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2005年12月29日 (木)

イールド・カーブの金融論

 12月28日付ブログ「逆イールドの歴史と現実」では、今回の米国金利の逆イールド現象が果して景気後退の予兆であるのかどうかについて過去の事例を振返って検討してみた。今回はその補論として、同ブログで紹介した若松幸嗣(2001)を手掛かりとしてイールド・カーブの形成理論を整理しておく。
 
 イールド・カーブの形状が何によって決まるのかを説明しようとする理論モデルは金融論の言葉では「金利の期間構造理論」と言われる。以下代表的な理論と、それぞれがどんな場合に使えたり使えなかったりするのかについて見て行く。

(1)期待仮説。「長期金利は短期資産をロールオーバーした運用収益率に等しくなる」、すなわち「長期金利は将来の短期金利の期待値から想定される収益率によって決まる」というもの。だが実際には、短期金利の期待値はスタート時点が将来になればなるほど変数としての幅が大きくなってしまうので、長期金利体系の形成よりも短期のフューチャーズの価格形成を扱う場合により適する考え方である。
 
(2)流動性選好仮説。期間毎のプレミアムを想定し、残存期間が長いほど手元流動性(キャッシュ)をあきらめる対価としてのプレレミアムが大きくなるとする考え方。債券の二次市場が未発達で、流動性をあきらめなければ長期債投資が出来なかった時代の仮説である。今では5年債、10年債を期日まで保有するつもりで買う人はあまりおらず、債券は専らポートフォリオ操作の対象として価格本位に売買されていて、長期金利が長期債価格の逆数にすぎなくなってしまったから、この仮説はもうあまり当てはまらなくなった。またこの仮説だけでは逆イールドを説明できない。但し流動性の乏しい債券や流通市場が未発達の国ではまだ一定の説明力を持つ仮説である。

(3)特定期間選好仮説。債券市場は残存期間毎に分断されており各期間毎の需要と供給から利回りが決まるとする考え方。イールド・カーブの立ったり寝たりを予測する場合や期間ごとの債券価格と株価のトレード・オフの強弱を見たい場合に適している。

(4)フィッシャー仮説。「名目金利は実質金利と期待インフレ率の和になる」とする。これ自体は実質金利の定義式にすぎず、対象とする変数が恣意的にならざるを得ない為ポートフォリオ操作のツールにはなりにくいが、判断に迷った時などに「原点に返る」為には覚えておくとよいかもしれない。

(5)リスク構造仮説。異なる期間の水平的な金利格差(イールド・カーブの形状)を説明する(1)-(4)とは異なり、同一期間における信用リスクや流動性などから生じる垂直的な金利格差を見る視点である。例えば信用リスクを国債利回り(ベンチマーク)に対するスプレッド(上乗せ幅)として説明する考え方であり、要は借り手の資金調達コストが信用力に応じて変わる、と言うこと。実務上も格付けやデフォルト確率とリンクさせて広く使われている考え方である。

 以上から明らかなように単一の理論モデルでイールド・カーブの形状を説明し尽くすことは不可能であり、若松幸嗣(2001)も「(1)ベースとする理論モデル、(2)説明変数の選定、(3)モデルの形式、(4)予測期間毎のモデルの使い分け、(5)異なる期間モデルの接合、(6)推計期間などを考慮しつつ、適合性がよく使いやすいモデルを模索することになる」としている。その意味するところを初学者にわかりやすく言い換えると、イールド・カーブの形状を説明しようとする理論は数多くあるが、もっともよく当てはまる理論は国ごと、時期ごと、状況ごとに異なるから、その時々で最も適切な理論の組み合わせを探し出さなければならない、ということなのである。

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2005年12月28日 (水)

