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2006年5月31日 (水)

風が吹けば桶屋が…?

 円金利が上がると誰が儲かるのだろう。

 風が吹いてから桶屋が儲かるまでのプロセスは長すぎて思い出せない。完全変動相場制の国際収支自動調節機能も、不均衡が生じてから回復までの長いプロセスを「実際はこんなにうまくは行かないよな」と思いつつ学生に講義しているのだが、円金利の上昇も巡り巡って意外な結末に結びつく、という話を5月29日のブルームバーグが配信していた。W・ペセックの「日本の新たな輸出品、それは金利上昇」と題する署名記事である。

 ペセックはインドのムンバイで今年1月、インド中央銀行のナンバー2であるモハン副総裁に「日本の復活がアジアにとって意味することは?」と質問した。ベセックはインド製品の需要拡大や、日本の回復がアジアの経済環境の安定につながる、といった答えを予期していたのだが、モハン副総裁は、ためらうことなく「円キャリートレード(の解消)によって状況は興味深いものになるだろう」と答えたとの事。これが不幸にして的中してしまったのだ。ベセックは、過去10年間市場の糧だった円キャリートレードの解消がアイスランドからトルコ、そしてインドに至るエマージング市場の株価崩壊を加速させている、とコメントしていて、記事を「世界は日本の景気回復を心待ちにしていた。しかし…日銀の利上げは金利上昇の輸出につながる可能性がある」と結んでいる。

 昨年10月27日付のブログ「エキゾチック債がブーム」で、エキゾチック債はデザートなのだからメイン・ディッシュとして食べると健康を害するぞとコメントし、今年3月16日の「2006年は市場正常化の年」でもハイリスク・プロダクトからの資金逃避を予測しておいたことが現実化しつつある。しかも円の短期金利が今後上昇することに疑問の余地はないから、その市場への本格的な影響はまだこれからなのだ。日本は10年間円の低金利という梯子によって資産インフレを輸出してきたが、今やその梯子を外しにかかっている。円金利上昇という風が吹くと、儲かるのはエクィティのショート・ポジションなのだ。筆者は今年に入ってからエクィティをかなりスクイズしてキャッシュを厚くしつつ、行きすぎたFixed Incomeを拾ってきたが、依然として真中にストライクが来る気配はない。バットを振るのはまだ先でいい、と感じている。

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2006年5月26日 (金)

リスク・マネーのスクイズ・その2(その1から続く)

 5月25日付FT社説LEXが、世界同時株安の環境下で今週ローンチされた二つのIPOを比較している。大成功のBOCと大失敗のVonageだ。BOCは香港に上場したが、機関投資家枠が12倍、個人投資家枠が76倍のオーバー・サブスクリプションになったとのこと。FTはこうした買いをfoolhardyの一言で片付け、人気の理由は中国の銀行銘柄の希少性にすぎないと断じ、嵐の中で勇ましく船出を敢行したがいずれスコールに見舞われる、と警告している。(WSJや日経ならここまでは言わない。いかにもFTらしい踏込みだ。)

 一方ネット電話で勇名を馳せる米国ITベンチャーの旗手Vonage社のIPOは、NY上場初日に株価が10%以上も下落するという惨状を呈したが、FTのコメントはVonage社の業績からして当然である、という冷めたもので、主幹事であるシティ・ドイチェ・UBS(それにしてもすごいメンバーだ!)の強気が裏目に出たのは安全資産に向かうリスク・マネーの潮流を読み誤ったからだ、と示唆している。

 日本でも今週の日経公社債情報が、IPOが打出の小槌であった時代は終った、とコメントしており、世の中は弱気一色だ。滑稽なのは世界中がベアばかりになっていることに気がついた村上ファンドで、大慌てで阪神株を阪急に何とか叩き売ってしまおうとあがき始めたが、今度は阪急に足元を見透かされた。星野仙一に見限られた上に、本日(26日)の朝日新聞「経済気象台」(キャプションは「オマハの賢人」)には「火事場泥棒的なあだ花」とまで揶揄される有様で、ロスカットに追いこまれる個人投資家が増加して行く中で急速にポピュラリティーを失いつつある。これが市場の潮目を読み違える怖さだ。リスク・マネーのスクイズの流れは、まだまだいろいろなところに意外な影響を及ぼしそうである。

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2006年5月23日 (火)

リスク・マネーのスクイズ・その1

 世界同時株安が止まらない。5月22日の海外市場では英FT100と米ナスダック指数がともに年初来安値を更新。5月9日に5年ぶりの高値をつけたばかりのダウ欧州株価指数も2003年5月以来最大の下落。中南米株にいたっては米同時多発テロ(2001年9月11日)発生当日以来最大の下げだ。23日の日経平均も15,600を割れて引けた。

