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2007年7月29日 (日)

デマレッジとレジ袋、そしてインフレ・ターゲティング論

もともとデマレッジDemurrage、滞船料)とは、用船契約において用船者(荷主)と船主との間で一定停泊期間に貨物の揚積みを行うことを取り決めたが、荷役がその期間に終了しない場合、超過期間について用船者が船主に対して支払わなければならない滞船損害賠償金のこと(日本船主協会 海運用語集)。これが私的通貨の流通を促す仕組みという意味でも使われる契機となったのは、1930年代前半、世界恐慌に見舞われたアメリカとヨーロッパで企業や自治体によってさかんに発行された私的通貨であった。これらの私的通貨はいずれも発行体の歳入不足を補うための非兌換券であり、流通性の根拠たる信用力を欠いていたところから、その流通を促進するため、一定期間のうちに使用しないと通貨価値が減価してしまう仕組みが組み込まれていた。例えばある私的通貨の保有者は、毎月末に通貨額面の2%に相当する印紙を発行体から購入して通貨の裏面に貼り付けない限り、その通貨は翌月以降無効とされたのである。受取った私的通貨を一刻も早く使ってしまわないとペナルティーがかかるのだ。この仕組みが海運用語からの類推でデマレッジと呼ばれるようになった。こうした、流通の根拠を「使わないと罰を受ける仕組み」に依存した私的通貨には持続性(sustainability)がある筈はなく、その後私的通貨の発行は影を潜めたが、1980年代初頭、アメリカにおいてタイムダラーが登場して以来再び盛んになった。

タイムダラーは現在エコマネー、地域通貨、電子マネーなどと呼ばれている私的通貨の原型である。こうした現代の私的通貨の狙いはボランティア活動の後押しや地域振興・コミュニティ・メンバー間の互恵的経済便益の促進(タイムダラー、レッツ、イサカアワーズなど)から純粋な商業的目的(Suica,Edy,Nanacoなど)までさまざまであるが、ほとんどの場合何らかの形で「使えば使うほどメリットが出る」という形の、いわば「プラスのデマレッジ」が組み込まれている。1930年代の「マイナスのデマレッジ」とは逆に、「プラスのデマレッジ」は私的通貨に持続性を付加するが、一方で、使用者にプラスのメリットを与える以上、そのコストを誰がいかなる形で負担するのかが明示され、合意されていないとフェアな仕組みとは言えない。例えば自治体が負担するなら、その財源は地方税であるから住民が負担している事になるのだ。

ところで、最近スーパーマーケット等の小売業におけるレジ袋削減が一つの流れになっており、私の家の近所でも二つのスーパーマーケットがそれぞれ対照的なやり方でレジ袋削減を進めている。Sでは再利用可能な買い物袋を20円で販売しており、店長がレジに並ぶ客一人ひとりに「レジ袋削減にご協力をお願いします!」と呼びかけてプレッシャーをかけている。レジでは、客が買い物袋を持っていようといまいと「レジ袋要りますか?」と店員が詰問調で問い質す。「マイナスのデマレッジ」を使っているのだ。一方Mではポイント制を採用していて、自店の買い物袋も売ってはいるが、とにかく自前の買い物袋を持参すればポイントを上乗せする。持参しなければポイントの上乗せはなく、レジ袋を黙って渡される。「プラスのデマレッジ」を使っているのだ。どちらに永続性があるのか、考えるまでもない。

尚、「マイナスのデマレッジ」の概念は経済政策として愚策の最たるものであるインフレ・ターゲティング論の根拠となっている。だが1930年代に既に証明された通り、早く使わないと通貨が減価してしまう仕組みには、副作用の危険こそあれ持続的消費促進効果はなく、インフレ・ターゲティング論は一時的経済指標の改善を偽装する国家レベルの粉飾決算でしかない。経済政策というよりも政治的プロパガンダなのだ。

(本稿の参考文献は静岡産業大学経営研究所「環境と経営」第8巻第2号の26-27頁に掲載)

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