逆イールドの歴史と現実

 12月27日、NY市場で米国の金利体系が逆イールドに転換した。(ただ、ほとんどのマス・メディアが今回の逆イールド転換をTN(2)対TN(10)の比較で捉えているが、長期金利はFFとの間ではまだ順イールドであり、現在の状況は逆イールドと言うよりもむしろフラット・イールドと言うほうが正確であることに注意しておこう。)このブログにもここ数日イールド・カーブ関連のキー・ワード検索経由でアクセスが急増し、J-Reitの急落を分析した時を上回る今年の記録を更新中だ。その理由は多分今年の年央以降このブログで日米両国のイールド・カーブのフラット化について何回も取り上げてきた為だろう。そして今、多くの投資家が最も懸念しているのは、今回のイールド・カーブのインヴァージョンが米国の景気後退の予兆ではないか、という点である。たしかに最近4回のインヴァージョンのあとに景気後退が起きているが、なぜなのだろうか。そして今回もそうなのだろうか。年末でもあるこの機会にイールド・カーブについて少しじっくりと考えてみたい。(証券論の履修者は期末試験準備のヒントになるかも?)結論から先に述べると、今回の米国金利の逆イールド化が景気後退の予兆である可能性はほとんどない。

 まず歴史を振返って見よう。1960年代の終りから今日まで、米国金利の逆イールド転換は(今回を除いて)7回起きており、そのうち6回はその後景気後退が起きている。この経験則が今回のインヴァージョンも景気後退につながるのではないかという懸念の根拠なのだが、過去7回のインヴァージョンのうち、今回とそっくりのパターンを示したものがある。1980年代末の住宅バブルの崩壊とS&L危機当時の金利展開である。S&L(セービングス・アンド・ローン・インスティテューション)には懐かしさよりも苦い思いを抱く人が多いだろう。この時は逆イールド転換のあと深刻なリセッションが起きたのだが、果して歴史は繰り返すのだろうか。

 グリーンスパンがFRB議長に就任した1987年には金融緩和の下で不動産バブルが進行しており、彼の初仕事はバブル退治であった。金融引き締めが始まる直前の1988年3月、FFが6.5%の時にTN(10)の利回りは8.1%程度だったが、金融引き締めが始まり、FFは1989年央までに11回にわたって10%直前まで引き上げられた。ところがTN(10)は当初こそFFにフォローし、FFが2回目の利上げによって7%に達した1988年央に9%を超えたが、その後はFFの引き上げが継続したにもかかわらず1989年央まで9%を中心とする狭いレンジで安定的に推移した。この時のインヴァージョンは1989年初FFが9回目の引き上げで9%に達した直後に起り、TN(10)利回りはFF11回目(最後)の利上げ直後から急落、1989年末には引き締め開始前の水準である8%強まで下落してしまい、FFとのインヴァージョン格差は実に1.5%を超えたのである。
 
 当時の住宅バブルはS&Lのファイナンスに依存していたが、金融引締めによる短期金利の急上昇は「短期調達・長期固定金利運用」のALMを破綻させた。このため1988年以降S&Lの倒産が急増し、当時のブッシュ(父)政権は1989年8月に金融機関改革・救済法を制定したが、S&L倒産の波は商業銀行をも捲き込み、金融・サービス部門の大量失業や銀行の貸し渋りが引き金となってアメリカ経済は金融部門を震源とするリセッションに陥ったのである。一方この当時の米国経済にはインフレ懸念はなく、株価も一貫して上昇基調にあった。1987年10月のブラック・マンデー・クラッシュで2,000ドルを大きく割りこんだNYダウは1988年には2000ドルをボトムラインとして安定し、1989年10月には2,800ドルにまで回復した。

 この時期の逆イールド発生とその後のリセッションの背景を振返ると、短期金利の政策的な引上げが金融機関のALMを破綻させたために景気後退が起きた、つまり意図的にリセッションが作られたのだということがわかる。実物経済への行き場を失った投資資金は株に向かい「不況下の株高」を現出すると同時に、リセションに伴う期待インフレ率の低下によって長期債に向かった為に逆イールドが発生したと考えられる。つまり逆イールドとリセッションとは因果関係にあった訳ではなかったのだ。(この当時株価と債券価格が共に上昇し、トレード・オフが見られなかったのは、株価が既に1987年にブラック・マンデー・クラッシュの洗礼を受けたあと長期的な回復局面に入っていた為と考えられる。)金融引締め⇒短期金利上昇⇒リセッション期待⇒期待インフレ率の低下⇒長期金利の下落⇒イールド・カーブのインヴァージョンという循環が起こる過程で急騰する短期金利が長期金利を突き抜けたのだ。それでは今回はどうか。

