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2006年2月11日 (土)

所得格差とジニ係数(その2)

(その1から続く)

 「その1」で所得格差を国際比較してみたところ、貧富格差が最も大きいのは中南米諸国であった。次いでアジア各国、西欧及び米国、北欧諸国の順番で貧富格差が小さくなり、日本は北欧と並んで所得配分が最も平等なグループに属していることがわかった。それではこのような所得格差はなぜ生じたのか、また日本は本当に最も平等な国であると考えてよいのだろうか。

 北欧の所得格差が小さい理由はわかりやすい。北欧諸国はどこも高所得・高税負担率・高福祉の「大きな政府」であり、それを可能にしているのが豊かな天然資源と少ない人口である。アジアでは人口の少ない産油国であるブルネイがこのタイプに近い。それでは中南米はなぜアジアよりも不平等なのだろうか。謎解きのヒントは、「その1」で見た通りアジア各国の中で最も平等度が低いのがフィリピンであるという事実に隠されている。

 フィリピンのエスタブリッシュメント、つまり歴代大統領や政治家、軍人、財界のビジネスリーダー、大学教授などは、たとえ政敵や競合相手同士であっても互いに顔見知りの社交界のメンバーであり、地方の大農園の「不在地主」として膨大な収入を得ている人達なのである。かつての宗主国スペインが用いた植民地支配構造がそのまま今も保持されているのだ。不在地主の家系に生まれなかった者がマニラ大学に入学したり、中退してIT企業を興し、株式を上場したり分割したり他の企業を買収したり、挙句の果てにやりすぎて立件・訴追されるようなことは有得ない。モビリティ(社会的流動性)が低い社会なのだ。こうした大農園における労働力の供給源は植民地時代には農奴であったが、独立以降もそれが小作農に変わっただけで不在地主の支配構造が維持されている。農地改革が不十分だったのだ。農奴も小作農も、割当てられた生産ノルマさえ達成すればそれ以上いくら農法を工夫しようが働こうが所得が増加するわけではないから、自律的な生産性向上意欲が低い。そして農業生産性が向上しにくいと言う社会構造の特徴はフィリピンだけでなく、かつてスペインの植民地支配下にあった中南米諸国によって共有されているのだ。こうした社会構造は経済発展の阻害要因となる。農業生産性が上昇しない社会では、不況時に工業セクターの過剰労働力を農業セクターが十分吸収することができず、大量の人間が飢餓線上に浮上してしまうから、不況耐性が弱い上に政治的に不安定になりやすく、クーデターが頻発する。従ってビジネス環境が安定せず、海外直接投資の吸引力も弱まってしまうのだ。

 これに対して、主要なアジア諸国においては日本も含めて何らかの形で農地改革が実施され、不在地主層が解体されてかつての小作農が自営農に変わった。自営農は工夫・努力次第で所得が増加するから自律的な生産性向上意欲が強い。そしてこうした農業生産性の高さが土地に縛り付けられない労働のモビリティを高めている。アジアでは生産性とモビリティの高い農業セクターが好況時には工業労働力の供給源、不況時には余剰労働力を吸収する受け皿として、失業や社会不安・政治的混乱をブロックするクッションのような役割を果している為、中南米に比べてより安定的なビジネス環境が形成されているのだ。

 エスタブリッシュメントの家系に生まれない限り、サッカーのトップ・プレーヤーにでもなればともかく、いくら頑張っても貧困から抜け出せない「絶望の民」になるしかない中南米。マイノリティに生まれればプロのトップ・アスリートかヒップ・ホップ・シンガーにでもならない限り浮上できない、「アメリカン・ドリーム」を死語にしてしまったアメリカ。将来に希望を持てない外国人労働者層との軋轢が高まる西欧。あまり頑張らなくても所得水準が高く配分が公平な、天然資源に恵まれて人口が少ない幸運な北欧やブルネイ。日本は天然資源に恵まれない人口の多い国であり、北欧とは逆の構造だ。にもかかわわらずなぜ所得配分が平等なのか。それはモビリティーが極めて高いからだ。エスタブリッシュメントの解体と農地改革による小作農の自営化が徹底して行われたことが日本のモビリティの高さを支えてきたのである。これまでの日本は他の諸国に比べると誰にでもより平等にチャンスがあり、努力次第で所得を増やすことができた。ボキャ貧の小泉首相が「所得格差の拡大は悪いことではない」と発言して物議をかもしたが、好意的に解釈すれば彼の真意はこのあたりにあったのではなかろうか。だから日本の将来にとって決定的に重要な事は、ジニ係数で測った所得格差が拡大するかどうかではなく、ジニ係数では測ることが出来ないモビリティの高さを維持できるかどうかなのである。そして中国やインドが21世紀の真の大国となり得るかどうかも、正にモビリティをどこまで高められるかにかかっていると言ってよい。

 エスタブリッシュメント層が固定され、モビリティを失った社会は成長のモメンタムを失い、衰退して行く運命にある。そしてこうした社会では、情報から遮断されていた時代の「絶望の民」は宗教に来世の救済を希求した。今、情報手段を手に入れて「覚醒」してしまった「絶望の民」の間では、自爆テロにしか「生きた証し」を見出せない過激な原理主義の思想が生まれて来ているのだが、これについては別の機会に稿を改めて考えてみる事としたい。

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