« 2006年のスタートはクウォドルプル高 | トップページ | マックスバリュとライブドア »

2006年1月18日 (水)

地検特捜部の親指

 ライブドアを糾弾する東京地検特捜部の人差し指はまっすぐ堀江貴文社長に向けられているが、親指が上向きに反り返っている。親指が指しているのは一体誰なのだろう。

 私はかつて地検特捜部の任意捜査を受けたことがある。キャリアの法曹である捜査官たちは実によく勉強していてモラールが高く、「聞く耳」を持っていた。一言で言うとインテリジェントな人達だ。この時は競合する同業他社が立件された。余談だが、対照的なのは金融庁の検査官だ。金融庁は市場至上主義に押し込まれて民間から大量の検査官採用に追いこまれた。所属金融機関から戦力外通告を受けて「にわか検査官」となった彼らは、かつて江川の見返りに阪神に放出された巨人のエース小林投手(翌シーズンの対巨人戦8勝0敗)や、来シーズンのオリックス対巨人交流戦で活躍が期待される清原選手、復活当選して外務省を眼の敵にしている鈴木宗男議員などと同じように、もっぱら「リベンジ」というモチベーションに突き動かされ、急ごしらえの官衣を纏って「聞く耳」を持たなくなった人達であった。

 首相の犯罪と言われたロッキード事件(1976)、世界的バイオリニストであった東京藝術大学・海野教授の楽器汚職事件(1981)、三越岡田社長の「なぜだ!」解任となった特別背任罪事件(1982)。1990年代後半には政府保証外債の主幹事指名をめぐる贈収賄事件や生保スキャンダル、金融機関のMOF担廃止の契機となった官と民との癒着。地検特捜部は経済事犯を捜査対象とし、これまで数多くの大企業経営者や政治家の不正を摘発してきた。だがいかに優秀な捜査官集団とは言え、自らのネットワークだけで不正の匂いをキャッチして捜査に着手するわけではない。外部からの情報提供が捜査のきっかけとなっているのだ。多くの場合こうした情報源は、立件によって利益を得る敵対勢力又は「リベンジ」を果そうとする内部告発である。私自身も上述の通り競合他社の立件に協力した経験があるが、上に挙げた過去の立件事例の背後には、立件によって政治的・経済的な利益を得る組織からの情報提供があると考えてよい。

 では今回のライブドア摘発のきっかけとなった情報源は何なのか。ライブドアは急成長しては来たもののまだ規模の小さな企業であり、内部告発に繋がるような社内対立があるとは考え難い。ではライブドアのせいで損失を被った筋だろうか。今回の証券取引法違反問題の端緒となったライブドアマーケティングについて言えば、株価のマニピュレーションによって損害を被った可能性があるのは、保護の対象となるナイーブな一般投資家である筈はなく、裏のリスクを百も承知の玄人筋だろう。だからといって騙されたほうが悪いとまでは言えないが、損失を被ったのはマニピュレーションの可能性を「想定内」と考える、叩けば埃の出る投資家に違いなく、ヤブヘビになりかねない告発はしないだろう。だとすればライブドア立件によって政治的・経済的な利益を得るのは誰なのだろうか。昨年のパ・リーグ新球団設立問題に既にそのヒントがある。先行したライブドアがなぜ楽天に敗れたのか。それはライブドア自体の問題というよりも、ライブドアに代表される市場至上主義の価値観やビヘイビアが受け入れられなかったからなのだ。ニッポン放送買収問題がフジ・サンケイグループの全面的な勝利に終ったのも同じ理由である。エスタブリッシュメント側が抱く「狂信的な市場至上主義」に対する強い警戒感がライブドア包囲網を形成し、地検特捜部を動かしたと考えるほかはないだろう。

 東京地検特捜部の人差し指はまっすぐライブドアに向けられているが、上向きに反り返った親指が指しているのは教条的新古典派であり狂信的市場至上主義の権化である小泉・竹中なのだ。

|

« 2006年のスタートはクウォドルプル高 | トップページ | マックスバリュとライブドア »

コメント

なにもこのタイミングでなくてもいつでもよかったライブドア強制捜査は、小泉・森派に都合の悪いヒューザー小島証人喚問をニュースの谷間にして目立たなくするための飯島あたりの画策との噂がもっぱらですが、貴兄の下記ご見解は若干異なった視点で興味深いです。
「東京地検特捜部の人差し指はまっすぐライブドアに向けられているが、上向きに反り返った親指が指しているのは狂信的新古典派であり市場至上主義の権化である小泉・竹中なのだ。」
小泉は単なるポピュリストの知恵足らずでしょうが、竹中を代表とする「新自由主義」の信奉者は自民党若手にも官僚にも民主党にも、財界にもはびこっていると思います。
本当に世論=地検の考える親指は小泉・竹中を向いているといえるのでしょうか。
私は、ひとつの見方として、小泉・竹中が「新自由主義的な規制緩和」の世界は「市場ルールが絶対でこれに違反したものは厳しく罰するのだ」という見せしめを行い自分たちの原理主義的正当性を高めるというようにとれなくもないと思います。西部の堤氏の例がわかりやすいでしょうか。

投稿: 日暮れて途遠し | 2006年1月18日 (水) 22時19分

日暮れて途遠し様

 コメント有難うございました。本稿の私見には多分にwishful thinkingが含まれていますが、貴ブログを拝見させていただき、共感する部分が多く意を強くしました。今後ともよろしくお願い致します。

投稿: snape | 2006年1月19日 (木) 08時02分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107417/8216583

この記事へのトラックバック一覧です: 地検特捜部の親指:

» ライブドア事件の波及 [日暮れて途遠し]
このところ事件のなりゆきとマスコミの反応を見守っているが、だんだん背景が読めなくなってきた。 最初は、みえみえの耐震偽装のヒューザー小嶋証人喚問にぶつけためくらましかと思っていたら、思いのほか事件が発展して、マスコミの対応も世論も官邸が有利になる方向には働きそうもない。検察が官邸と結託してといういつもの手口とは異なるのか? ... [続きを読む]

受信: 2006年1月21日 (土) 23時23分

« 2006年のスタートはクウォドルプル高 | トップページ | マックスバリュとライブドア »