« Spinning Wheel | トップページ | 拡大EUは「大ローマ」の復興なのか »

2006年10月14日 (土)

コーランの経済合理性

 経済合理性(Economic Viability)を欠いたものは持続可能(Sustainable) ではない。ほとんどの宗教上のタブーや規範はそれぞれの教典に由来するが、一方で実は経済合理性にも裏付けられていることが多いのだ。例えばヒンドゥー教徒は牛を聖なる動物として大切にし、食用にしないが、牛は食肉にするよりもミルクから乳製品を作ったり農耕に使う方がはるかに生産性が高いことが知られている。では、ユニークな規範が多いイスラム教の教典であるコーランには経済合理性があるのだろうか。

1.断食

 イスラム教徒は毎年約1ヶ月間にわたって、日の出から日没までの間一切何も口にしない断食を行う。だが日没後一人で食事をとる人はほとんどおらず、毎日親族が一堂に会して大人数で盛大な会食が行われるのが常だ。そして断食月明けは、盆と正月が一緒に来たような盛り上りの中で連日大宴会となる。断食月以外でも、毎週金曜日はアッラーに祈りを捧げる大切な日であり、その前日である木曜日の夜には親族が一堂に集う大会食が行われる。断食月は、一族が一堂に会しての盛大な会食の機会を提供しているのだ。そしてこうした大会食の費用は、一族の中で最も成功した裕福な者が負担している。「金持ちのおじさんのおごり」なのだ。断食は豊かな者がそうでない者に施しを行う所得再分配の仕組みなのである。

2.一夫多妻制
 
 イスラム教徒の男性は4人まで妻を娶ることが許されている。これもまた、豊かな者がそうでない者の生活の面倒を見るという、所得再分配の仕組みなのだ。もちろん所得再分配は財政の機能であるが、イスラム教が生活資源の乏しい砂漠の民の信仰としてスタートしたという事実を忘れてはいけない。砂漠の民の生活には財政は十分機能せず、それに代る所得再分配の仕組みが必要であった。コーランがその役割を果したのである。

3.豚と犬の禁忌
 
 イスラム教徒は豚を穢れたものとして口にしない。同じ食物に関するタブーでも、ヒンドゥー教徒が牛を聖なる動物として大切にするのに対し、イスラム教徒は豚を忌避するのだ。そしてこの事の背後にも砂漠の民の生活の経済合理性が存在する。豚は、そして同じくイスラム教徒が忌避する犬も、家畜として養うためには残飯が必要だが、砂漠を移動する生活には残飯を残す余裕はない。草原では牛も羊も鶏も、放し飼いにしておけば自分で餌を採って勝手に育つが、砂漠ではそういう訳には行かないのだ。

 コーランは、実はかなりの経済合理性を包含しているのである。

|

« Spinning Wheel | トップページ | 拡大EUは「大ローマ」の復興なのか »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107417/12284221

この記事へのトラックバック一覧です: コーランの経済合理性:

« Spinning Wheel | トップページ | 拡大EUは「大ローマ」の復興なのか »