 今回のFF利上げは2004年央に開始され、FFは当時の1%から現在(2005年末)の4.25%まで引上げられた。今回のこれまでの引上げ幅(3.25%)は既に1988―89年当時の引上げ幅に匹敵している。ところが今回のFF利上げが始まった時のTN(10)は現在と同じ4.6%前後であり、その後現在まで概ね4%-4.5%の間で安定的に推移して来ている。短期政策金利引上げの最大の理由は今回も住宅投資の過熱であり、「自宅のATM化」とも言われるMEW(モーゲージ・エクイティ・ウィズドローアル)によって過熱する個人消費をインフレ予防的に抑制する事を目的としているのだ。だが1988年当時とは異なりその主たるファイナンスが間接金融機関のリスク負担によるALMではなくABS形態での直接金融によっている為、リスクが金融システムの外に出されている分だけ病状が重症化する危険が少なく、その代り抗生物質への耐性を備えたウイルスのように金融引締めの「利きが悪い」のだ。だから今回のイールド・カーブのインヴァージョンをもたらしている短期政策金利にはまだ上げ止まり感が出ていないし、金融セクターを震源とするリセッションの可能性は1988―89年当時と比べると格段に小さいと言える。一方原油価格の高騰さえデフレの連想から長期債買い(利回り低下)の材料となるほど期待インフレ率は低く、また今回は米国の経常収支赤字の大規模な還流というTNに対する旺盛な需要があり、長期債価格が極めて堅調だ。更に今回はセオリー通りの分りやすい債券価格と株価とのトレード・オフがかなりはっきりと見られる。実際12月27日のNYでは米国株の大幅な下げ(S&P500はクリスマス休場明けの相場としては1987年以来最悪の引け)と長期債買い(利回りの低下)が同時に起き、これが長短金利逆転をもたらしたのだ。こうした背景を考えると、今回のイールド・カーブのインヴァージョンはまだ始まったばかりで、今後更に逆イールドが拡大する可能性が高いが、長期債の需要サイドに引っ張られている面が強いため、深刻なリセッションの予兆である可能性は極めて低いと言えそうである。

 では円のイールド・カーブはどうなのだろうか。幸か不幸か、ここ1ヶ月間でわが国には独立性のある中央銀行が存在しないことが再確認されてしまった。(11月15日付ブログ「小泉首相も抵抗勢力」参照)従ってイールド・カーブのこれ以上のフラット化は当面限られたものになりそうで、長期金利の次の上昇は短期政策金利ではなく長期債価格が震源となるのではなかろうか。金融政策不在のわが国当局への不信が国債の投げ売りの引金を引き、長期債価格が崩落する・・・これが来年の円金利の基本シナリオではないかと考えている。

【Recommendable Readings】

浜本道正「アメリカのS&L危機と会計政策」会計検査研究第14号(1996.9)会計検査院

若松幸嗣「長期金利の変動要因と推計について」郵政研究所月報(2001.10)

Financial Times "Rates cycle sets a familiar pattern" Aug.11, 2005

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2005年12月21日 (水)

来年の米株は弱気一色

クリスマスだというのに来年の米株見通しは弱気一色だ。たしかにNYダウは11,000ドルを目前にして足踏みを続けているが、なぜこんなに悲観論ばかり?と思って、19日にブルームバーグが紹介したPIMCOのポール・マカリーのコメントを原文で読んでみて、なるほど、と思った。

