圧倒的な経済力を背景とする市場万能主義。投機を認め、一人勝ちを容認してきた。一方欧州は元々小国の集まりなので、多様な立場や価値観を尊重し合うルールで共存を図って来た。アメリカ型のルールが破綻したあと、新しい国際ルールは一人勝ちではなく共存共栄の欧州型になる。

投機の規制については前向きな進展もある。今回の危機の原因となったCDS(Credit-Default Swaps)の集中決済機関が出来るのは一歩前進だ。またCDSについて実需原則を適用しようとするニューヨーク州の動きも評価できる。さらに一歩進めて、実需の裏付けのない空売り・空買い、小額の資金で何倍もの取引が出来る(=レバレッジの高い)デリバディブなどに関しては、レバレッジに上限を設ける国際ルールと国際監督機関の設置が必要である。投機を抑制して実体経済の実需を重視する国際ルールはアジアなどの新興国にも受容れられ易い。

アメリカルールから欧州ルールへの変化は実は既に始まっている。まずアメリカ自身が変わり始めているのだ。アメリカ大統領選の二ヶ月前、ニューヨーク滞在中に二人の候補の演説のナマ中継を見て「これはオバマ氏になるな」と確信した。演説会場に来ている支持者層の人種・年齢・性別がマケイン氏は単一的、オバマ氏は多様・複合的だったからだ。選挙終了後スタンフォード大学のデービッド・M・ケネディ教授が「オバマ氏は最初で最後の黒人大統領だ」というコメントを出した。驚いてよく読んでみると、大統領の人種が話題になるのはオバマ氏が最後だと言うのだ。アメリカ人自身が、白人も黒人も関係ないという多様な価値観を持ち始めている。かつて筆者は米国人から「日本のプロ野球にもワールド・シリーズはあるのか?」と聞かれ、「それは日本シリーズと呼んでいる」と答えた事があるが、本来「アメリカ・シリーズ」と呼ぶべき手続きを「ワールド・シリーズ」と呼んできた米国の野球界自身からWBCが提唱された事の意味は決して小さくない。

国際金融ビジネスの世界でも、主役がこれまでのアメリカ型投資銀行から欧州型の預金も貸出も株も保険も全部扱う総合金融サービス会社(ユニバーサルバンク)に変わりつつある。「時価会計」の見直しもこの流れだ。さらにCO2排出権は、原油などの国際商品とは違ってドルではなくユーロ建てで取引されている。スポーツの世界でも同じだ。野球がオリンピック種目から外れてサッカーがますますさかんになって来たのも「アメリカからヨーロッパへ」という潮流を反映したものと言える。米国自身も多様な立場を尊重するオバマ政権の下で「一人勝ちルール」を放棄しつつあり、流れは固まってきたと思う。

ただし新しい国際ルール作りは始まったばかり。国際資本市場が信頼を回復できるかどうかは、今後の具体的なフォローアップ体制を維持して行けるかどうかにかかっており、まだまだ時間が必要だ。

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