« Fannie, Freddie and Maria | トップページ | 高金利通貨のイールドカーブに注目 »

2008年9月23日 (火)

CDSとCO2排出権取引

(学部ゼミでのディスカッション用資料です)

米国発金融危機の進行過程でCDS(Credit-Default Swaps)がすっかり悪者になっているが、ファイナンスを学ぶ者にとってはCDSのメカニズムを正確に理解し、そこから教訓を学ぶことが大切である。

はじめ君は百万円を1年間借りる必要があり、金持ちのアソウさんに借金を申し込んだ。アソウさんはお金はあるのだが、1年後にはじめ君が破産していて借金を返済できなくなるリスクがあると考え、はじめ君を良く知っているフクダ氏に相談した。フクダ氏ははじめ君と同じぐらいの年齢、職業、年収、資産の人たちが1年以内に破産する確率を調べたところ、それは10%未満であることが分った。そこでフクダ氏はアソウさんに次のような提案を行なった。

「はじめ君が1年以内に破産した場合はフクダ氏がアソウさんに貸出金百万円の全額をそっくり支払うが、その代わりアソウさんは今すぐフクダ氏に保証料として貸出金の10%(=10万円)を支払う。この保証料は、はじめ君が破産しようとしまいとフクダ氏が貰いっ放しとする。」

アソウさんはこの契約を応諾し、保証料10%を利息に上乗せしてはじめ君に支払わせることとした。はじめ君の信用は「市場金利+10%」と評価されたわけだ。はじめ君は自分の「信用リスク」に相当するコストを支払って資金を調達し、アソウさんは安心してはじめ君にお金を貸すことが出来た。フクダさんは「はじめ君が破産するリスク」と引き換えに「10万円」を共に手にした。この契約がCDSである。CDS(プロテクション、以下同じ)の買い手はアソウさん。売り手はフクダ氏。CDSの価格は元本の10%。このようにして「信用リスク」が定量化され、CDSが貸出金のリスク回避策としてさかんに使われるようになった。ここまでは良かった。

ところが話はこれで終わらなかった。フクダ氏はこれを良いビジネス・チャンスと考え、はじめ君以外の借り手の信用リスクも調べて「借り手の信用リスクに応じた保証料を取って、借り手が破産した場合の借金の肩代わりをする」というビジネスを本格的に展開した。さらにこれを見ていたイシハラ君やコイケさん、AIGなど、多くの人たちがこのビジネスに参入して来た。さらにCDSの買い手は、アソウさんのように自分自身の貸出のリスク回避をしようとする人だけでなく、「これからは破産する人が増えてCDSの価格が上がる」と考える投機家はCDSを市場で買い、「これからは世の中が落ち着き、破産が減ってCDSの価格が下がる」と考える投機家はCDSを市場で売る、というマネーゲームがはじまったのだ。

はじめ君は結局1年以内に破産してしまった。ところが、はじめ君は百万円借りただけなのに、金融市場が麻痺するほどの大混乱が起きてしまったのだ。なぜなら、はじめ君の信用リスクがCDS市場で大規模に取引されていた為、はじめ君が破産した時に百万円を支払わなければならなくなった人の数は世界中に何十万人もいて、世界全体で一体いくらの損失が出るのか、誰にも分らなくなってしまっていたからだ。オザワさんがCDSをかなり売っていて大損したようだ、オオタ氏も同じらしいぞ、いや、フクシマ女史だってかなり損失を出して危ないらしいよ。憶測が憶測を呼び、市場はパニックに陥って、誰も他人にお金を貸さなくなってしまったのだ。元々CDSには資金循環を円滑化するプラスの機能があり、住宅金融の証券化が進展する過程で有効な触媒作用を発揮した。だがそれが貸出・借入れの実需から離れ、信用リスクの市場取引として投機の対象となった為に、金融市場が麻痺するほどの深刻な副作用を引き起こしてしまったのだ。当たり前のことだがCDSは低いほうが経済社会全体にとって望ましい。ところがCDSが実需を離れて投機的に売買されたり投信に組み込まれたりすると、CDSの買い手はCDS価格が上昇すればするほど、つまり破産リスクが大きくなればなるほど利益が出る、ということになる。投機が均衡回復的に作用するのではなく、均衡破壊的に作用するようになってしまうのだ。9月23日のBloombergによるとニューヨーク州当局がCDS取引を実需の裏付のある当事者(bond holder)に限定する規制の導入を検討しているとのこと。遅きに失した感は否めないが、正しい方向であると言える。

CDSの教訓は、実需から離れたproductの市場取引は均衡破壊的に働きやすい、ということである。そして直ちに想起されるのがCO2排出権の市場取引だ。CO2の排出権に対する需要と供給を市場価格の変動を通じて調整すること自体は正しい。ただしCO2排出権の価格はCDSと同様、低いほうが社会全体として望ましい。CO2排出抑制対策が進めば進むほど排出権の供給が需要を上回り、価格が下落するからである。だがCO2排出権が実需を離れ、金融productの一つとして投信に組み込まれたりすると、排出権価格上昇が投資家の利益となる「エコ投信」(!)が発売されたり、排出権価格上昇を狙ってポジションを張るディーラーやファンド・マネージャー、さらには素人デイ・トレーダーまで出現したりするに違いない。そうなると本末転倒、一体何のための排出権取引なのか分らなくなるではないか。CO2排出権の市場取引創設に当たっては実需原則を最初からしっかり組み込んでおく事。これが今回のCDS騒動から学ぶべき貴重な教訓である。

|

« Fannie, Freddie and Maria | トップページ | 高金利通貨のイールドカーブに注目 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107417/42567265

この記事へのトラックバック一覧です: CDSとCO2排出権取引:

» 誰にも保証なんてできない [HPO:機密日誌]
今回の金融情勢の異常さは、実は安心、安全を求めたがために起こった。 CDSの話は背筋があまりに寒い。今回の事態の推移をみると、その内容はとてもデフォルトが起こったときのための「保険」であったとは思えない。 想定元本の推移 * 2001年6月末 6315億$ * 2001年末 918... [続きを読む]

受信: 2008年10月12日 (日) 10時37分

« Fannie, Freddie and Maria | トップページ | 高金利通貨のイールドカーブに注目 »