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2006年3月22日 (水)

国際金融市場としてのロンドンとニューヨーク、そして香港と上海

 昨年掲載したブログ「人民元の実験が始まる(1-3)」では、「開放経済のトリレンマ」仮説に基いて中国における「一国二通貨」制度の将来を展望する中で、なぜ香港ドルが現在のカレンシー・ボードから解き放たれ、国際通貨制度史上前例のない「管理された巨大な資本取引通貨」へと変貌して行くのかについて概説した。それでは香港は他の国際金融市場と比べて今後どのような個性を発揮し、また同じ中国の巨大な金融市場である上海とはどのように棲分けて行くのだろうか。このテーマを考えて行く上では、世界の主要な国際金融市場の生い立ちや特徴を把握しておくことが格好のモノサシとなる。そうなるとまずはロンドンとニューヨークだ。BIS(国際決済銀行)は3年ごとに4月の外国為替とデリバティブの主要市場ごとの取引高調査を実施しており、詳しい計数はBISのホームページで見ることが出来るが、ロンドン、次いでニューヨークの二大市場の規模が突出しており、この二大市場に次ぐ東京市場の取引高は、最新データである2004年4月のデリバティブ取引においてロンドンの6%、ニューヨークの10%程度に過ぎない。

 ロンドンとニューヨーク。この突出した二大国際金融市場は、しかしながらかなり異なる生い立ちと個性を有している。理解を容易にするために敢えて極言すれば、ニューヨークが巨大な米国経済と表裏一体の、膨大な実需取引を裏付けとするキャッシュ中心のオン・ショア市場であるのに対し、ロンドンは特に英国経済と強く結びついているわけではなく、生き馬の目を抜くような裁定取引が中心の、絶えず金融技術革新が行なわれている規制のない洗練された巨大なオフ・ショア市場である、と言える。国際金融ビジネスのプロたちは国籍や所属組織とはかかわりなく、駈出し時代の生い立ちに応じてロンドン派とニューヨーク派とに分かれていて、ロンドン派はニューヨークを実需に依存する泥臭い市場であるとこき下ろし、ロンドンこそプロフェッショナルが腕を振るうにふさわしい洗練された真の国際市場である、とする。一方ニューヨーク派は(私も含めて)ロンドンなぞ所詮実態のない裁定取引が主体の根無し草であり,ニューヨークこそ実体を伴う懐の深い人間臭い魅力にあふれた市場である、とする。

 両市場が別々の道を歩み出したのは、1933年と35年に米国の銀行法が改正され(別称グラス・スティーガル法)、銀証分離政策が確立されたことが契機である。銀証分離の狙いは銀行業・証券業ともに独立採算を貫くことにより、一方を他方が支援したりサポートすることなく、それぞれが独力でサバイバルできる体力をつけることである。ちょうど親鳥が成長した雛を巣から追い出して巣立ちを促し、単独で餌を取れる強い雛だけを次世代に残そうとするのに似ている。植物なら温室ではなく原野に植えて自然淘汰に任せる方が強い種が残ると考えるのだ。これに対して欧州のユニバーサル・バンキングは、今は未成熟で赤字だが将来重要になると考える証券部門を、成熟した銀行部門と同一の企業体の中に置き、両部門のシナジー効果を引き出してビジネス面・収益面でのさまざまな支援を行って育成するという考え方である。鳥の雛には十分餌を与えて単独で生きられる力をつけさせてから巣立ちさせるほうが強くなる、植物なら原野に放置するよりも肥料を与え、よく手入れをして育てたほうが強く育って大きな実をつけると考えるのだ。米国には銀行業・証券業それぞれが生き残れるだけの大きなパイ(経済規模)があったから、まずは銀行業・証券業それぞれが特徴を生かして資金余剰部門から不足部門への円滑な資金循環を実現することが優先され、洗練された金融商品の開発や金融の国際化は二の次であった。これに対して欧州では、個々の国のパイ(経済規模)では遠く米国に及ばないから、将来重要になる産業は競争にさらすのではなく保護・育成するという考え方がとられた。また欧州各国は政治・経済ともに密接に関連し合っていて、最初から国際金融ビジネスが当たり前のこととして存在しており、そうした環境の中で勝ち残るためには規模の経済に依存するのではなく、工夫をこらした金融商品の開発を間断なく続ける必要があったのである。

 だが現実の国際金融ビジネスは、ロンドンとニューヨークの異なる個性を「いいとこどり」して成長してきた。一例を挙げると、JPモルガンとモルガン・スタンレーは共にそれぞれ独立したグローバルな投資銀行であるが、元々は米国籍の同じ金融機関であった。グラス・スティーガル法の施行を受けてJPモルガンは銀行業専業となり、証券部門がモルガン・スタンレーとして独立してコーポレート・ファイナンス・ビジネスを得意とするグローバルな投資銀行へと成長した。一方JPモルガンも米国有数の商業銀行としての強い体力を裏付けとしてロンドンにおいて証券業を本格的に展開し、こちらも今やグローバルな投資銀行の一つとなったのである。

 さてアジアにおいては、規模は大きいが長年にわたって政府当局の強い規制の下に置かれて国際化が進まなかった東京市場を別にすると、シンガポールと香港が本格的な国際金融市場であるが、どちらも性格が大きく変わりつつある。ますシンガポールだが、規模は小さいが実需取引を裏付けとするキャッシュ中心の市場であるという意味でニューヨーク型であると言える。タイ、マレーシア、インドネシアなど近隣のアセアン諸国の経済・産業の規模が拡大し、国際化が進んで来たために国際金融市場が必要になり、シンガポールがコモン・キッチンとして使われたのだ。しかしながら近隣のアセアン諸国は成長するに従って次第に自前の国際金融市場を作るようになった。マレーシアのラブアンやタイのBIBFである。昔はどの町内にも井戸があり、住民は共通の井戸をあらゆる洗い物に使っていた。ところが住民の暮しが豊かになり、それぞれの家が自分の井戸を持つようになった為に井戸端に人が集まらなくなってしまったのだ。この結果シンガポールはロンドン型に転換して高度な金融商品開発拠点としての生き残り策を模索している。

 一方香港は、1997年の中国返還以前においては特に中国経済そのものを後背地としていたわけではなく、典型的なロンドン型のオフ・ショア市場、と言うよりもむしろ欧州時間の夜間におけるロンドンのシャドウ・マ-ケットであった。ところがこうした香港のロンドン直結型裁定市場という性格は香港の中国返還に伴なって一変した。今では香港は強大な中国経済を後背地として持ち、ロンドン型の裁定機能とニューヨーク型の実需資金仲介機能を兼ね備えた、国際金融史上前例のない管理された巨大な国際資本市場へと変貌しつつある。

 中国の一国ニ通貨制度の下で香港市場が国際資本市場としての機能を担い、香港ドルはいずれカレンシー・ボードから解き放たれてゆく。これに対して上海市場は交換性が制限された国内通貨としての人民元の資金及び外国為替をアコモデートする、ニューヨークよりもはるかに実需の比重の大きい巨大なキャッシュ・マーケットとして香港と使い分けられて行くと考えられる。ロンドンとニューヨークの特徴を共に有する管理された国際資本市場香港と、交換性を欠く通貨としては世界最大規模の間接金融市場にならんとする上海。どちらもこれまでの国際金融市場のモノサシでは計れない、新たな市場モデルへと変容しようとしているのである。

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