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2005年12月28日 (水)

逆イールドの歴史と現実

 12月27日、NY市場で米国の金利体系が逆イールドに転換した。(ただ、ほとんどのマス・メディアが今回の逆イールド転換をTN(2)対TN(10)の比較で捉えているが、長期金利はFFとの間ではまだ順イールドであり、現在の状況は逆イールドと言うよりもむしろフラット・イールドと言うほうが正確であることに注意しておこう。)このブログにもここ数日イールド・カーブ関連のキー・ワード検索経由でアクセスが急増し、J-Reitの急落を分析した時を上回る今年の記録を更新中だ。その理由は多分今年の年央以降このブログで日米両国のイールド・カーブのフラット化について何回も取り上げてきた為だろう。そして今、多くの投資家が最も懸念しているのは、今回のイールド・カーブのインヴァージョンが米国の景気後退の予兆ではないか、という点である。たしかに最近4回のインヴァージョンのあとに景気後退が起きているが、なぜなのだろうか。そして今回もそうなのだろうか。年末でもあるこの機会にイールド・カーブについて少しじっくりと考えてみたい。(証券論の履修者は期末試験準備のヒントになるかも?)結論から先に述べると、今回の米国金利の逆イールド化が景気後退の予兆である可能性はほとんどない。

 まず歴史を振返って見よう。1960年代の終りから今日まで、米国金利の逆イールド転換は(今回を除いて)7回起きており、そのうち6回はその後景気後退が起きている。この経験則が今回のインヴァージョンも景気後退につながるのではないかという懸念の根拠なのだが、過去7回のインヴァージョンのうち、今回とそっくりのパターンを示したものがある。1980年代末の住宅バブルの崩壊とS&L危機当時の金利展開である。S&L(セービングス・アンド・ローン・インスティテューション)には懐かしさよりも苦い思いを抱く人が多いだろう。この時は逆イールド転換のあと深刻なリセッションが起きたのだが、果して歴史は繰り返すのだろうか。

 グリーンスパンがFRB議長に就任した1987年には金融緩和の下で不動産バブルが進行しており、彼の初仕事はバブル退治であった。金融引き締めが始まる直前の1988年3月、FFが6.5%の時にTN(10)の利回りは8.1%程度だったが、金融引き締めが始まり、FFは1989年央までに11回にわたって10%直前まで引き上げられた。ところがTN(10)は当初こそFFにフォローし、FFが2回目の利上げによって7%に達した1988年央に9%を超えたが、その後はFFの引き上げが継続したにもかかわらず1989年央まで9%を中心とする狭いレンジで安定的に推移した。この時のインヴァージョンは1989年初FFが9回目の引き上げで9%に達した直後に起り、TN(10)利回りはFF11回目(最後)の利上げ直後から急落、1989年末には引き締め開始前の水準である8%強まで下落してしまい、FFとのインヴァージョン格差は実に1.5%を超えたのである。
 
 当時の住宅バブルはS&Lのファイナンスに依存していたが、金融引締めによる短期金利の急上昇は「短期調達・長期固定金利運用」のALMを破綻させた。このため1988年以降S&Lの倒産が急増し、当時のブッシュ(父)政権は1989年8月に金融機関改革・救済法を制定したが、S&L倒産の波は商業銀行をも捲き込み、金融・サービス部門の大量失業や銀行の貸し渋りが引き金となってアメリカ経済は金融部門を震源とするリセッションに陥ったのである。一方この当時の米国経済にはインフレ懸念はなく、株価も一貫して上昇基調にあった。1987年10月のブラック・マンデー・クラッシュで2,000ドルを大きく割りこんだNYダウは1988年には2000ドルをボトムラインとして安定し、1989年10月には2,800ドルにまで回復した。