 PIMCOのウェブ・サイトに掲載されているコメントの原題はMEW Drag。ポール・マカリーは「MEWとは新種の猫ではなくモーゲージ・エクイティ・ウィズドローワルの略」と解説している。元々米国の住宅ローンについてはかねてから過熱警戒論が根強くあり、元本部分の返済を数年先からとし、当初は利払いだけにして資産価格の上昇を当てこむ「金利オンリー融資」が問題になっている。だがポール・マカリーが問題にしているMEWは、住宅の評価額から住宅ローンを差し引いた部分を担保として設定された使途制限のないクレジットライン(自宅のATM化)のことであり、これに関連してポール・マカリーは二つの注目すべき指摘を行なっている。MEWのサステイナビリティと海外からの資本流入だ。

 まず、MEWは新しい買い手の参入が永遠に続くことを前提にしているから元々サステイナブルなプロダクトではない、とポール・マカリーは言う。MEWが住宅価格を手の届かない水準まで押し上げてしまうので新しい買い手がいなくなるから、MEW自体の中に自壊のメカニズムが組み込まれている。つまりMEWはネズミ講と同じだ、と言っているのだ。(たまたまネズミと猫の話になってしまうが……)そうすると米国の住宅バブルの崩壊は単なる時間の問題だということになる。

 もう一つのポイントは、アジア通貨危機以降輸出志向を強めた新興国が今や貯畜不足から貯畜余剰に転じ、何かをファイナンスしなければならなくなった為、投資機会の乏しい国内からレバレッジの高い投資対象を提供できるアメリカに資本が流入した。だが住宅ブームの崩壊に伴い米金融当局は利下げに追い込まれるから、これが米資産への需要を減退させ、劇的な米株安・ドル安につながる、と言うのである。何やら井崎脩五郎めいた議論だなという気がしないでもないが、米国の住宅バブルがチキン・レースの段階に入りつつあるのは事実だろう。その崩壊がドルに波及する可能性を、来年のポートにはしっかり織込んでおく必要がある、と考えている。

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2005年12月16日 (金)

J-Reitに想定外の異変

為替と株にやっとまともな調整局面がやってきた。円/ドルが121円台から115円台へ、日経平均が15,700台から15,200台へと、株価・ドルともに続落した。このこと自体は12月4日のブログ「ドル・ベースで見た日経平均」で予測しておいた通りであり、想定内だ。また日本だけでなく欧州でもアメリカでも債券に資金が戻っており、債券価格と株価のトレード・オフの関係が継続している。これも想定内だ。

だが今回の調整局面で想定外のことが一つある。Fixed Incomeに資金が入る時には必ず買われていたJ-Reitが逆に売られているのだ。今までになかった現象が起きた時は要注意である。投資家のJ-Reit離れの最大の理由は耐震強度偽装問題から来た不動産市況への不安だが、もっと大きな不安が隠されている。ノン・リコース・ローンだ。このブログで何回も指摘してきた問題が顕在化しつつある。

J-Reitだけでなく、地域金融機関が「リレーションシップ・バンキング」の錦の御旗のもと、中小不動産案件にノン・リコース・ローンを売りこんできたが、本当にノン・リコースになりそうな雲行きになってきた。そうなると、不動産市況以上に地域金融機関にとっての新たな不良債権の芽が心配になる。投資家はそんな展開を嫌気してJ-Reit離れを起こしているのかもしれない。しばらくの間J-Reitから目を離せなくなりそうだ。

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2005年12月15日 (木)

2005年はM&A元年?

【要旨:2005年に試みられたほとんどの敵対的買収が失敗に終ったのは、Due Diligenceをないがしろにした為にステーク・ホルダーの支持を得られなかったからだ。また2005年はMBOを含む様々なポイズン・ピルが試され、戦略的・法的評価が固まって行った年でもあったから、むしろポイズン・ピル元年と言うべきかもしれない。】

 2005年はM&A元年だったのだろうか。ゼミのOBであるY氏から「最近ブログの更新をさぼっているようだが、2005年を振返ってM&Aのことでも書いたらどうか」とのリクエストが来たので、まとめて見た。