 一方株価と債券価格のトレード・オフが本格的に復活し、債券市場はわかりやすい展開だ。各国ともベンチマーク債の利回りが下落しており、利上げ継続観測にもかかわらず米TNが一時5%割れ、ブンズが4%割れと、揃って大台を割込んだ。JGBも5年が1.3%、10年が1.8%と、どちらも量的緩和終了後のピークから20bpを超える利回り下落である。逃げ遅れた新発円債を絶妙のタイミングでオファーして来たゼミのOBであるO嬢の腕に感服だ。IPOでさえ「打ち出の小づち時代は終焉」(今週の日経公社債情報)だと言うのに、投資適格社債で大きな初値プレミアムが取れるディールは滅多にない。

 為替市場ではRMBが下げた。昨年7月23日にカッコつきの「バスケット制」に移行した直後のRMB(対ドル)は8.12台。その後何のかんのと言われながらもじわじわと上昇し、ついに史上初の8.0割れを記録したかと思う間もなく8.03までリバウンドした。為替でもエマージングものが忌避されたのだ。

 先週のFTはエマージング債のボラティリティが上昇していることに注意を喚起し、インフレ懸念の加速によるリスク・マネーのスクイズ傾向を連日報じていたが、本日(23日)のブルームバーグも「質への逃避-同時株安に動揺」と題する同じ趣旨の記事を掲載している。先週の商品相場の急落も「エマージング売り」と同根で、ボラティリティの高いプロダクトからリスク・マネーが逃げ出しているのだ。今回の調整はちょっと規模が大きそうだから、買い戻しの出動はあわてずにボトムを確認しながらにしたいと考えている。

(その2へ続く)
 

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2006年5月13日 (土)

インフレを知らない子供たち

 5月11日にNY金が1981年以来25年ぶりの高値である720ドル台(トロイオンス)をつけた。1980年につけた市場最高値850ドルを抜くとの観測も出はじめている。ドルもフリー・フォールが止まらなくなり、週末には対ユーロで史上最安値を更新する1.29台、対円でも8ヶ月ぶりの110円割れだ。どちらも米国の地政学的リスクとインフレ懸念が顕在化したためと説明されており(ブルームバーグほか)、今週は時代のパラダイムが「デフレ」から「インフレ」に変った事が最終確認されたターニング・ポイントだった、と言えそうだ。だが今の市場はインフレ耐性が弱い。1980年代前半の怒涛のようなインフレの修羅場を経験した経営者もディーラーも官僚も引退してしまい、インフレ初体験のデフレ世代が市場の中心になっているからだ。株式市場で外人に次ぐ準主役となった現在の個人投資家も「インフレを知らない子供達」なので、市場がクラッシュした時のパニックが増幅しそうだ。そこでこれからのポートを考えるための一つの手掛りとして、25年前の金価格とインフレの状況を振返って見ることにしよう。

 今から25年前の1981年は、筆者がニュージャージー州からハドソン川を渡ってマンハッタンのウォール街に通勤する生活を始めてからちょうど5年目。当時の金取引は現物(地金)であり、購入に際しては消費税が課せられていた。筆者は消費税率がNYより安いニュージャージー州民であった為、多くのNY市民から金の代理購入を頼まれた。その直後金価格は急落し、今週まで25年間元に戻る事はなく、多くの素人投資家が泣く泣くロス・カットしたものである。では1981年とはどんな年だったのか。

 1978年、イラン革命によりイランの石油生産が中断したため、WTIが2倍強に跳ね上がり(第二次オイル・ショック)、インフレ懸念が昂進した。ニクソン・ショック(ドルの金兌換停止)をまだ生々しく記憶していた市場はドル離れを起こし、中東産油国の間で原油の建値をドルからSDRに変更する動きが出るなど、ドルがフリー・フォール状態となり、1977年はじめに240円台であったドル・円は1978年10月末に176円台まで下落した。危機感を強めた米国は、なり振り構わぬドル防衛策と強い金融引締め策を発動し(カーター・ショック)、FFは1980年に20%まで上昇。1981年には下がったとは言えまだ12%台であった。1981年の平均WTI(バレル)は36ドル。現在のちょうど半分だった。ドルは1978年11月1日のカーター・ショックを契機に上昇に転じ、1981年には220円を中心に200円-230円の間で変動した。ドルは現在の2倍の価格だったという事になる。こうした当時の状況を現在と較べてみよう。当時と現在との共通点は、原油価格の高騰を引金とするインフレ懸念の昂進、及びドルのフリー・フォールと金利上昇の同時進行である。では今回も世界経済はハード・ランディングが避けられないのだろうか。

