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2008年5月14日 (水)

最澄と空海

東寺・講堂の立体曼荼羅を見るために京都へ行ってきた。密教についてはかねてからいくつかの疑問を感じていた。なぜヒンドゥの神々が姿を変えて密教に取り込まれたのか。密教を経典だけで理解することは困難だから密教宇宙は曼荼羅として視覚化されているのだというが、曼荼羅を見てもやはり何も伝わってこないのはなぜなのか。さらに通説によると、最澄は礼を尽して空海に理趣釈経(密教の教典「理趣経」の注釈書)の借覧を要請したが、空海は密教の本質を経典だけで伝えようとすると誤解を招くとして拒絶し、このことが最澄が空海に対して宗教人として屈服した事を示すのだと言う。だが天台密教の祖たる最澄が果してこのような屈辱を甘受したのだろうか。空海が構築した立体曼荼羅を見ればこうした疑問への答が見つかるかもしれない、と思ったのだ。

東寺の立体曼荼羅は両界曼荼羅だと思い込んでいたが、意外にも違った。それは金剛界曼荼羅であり、胎蔵界曼荼羅はなかった。中央に大日如来を中心とする如来グループ、その向かって右に金剛波羅蜜多菩薩を中心とする菩薩グループ。密教仏ばかりが並ぶ中、一体だけ釈迦系の阿弥陀如来がいかにもアウェーという雰囲気で居心地悪そうに座している。そして向かって左には不動明王を中心とする明王グループが陣取る。四方をヒンドゥから転じた持国天、増長天らが、両脇を梵天、帝釈天が固める。(ちなみに帝釈天の「本名」はSakra Devanam Indrah であり、なぜ寅さんの妹がサクラなのかもこれで分かる。)これらの三つのグループの中で異彩を放つのは菩薩グループだ。見た事もない奇妙で意味深長な印相を結ぶ金剛宝菩薩、そして何と言っても、左肘をグイと張るポーズで妖しくも艶やかなオーラを放つ金剛波羅蜜多菩薩。そう言えば波羅蜜は梵語で女性名詞だ、と気がついた途端、謎が解けた!と思った。

金剛波羅蜜多菩薩が放つ妖艶なオーラこそ密教の奥義なのだ。ヒンドゥの興隆によって衰退の危機に瀕したインド仏教は多くのヒンドゥ神を取り込んで再興を図ったが、その真の狙いは男女の交わりを至高の歓びとして肯定するヒンドゥを仏教に取り込むことだったのだ。そうであればたしかに真言密教は教典だけで伝えることは出来ない。唐で恵果に出会ってその事を知った空海は、この性愛を賛美する新興宗教に朝廷は飛びつくに違いないと直感し、わずか二ヶ月で恵果から真言密教を引き継いで、20年の留学予定を2年で切り上げて急ぎ帰国したのだ。空海の直感は見事に的中し、朝廷は真言密教ブームに沸いたが、最澄は真言密教を継承したと主張する空海のこうした行動に疑念を抱き、性愛の賛美が一体教典のどこに記されているのか、その根拠を糺さんとして密教教典の閲覧を空海に要求したのであって、決して空海に屈したわけではなかったのだろう。そういう事なんですね、と大日如来を見上げると、その目許がかすかに弛んだような気がした。

参照: http://www.touji-ennichi.com/info/koudo_j1.htm

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