 これまで日本では、業績不振企業再生策としての外資によるM&Aないし資本参加は珍しくなかったが、2005年は日本資本による日本企業に対する敵対的買収がはじめて本格化した年であった。また被買収側企業も様々なポイズン・ピル(買収対抗策)を試した。以下今年話題になった3つの敵対的買収事例を振り返ってみる。

ケース1・ ライブドアvs.ニッポン放送/フジテレビ

主要な論点は次のようなものであった。

・TOBのル-ル。証取法は「市場外取引」で大量の株式を取得する場合TOBを義務付けているが、ライブドアはTOBによらず、東証の「立会外取引システム」による取引でニッポン放送株を取得した。「市場外取引」ではないからTOBは強制されないものの、法の盲点をついたもので、他社でも二度とは使えない。

・転換価格の修正条項付き社債(MSCB)。ライブドアがニッポン放送株取得資金の調達のために発行した。投資家には有利なスキームであり、発行体は必ず資金調達できる。株式の希薄化につながるおそれはあるものの合法取引であり、今年は他社でも発行が急増した。

・新株予約権。 ニッポン放送がライブドアの買収攻勢に対抗するため、フジテレビに対して新株予約権を発行しようとしたが、東京高裁は「経営支配権の維持・確保を目的にした発行は不公正」として認めず、ポイズン・ピルとしての限界が明かになった。

・貸し株。日本放送が、自らが保有しているフジテレビ株を大和証券とソフトバンク・インベストメントに貸し出すことにより、フジテレビの大株主の座を降りることでライブドアの買収攻勢を無意味にしようとした。それなりの効果はあり、法的問題もなく、和解後に返却された。

・クラウンジュエル。優良子会社を手放すことによって自社の価値を低下させ、買収の意義そのものを後退させる手法。ニッポン放送が優良子会社であるポニーキャニオンのフジテレビへの譲渡を検討したが、株主権の毀損が著しいため実行には至らなかった。

 本件抗争は結局フジがライブドアの保有するニッポン放送株全株を買い取るなどで同放送を完全子会社し、また第三者割当増資の引き受けでライブドアに12.75%出資して非常勤取締役を派遣する形で決着。着地は伝統的な株式の持合いであった。業務提携に関しては推進委員会が設置されて連携策を模索したが、結局見るべき成果なく解散の運びとなった。フジのニッポン放送株買戻しによるライブドアの差益は僅少であり、仕掛けたライブドアとしては株式差益もビジネス上のシナジー効果も得る事ができなかった。この原因はライブドア側に経営統合についてのDue Diligence(対象企業の価値に影響する様々なリスクについての経営的・法的側面などからの多角的な精査・評価)が不充分であり、その為フジのTOBに応じた既存株主だけでなく視聴者、フジ/ニッポン放送の役職員、更には一部タレントに至る主要なステーク・ホルダー(利害関係者)から経営統合のメリットについての納得を得られなかった為である。夢だけでは市場を有効に説得できなかったと言える。

 だが一方でライブドアが本抗争から確実に得たのは戻ってきたキャッシュとパブリシティであり、本業の収益にとっては大きなプラス効果があったと思われる。堀江社長の衆議院選挙立候補も、周到に計算され尽したパブリシティ効果を狙った行動だったと考えられる。

ケース2・村上ファンドvs.阪神電鉄

 村上ファンドは阪神電鉄株を42%まで買い進み(12月10日現在)、タイガース球団上場や不動産再開発戦略の見直しを求めたものの、現在のところ阪神電鉄側とは十月のトップ会談で「阪神電鉄の企業価値の向上に向け協力する」ことを合意したのみ。買い進めた株式の処理も決まっておらず、まだ勝負はついていないが、阪神電鉄側が特段のポイズン・ピルを用意していないにもかかわらず強気な姿勢を崩さないのは、ライブドアのケースと同様村上ファンドが阪神ファンを含めたステーク・ホルダーからの支持が得られていないからである。それというのも村上ファンド側のDue Diligenceがライブドアのケースに比べてもはるかに不完全なものだったからだ。本件はステーク・ホルダーの意向そのものが強力なポイズン・ピルとなっている典型的な事例であり、村上ファンド側がこのまま更に過半数まで買い進めた場合に果して市場のサポートが得られるのかどうか、大変興味深いところだ。