 この点を検討するためには、当時と現在との相違点に注目して見よう。第一の注目点は、当時と現在とでは原油価格高騰の理由が異なる為、インフレの性格が異なっている事だ。当時の第二次オイル・ショックは革命によってイランからの石油の供給が絶たれたことを端緒としており、経済政策ではどうすることも出来ないコスト・プッシュ型の原油価格高騰であった。だが現在はイラン、イラクの供給不安はあるものの、本質的には中国・米国の好況によるディマンド・プル型の原油価格高騰なのだ。このタイプのインフレは、上がったものはいつか下がり、下がったものはいつか上がるという経済輪廻(造語です)のサイクル内での出来事にすぎないから、いずれ落ち着く。25年前のコスト・プッシュ型インフレは現在のインフレよりもはるかに厄介なものであったから、FFを20%にまで引上げる荒療治が必要だったのである。今回の金利上昇サイクルは米国が既にピークアウト間近、欧州・日本がピークに向かいつつある段階であり、パニッキーな金利上昇のリスクはない。

 第二の注目点は市場のドル離れの程度である。上述の通り1981年の平均WTI(バレル)は36ドルであり、今はその2倍の水準だ。但しドルも対円で当時の半分に減価しているから、円ベースのWTIは当時と同じ水準に過ぎないのだ。さらに、原油価格は中国・米国の好況に牽引された実需を反映していると言えるが、金への需要動機は実需ではなく資産価値のヘッジであり、金利のつかない金の価格高騰は深刻なドル危機に繋がる。だが、WTIが25年前の2倍なのに金価格はまだ25年前と同じ水準。従って現在の市場が懸念しているインフレの深刻さの程度は、25年前よりもはるかに小さいと言えるのだ。

 第三の注目点は株価である。1970年代から80年代前半まで、NYダウは2000ドル台で極めて安定的に推移し、インフレと異常な金利急騰が起きた80年代前半にもほとんど影響を受けず、高金利が終息した1980年代後半になってようやく本格的騰勢に転じ、1987年のブラックマンデー・ショックによる調整を経て現在に至るまで上昇基調を維持している。この間日経平均はバブルとその崩壊・長期低迷を経てようやく昨年後半から出直って来たところだが、途中経過を無視して25年前と現在の2時点比較をして見ると、当時の米国株の時価総額はグロスGDPの40%、現在は120%であるから、25年間で3倍になった事になる。一方25年前の日本株の時価総額はGDPの25%、現在は100%であるから、こちらは4倍である。今週の株価は調整局面を迎え、東京でもNYでも欧州でも高値の大台を割った。日経平均は17,000を維持できずに16,600へ。NYダウは史上最高値圏から一転、連日の下落で11,381へ。ダウ欧州50種指数も3,500を割ってしまったのだが、長期的に見ると株式の時価総額の対GDP比率は、ブラックマンデー・ショックやバブルの発生・崩壊さえも消化して着実に上昇して来ているのだ。

 以上の通り、今回のインフレ・リスクは25年前とは異なり構造的なものではなく循環的なものであり、この為インフレの深刻度、金利上昇リスク、ドルの下落リスク、株価への影響がいずれも限定的な範囲に止まる可能性が高いから、インフレ初体験世代が得意とする「フロー要因による市場変動は『まだ』は『もう』の世界」という経験則の延長線上で、何とか乗切れるのではないかと考えられる。但し緊張感を持って注視して行かなければならない重要なポイントがあることを忘れてはならない。5月7日付ブログ「大型連休明けのポートフォリオ戦略」で指摘した通り、今回のドル離れにはパクス・アメリカーナが終ろうとしているという構造的な背景があり、この動きが本格的に動き出すと、景気循環によるフローの変化とは比較にならない規模のストック調整を引起こし、金利も為替も株価も手のつけられない激震となる。ストック要因による市場変動は不可逆反応であり、インフレ初体験世代の経験則では読み切れない「もう」は「まだ」の世界なのだ。これからの数週間がその試金石として極めて重要な時期となる可能性が大きいことに十分注意する必要があると考えている。

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2006年5月11日 (木)

ブログ開設1周年・番外編

 おかげさまでブログ開設1周年を迎え、この記事がちょうど第100号となった。2月までの記事を編集して4月に本として出版させていただいたところ、多くの読者の方々から激励やコメントを頂いたので、感謝をこめてその一部をご紹介したい。

