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2008年2月 9日 (土)

経済発展と民主政体

1月27日、スハルトが86歳で死去した。私がSovereign Debtリスケの為、千野ミッションの一員として訪尼してから丁度10年目であった。スハルトの功罪についてさまざまな議論があるのは当然だが、ポスト・スハルトのインドネシアでは「民主化」が進む一方で経済発展が停滞している。なぜなのだろうか。

ぺティ=クラークの法則によると、経済社会・産業社会の発展につれて就業人口および国民所得は第一次産業から第二次産業、第三次産業へとシフトして行く。これに雁行形態論(赤松要・小島清)を重ね合わせると、産業構造の変化に応じた政治体制にも法則性がある事がわかる。典型的な途上国の経済発展の第一段階は外国資本・技術の導入による資源開発だ。資源輸出による外貨蓄積が進み、経済政策の裁量余地が拡大する(=中東、ロシア、ブラジルなど)。第二段階がやはり外国資本・技術を活用した輸入代替産業、次いで輸出産業の育成であり、インフラ整備による製造業の誘致・育成を通じて一層の外貨蓄積と雇用機会・所得の増加が図られる(アセアン上位国や中国)。ここまでの段階では極端に経済開発に傾斜した国家資源の配分を行う必要があるから、強力な政治的リーダーシップが求められる。経済が一段と成熟して、資本輸出により所得収支(利子・配当など)が恒常的に黒字化する第三段階に入ると、ようやく民主政体がジャスティファイされる環境が整う(欧州上位国、日本)。さらに経済が成熟から衰退に向かう最終段階では、国民経済自体がそれまでの国富の蓄積に依存する「年金生活」に入る。貯蓄率がマイナスとなって経常収支赤字が累積し、自国通貨が流出して資本収支を通じて還流するから所得収支の赤字が拡大する。かつてのローマ帝国やサッチャー政権直前の英国、現在のアメリカ、そしておそらく将来の日本の姿だ。この段階の典型的な政体が、日本が今まさに向かいつつある均質的な二大政党体制である。

さて、こうした経済発展のパターンに乗るためには第一・第二段階における傾斜的資源配分を力ずくで行う必要があるため、強力な政治的リーダーシップが必要だ。リークァンユー、マハティール、マルコス、鄧小平らである。スハルトも然りだ。逆にトップのポストが数年で持ち回りとなるベトナムは経済発展が停滞している。民主政体は経済構造が第三段階に入るまでは経済合理性を欠くため、単純な理想論や正義感から無理やり導入すると形骸化したり機能不全に陥ったりする。冒頭の問題提起に戻ると、ポスト・スハルトのインドネシアが真に必要としたのは民主政体ではなく、実は「スハルトの次の独裁者」だったのである。

【参考文献】梅﨑創編『発展途上国のマクロ経済分析序説』 調査研究報告書 第三章(アジア経済研究所、2006 年)

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2008年2月 8日 (金)

平田篤胤の呪縛

幕藩体制が揺らぎ始めた江戸時代中期以降、幕府は百姓・町人の不満を逸らすため、士農工商の枠外に置かれた賤民階級の分断・抑圧を強化した。神道思想のイデオローグ平田篤胤 (1776-1843)も「能く思へば夫も即神の御心で、かの旃陀羅を御悪ひ遊ばす」(『神敵二宗論』)として「旃陀羅」を排撃した。現代の日本人はいまだにこの呪縛から逃れられず、弱者に対する執拗なリンチを続けている。

こうした攻撃性は、かつての軍隊や一部体育会系部活における弱者へのリンチ、交通機関の職員に対する過激な暴言・暴力、教育現場にまで広がったクレーマーなどに見られ、またノンキャリほど顕著であるから、日本人のアタマではなく深層意識の中に深く根付いたものである事が分かる。最近では悪意のない失言をしたにすぎないアーティストに対する徹底的バッシング、相撲部屋におけるリンチ殺人、後を絶たないいじめ自殺なども同じルーツから発生している。このような弱者排撃は、どれも日本以外ではまず考えられないことばかりだ。身体障害者の歩行介助をしているとよく分かるが、エレベーターのドアを開けて待っていてくれるのはほとんどがアジア人なのだ。

日本人が未だに平田篤胤の呪縛から逃れられないのは不幸なことだが、もっと不幸なのは、クレーマーたち自身が江戸時代と同じように矛盾と不満を逸らすために権力から利用されていることに気がついていない事なのである。そして円が世界中の通貨に対して単独安を続ける背景には、こうした日本人の行動に対する世界中の投資家の強い違和感があるのではないかと感じる。円の長期ポジションは、やはりショート堅持が正解のようだ。

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