ケース3・楽天vs.TBS

 楽天が仕掛けたTBSに対する敵対的買収は、11月末に和解・業務提携交渉入りの覚書締結で一応の決着となった。その内容は楽天が経営統合提案をいったん取り下げ、楽天のTBS持ち株比率を10%未満に引下げ(超過分は議決権を凍結)、放送とネットの連携を協議する業務提携委員会を作る―というもの。業務提携・株価採算ともに未決着だが、ここまでは楽天の全面敗北である。しかも印象的なことは、この和解案がみずほコーポレート銀行の作成・仲介によるもので、斎藤頭取の立ち会いのもとで井上TBS社長と三木谷楽天社長が調印したという事実だ。驚いたことに、いまだに両社にとって最大のステーク・ホルダーは銀行であり、楽天のDue Diligenceがステーク・ホルダーとしてのみずほコーポレート銀行の支持を得られなかったのだ。阪神電鉄と異なりTBSはポイズン・ピルを用意してはいたが、その発動に至るまでもなく買い進めた株式の議決権が凍結されては一体何のための買収だったのか、楽天にしてみれば断腸の思いだろう。楽天が妥協したのは資金調達リスクが理由だ。市場原理に基づいて株式を取得して株主権を主張しようとした楽天だがDebtでのファイナンスには限界があり、間接金融の軍門に下るという皮肉な結果に終ってしまったのだ。これもまた2005年版日本型M&Aモデルとなった。

 ポイズン・ピルに関しては、自社株買いやMBOによる非上場化も目立った。特にMBOはリクルートコスモス、学研クレジット、ワールド、ポッカコーポレーション、テクノエイトといったトップ・ネームが相次いで実施し、軒並み成功を収めた。今年の敵対的買収が不充分なDue Diligenceの結果ステーク・ホルダーの支持を得られず、結局は昔ながらのパターンの決着に落着いてしまった反面、MBOを含めた様々なポイズン・ピルの効果や合法性が試され、確認されたわけで、2005年はむしろ「ポイズン・ピル元年」と名付けるべきかもしれない。また最後に、こうした買収の仕掛けや株式持合の意義の再評価、MBOや自社株購入などが株式の需要要因として今年の株価上昇に少なからぬインパクトを及ぼしたことを付言して筆ならぬマウスを置くこととする。

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2005年12月14日 (水)

ジェイコム株問題で護送船団が復活か

 みずほ証券によるジェイコム株誤発注の清算で、UBSグループが120億円程度の利益を得た(12月14日、日経朝刊)。その前日(13日)、おそらく事前報告を受けていた与謝野金融担当相が閣議後の記者会見で、誤発注されたジェイコム株を複数の証券会社が大量取得していたことについて、「誤発注を認識しながら間げきをぬって、自己売買で株を取得するのは美しい話ではない」、「証券会社も経営者は行動の美学を持つべきだ」とコメントした。13日のゼミの時にも議論になったが、学生諸君はどう思いますか。

 11月25日のブログ(Once a Dealer……)で指摘した通り、自由なマーケットは「完全競争」や「一物一価の法則」が実在しているからこそ有効に機能している。それを可能にしているのが裁定取引であり、Out of marketなプライスは狼の群れに放たれた兎のように同時裁定によって瞬時にして消滅する、というのが市場の掟だ。これに「官」が介入するのは護送船団方式への復帰である。市場を制約するメリットがそのディメリットよりも大きい場合には有意義であるが、株の誤発注に伴なって生じた裁定取引について一体何を基準に市場取引を規制するのだろう。与謝野金融担当相の基準は「行動の美学」らしいが、プロの「行動の美学」は躊躇なく裁定を実行する事だ。果して東京は真の国際資本市場たり得るのか、日本政府のUBS問題への対応を世界中の市場のプロが注視している。