・分りやすく読みやすかった(一般読者の方より。有難うございます)
・誤字・誤植が皆無(出版社のプロの方より。有難うございます)
・断定的な言い方が相変わらずだ(昔の上司より。すみません)
・価格が高すぎる(友人。すみません)
・新書版よりハードカバーにしたほうが売れるだろう(友人。次回の出版は多分そうします)
・社外取締役に就任してほしい(経営者の知人より。検討中です)
・結果が書いてないが、どのくらい儲かったのか(ゼミナール卒業生より。ノーコメント)
・「果報」のナカミを教えてほしい(極めて多数の方々より。ノーコメント)
・第10巻まで続けてほしい(一般読者の方より。頑張ります)

etc etc,,,,,,,,  改めて有難うございました。

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2006年5月 7日 (日)

大型連休明けのポートフォリオ戦略

 大型連休中に、中長期的ポートフォリオの組立てに影響する事象がいくつか生起した。共通項は「ドル離れ」である。

 外国為替市場ではドルが下げ足を速め、対円では円安への通過点であった昨年9月以来の112円台、対ユーロでは史上最安値を更新する1.27台だ。昨年来このブログで繰り返し予想して来た通り、こうした投資家のドル離れの背景には米国と欧州・日本の景気循環の時間差がある。米国では住宅を中心とする不動産が牽引して来た景気に翳りが見え、また4月の雇用統計で雇用者の増加幅が予想を下回った為、金融市場では2004年央以来続いたFF金利引上げの終了に向けたカウント・ダウンが始まっている。一方欧州はインフレ予防的引締めに入ったばかりでまだ利上げ途上。日本はようやくデフレから脱却してこれから金利が本格的な上昇局面に入る。現在のベンチマーク(10年国債の利回り)はドルが5%、ユーロが4%、円が2%だが、年初来それぞれ約1%ずつ上昇して来たので各通貨間の金利差には大きな変化がなかった。だが今後はドル金利が下落し、ユーロと円の金利が上昇して長期金利差が縮小するからドルが下落する。加えて円はこれまでゼロ金利であった為、キャリートレード解消に伴う買戻しが起る。

 だた、ここまではあくまでもフロー・ベースのドル安要因の話であり、上がったものはいつか下がり、下がったものはいつか上がるというサイクルの中での出来事にすぎない。しかしながら連休中にストックベースでの不可逆的・構造的なドル離れの「芽」が現実化し始めた事に注意しておく必要がある。チェイニーの「新冷戦宣言」だ。

 チェイニー副大統領のリトアニアにおけるロシア批判発言が大きな波紋を呼んでいる。5月4日、チェイニーは訪問先のリトアニアにおいて、旧社会主義圏から親欧米路線に転じたウクライナ、グルジア、ポーランド、ブルガリア、ルーマニア、モルドバなど九カ国の首脳を前に、ロシアが民主化の流れに逆行していることやガス生産国の立場を政治的に利用していると演説。FTは5日、6日と連続して一面でロシアのメディアの反応を紹介し、第2次大戦後チャーチル英前首相が行った「鉄のカーテン」の演説に比肩する冷戦再開宣言ではないかと論評している。たしかにチェイニーは石油・天然ガスを人質に取った脅迫行為という激しい言葉でロシアを非難しており、喧嘩を売ったように見えるが、こうしたアメリカの焦りの背景には米国包囲網がジワジワと狭まって来ている状況がある。アメリカの裏庭である中南米では軒並み反米左翼政権が誕生し、英国では親米労働党政権が国民の支持を失ってブレア政権がピンチだ。大規模な米軍基地がイランを睨むギリシャでは史上最大規模の反米デモが起った。親米小泉政権も任期切れが迫ってレーム・ダック化しつつあり、米軍基地移転問題やBSE問題を抱えてあまり頼りにならなくなった。最大の貿易赤字相手国である中国はますます強大化し、いくら人民元の切上げ圧力をかけても、中国はかつての日本とは違ってアメリカの言うことを聞こうとしない。

 そう。みんなアメリカの言う事を聞かなくなってきたのだ。パクス・アメリカーナが終ろうとしている。こうした動きは景気循環によるフローの変化とは比較にならない規模のストック調整を引起し、市場は不可逆的に動く。フロー要因による市場変動は「まだ」は「もう」の世界だが、ストック要因による市場変動は「もう」は「まだ」の世界だ。それでもドルの長期債ポートは、価格上昇が円高をある程度相殺するから、過去に仕込んだハイ・クーポン物をあわててロスカットする必要はないが、ドルが反発する局面では為替だけ先物でドルをショートにしておくとよいだろう。新しい仕込みは、やはり利上げ局面に入った豪ドルの長期債を金利差狙いで視野に入れたい。但し真中にストライクが来るまではバットを振らずに、為替もプライスも十分引付けたいところだ。

 ある若い読者から「要は、相場観はファンダメンタルズ、仕掛けはテクニカルと言いたいのですか」と聞かれたことがある。正にその通り、それこそが果報を寝て待つ極意であると考えている。

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