« 10月からの郵政民営化で何が変わるか | トップページ | 2007年はユーロ元年か »

2007年10月24日 (水)

マリオン・ジョーンズとビジネス論

(ヨーロッパビジネス論(月曜・3限)の参考資料です。) 

                              

                                                                              

 これまでドーピングを強く否定してきたマリオン・ジョーンズが過去の薬物使用を認めた。ドーピングを否定した自らの2003年連邦大陪審での証言についても偽証を認め、10月4日ニューヨーク州ホワイトプレーンズの連邦地裁前で涙を流しながら次のように語った。

"It is with a great amount of shame that I stand before you and tell you that I have betrayed your trust・・・I have let them down, I have let my country down and I have let myself down." (New York Times, 下線は筆者)

注目したいのは下線部分だ。マリオン・ジョーンズに対する過去のドーピング検査において明確な「クロ」判定は出ていないにもかかわらず、自分からドーピングを告白したマリオンの行為は、キリスト教徒固有の告解(Confession)に準ずるものである。

告解(Confession)とは、キリスト教徒が洗礼後に犯した罪を聖職者に告白する事を通じてその罪における神からの赦しと和解を得る信仰儀礼だ。罪を犯したことを他人は誰も知らなくても、自分と神はそれを知っている。マリオンは自分自身と神を偽り続けること自体に耐えられなくなったのだ。誰も見ていなくても神は見ている・・・これがキリスト教徒、特にプロテスタントが共有している価値観である。ミートホープや赤福の社長も罪を隠蔽していた点はマリオンと共通だが、内部告発によって事実が明るみに出なければ、いつまでも自分自身を偽り続けることはできた筈だ。事実、ミートホープや赤福の会見では「世間を騒がせた」「消費者に迷惑をかけた」「長年の社歴・伝統に傷をつけた」など、外部に対する謝罪はあったが、自分自身を偽った事に対する自省の言葉はなかった。我々非キリスト教徒がキリスト教圏においてビジネスを行う場合、こうした Business Ethic の違いを十分認識しておかないと不測の不利益を受けることがある。(関連の具体的ケースは授業で扱う。)

言うまでもなく歴史学や宗教学、文化人類学、心理学などはビジネスのための学問ではないが、ビジネスの側から見るとこれらを深く学ぶことはビジネスの目的にとってきわめて有用なのだ。現実のビジネスは極めて多くの変数によって規定されているから、学際的なアプローチが必須である。ただいわゆる「ビジネス論」が陥りやすい落し穴は、断片的な事実の単なる列挙や検証が不十分な「後講釈」に終始してしまう危険性だ。多様な現実を扱うビジネス論であればこそソリッドな座標軸を持つ必要があることを、学生諸君は十分認識してほしいと考えている。

|

« 10月からの郵政民営化で何が変わるか | トップページ | 2007年はユーロ元年か »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107417/16859344

この記事へのトラックバック一覧です: マリオン・ジョーンズとビジネス論:

« 10月からの郵政民営化で何が変わるか | トップページ | 2007年はユーロ元年か »