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2005年12月 4日 (日)

ドル・ベースで見た日経平均

12月3日付FT(ウィークエンド版)1面の記事”Dow heads for 11,000 level”が、今週はNYダウが4年ぶりの11,000台目前に迫っただけでなく日経ダウが5年ぶりに15,000台に乗せ、メキシコとブラジルでは株価が市場最高値を更新するなど、世界規模で株価が続伸していることを紹介している。またこの記事にはないが、昨日のブログで取り上げた通り欧州株も4年ぶりの高値水準だ。かねてからこのブログで指摘している世界規模での債券からEquityへの資金シフトが続いているのだ。日経平均もまだ上値を追うと考えてよいと思っているが、注意しておきたいのは米・欧の株高がそれぞれの国内投資家の買いに裏付けられているのに対して、日本は外人買いに支えられているという点である。日経平均はドル・ベースで見る必要があるのだ。

今年の日経平均は年初から5月まで11,000-12,000円の間で小変動を繰り返していたが5月中旬から騰勢に転じ、12月の15,400円台まで一気に35%上昇した。ところが5月から12月までのこの期間に円はドルに対して105円から120円まで減価したため、ドルベースで見た日経平均の上昇率は20%を下回っている。現在の日経平均のリード役は10月までの不動産・銀行に向かうバリュー投資(国際的な水準訂正買い)から11月以降は円安に支えられた輸出銘柄に対するグロース投資に交替したので、円が対ドルで底を打つ時が日経平均の天井となる可能性が高い。ひとたび為替相場が円高に向かえば、外人投資家は円転採算から見て絶好の利喰い場を見ることになるから売り越しに転じてくるだろう。今後数ヶ月間のポートフォリオ・マネジメントの最も重要なポイントはEquityからのExitのタイミングである。そのタイミングの鍵を握る円高への転換の引金を引くのは、日銀による量的緩和の終焉がもたらす日米長期金利差の縮小であろう。年末にかけて為替、債券、Equityの各市場から目が離せなくなって来た。

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2005年12月 3日 (土)

ECBの利上げとユーロ

12月2日付FTがECBを賞賛する記事を掲載した。

12月1日、ECBがレポ金利を0.25%引き上げて2.25%とした。5年ぶりの引き上げである。ユーロ・ゾーンのCPIの推移を見てみると、2003年の半ばにレポ金利が2.0%に引下げられた当時は年率約2%であり、その後も安定的に推移していたが、今年後半に入って2.5%近辺までわずかながら上昇してきた。今回の利上げはこれを受けたもので、典型的なインフレ予防的利上げである。この日の市場は通貨の番人としてのECBのこうした教科書通りの行動に対して強い支持を表明した。ブンズの利回りが3.4%へと下落し、ダウ欧州株価指数は304.31と4年ぶりの高値をつけたのである。12月2日付FT(15面、Eric Lonerganによる署名記事)は、こうしたECBのオーソドックスな政策行動モデルがアメリカや英国、日本の中銀よりも優れていることがはっきりしてきた、としている。同感である。振返って見ると、1999年1月にユーロが発足した後ユーロ相場は下落を続けたが、この時ECBは為替介入を行わず、ユーロ安を放置した。その後ECB総裁人事をめぐる独・仏の対立もあり、ECBは通貨の番人としてのブバ(ドイツ中銀)の血統と遺伝子を果して受け継いでいるのか、各国間の政治的軋轢の谷間で独自の政策決定力を持ち得ないのではないか、といった事が懸念された時期があったが、ECBは今回の利上げによってそうした懸念を払拭し、「我はブバの嫡子なり」との宣言を行ったように感じられる。これに比べると、政治的圧力で量的緩和を終了できない日銀の独立性の弱さがどうしても目立ってしまうのだ。日経平均が15,000にまで上昇しているにもかかわらず、対ユーロでは141円台に乗せてしまった円の弱さの背景には、国際金融市場の中央銀行に対する信頼性の格差があるように思われてならないのである。

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