 この時期の逆イールド発生とその後のリセッションの背景を振返ると、短期金利の政策的な引上げが金融機関のALMを破綻させたために景気後退が起きた、つまり意図的にリセッションが作られたのだということがわかる。実物経済への行き場を失った投資資金は株に向かい「不況下の株高」を現出すると同時に、リセションに伴う期待インフレ率の低下によって長期債に向かった為に逆イールドが発生したと考えられる。つまり逆イールドとリセッションとは因果関係にあった訳ではなかったのだ。(この当時株価と債券価格が共に上昇し、トレード・オフが見られなかったのは、株価が既に1987年にブラック・マンデー・クラッシュの洗礼を受けたあと長期的な回復局面に入っていた為と考えられる。)金融引締め⇒短期金利上昇⇒リセッション期待⇒期待インフレ率の低下⇒長期金利の下落⇒イールド・カーブのインヴァージョンという循環が起こる過程で急騰する短期金利が長期金利を突き抜けたのだ。それでは今回はどうか。

 今回のFF利上げは2004年央に開始され、FFは当時の1%から現在(2005年末)の4.25%まで引上げられた。今回のこれまでの引上げ幅(3.25%)は既に1988―89年当時の引上げ幅に匹敵している。ところが今回のFF利上げが始まった時のTN(10)は現在と同じ4.6%前後であり、その後現在まで概ね4%-4.5%の間で安定的に推移して来ている。短期政策金利引上げの最大の理由は今回も住宅投資の過熱であり、「自宅のATM化」とも言われるMEW(モーゲージ・エクイティ・ウィズドローアル)によって過熱する個人消費をインフレ予防的に抑制する事を目的としているのだ。だが1988年当時とは異なりその主たるファイナンスが間接金融機関のリスク負担によるALMではなくABS形態での直接金融によっている為、リスクが金融システムの外に出されている分だけ病状が重症化する危険が少なく、その代り抗生物質への耐性を備えたウイルスのように金融引締めの「利きが悪い」のだ。だから今回のイールド・カーブのインヴァージョンをもたらしている短期政策金利にはまだ上げ止まり感が出ていないし、金融セクターを震源とするリセッションの可能性は1988―89年当時と比べると格段に小さいと言える。一方原油価格の高騰さえデフレの連想から長期債買い(利回り低下)の材料となるほど期待インフレ率は低く、また今回は米国の経常収支赤字の大規模な還流というTNに対する旺盛な需要があり、長期債価格が極めて堅調だ。更に今回はセオリー通りの分りやすい債券価格と株価とのトレード・オフがかなりはっきりと見られる。実際12月27日のNYでは米国株の大幅な下げ(S&P500はクリスマス休場明けの相場としては1987年以来最悪の引け)と長期債買い(利回りの低下)が同時に起き、これが長短金利逆転をもたらしたのだ。こうした背景を考えると、今回のイールド・カーブのインヴァージョンはまだ始まったばかりで、今後更に逆イールドが拡大する可能性が高いが、長期債の需要サイドに引っ張られている面が強いため、深刻なリセッションの予兆である可能性は極めて低いと言えそうである。

 では円のイールド・カーブはどうなのだろうか。幸か不幸か、ここ1ヶ月間でわが国には独立性のある中央銀行が存在しないことが再確認されてしまった。(11月15日付ブログ「小泉首相も抵抗勢力」参照)従ってイールド・カーブのこれ以上のフラット化は当面限られたものになりそうで、長期金利の次の上昇は短期政策金利ではなく長期債価格が震源となるのではなかろうか。金融政策不在のわが国当局への不信が国債の投げ売りの引金を引き、長期債価格が崩落する・・・これが来年の円金利の基本シナリオではないかと考えている。

【Recommendable Readings】

浜本道正「アメリカのS&L危機と会計政策」会計検査研究第14号(1996.9)会計検査院

若松幸嗣「長期金利の変動要因と推計について」郵政研究所月報(2001.10)

Financial Times "Rates cycle sets a familiar pattern" Aug.11, 2005

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