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2005年10月10日 (月)

EU統合の行方(その10・最終回)

(その9から続く)

欧州は更なる統合に向かうのか、それとも分解するのか。今回はこれまで9回にわたって見て来た欧州における求心力と遠心力との緊張関係を総括する。

欧州が国境を超えて一つになろうとする求心力は、中世ヨーロッパにおけるローマ・カトリック教会が行政単位としての教区組織と経済単位としての修道院ネットワークを通じて作り上げた国境を超えた教会組織、及びフランスを中核とする欧州連合軍で構成された反イスラム運動である十字軍の活動に由来する。また一方で、この事はフランスが教権をコントロールし、ドイツ(神聖ローマ帝国)が教皇から戴冠するという、フランスのドイツに対する優位を意味していた。既に遠心力の種が生まれていたのである。

欧州の遠心力はこのドイツとフランスの抗争から派生する。宗教改革は帝権が弱いドイツの、ローマ・カトリック教会及びそれをコントロールするフランスに対する抵抗運動でもあったのだ。そして宗教改革の第二・第三世代のプロテスタントが掲げた「オスマントルコはプロテスタントの味方」というスローガンは、反イスラムがもはや欧州世界の単純な求心力ではなくなった事を示唆するものであった。現在のドイツがイスラム教徒に対して比較的寛容であり、多くのトルコ人を外国人労働者として受け入れ、トルコのEU加盟交渉に前向きな姿勢を見せているのに対して、フランスがイスラム教徒の女学生のスカーフを取り上げたり欧州憲法条約批准の否認を通じてトルコのEU加盟に抵抗する姿勢を見せているのは、カトリックとプロテスタントとの相克を反映しているのである。

それでは欧州における求心力と遠心力のバランスは今後どのように動いて行くのであろうか。欧州という箱を開けてみると、大小さまざまな個性豊かな国々が次々に出てくる。「入れ子」のような構造になっているのだ。それぞれに異なる国民国家ではあってもキリスト教という箱の中に「入れ子」状に納まってしまうのが欧州なのである。このシリーズではほとんど取り上げて来なかった英国についてもこうした事情に変りはない。英国は経済構造・貿易構造が大陸諸国とは対照的であり、ユーロ採用の決断に至ってはいないもののギルツ(英国国債)の利回り(10年物)はブンズ(ドイツ国債)に1%上乗せされた水準から乖離しようとしないし、ポンドの対ドル相場は見事にドル/ユーロにリンクしている。既にユーロを採用したも同然なのだ。欧州には求心力と遠心力が共に働いている。だが求心力、遠心力いずれもがキリスト教と深く関わっていること自体が、欧州がキリスト教を共通軸とする一つの世界だということをはっきりと示しているのだ。

1960年代後半、ピーター・ポール・アンド・マリーというフォーク・ソング・グループが人気を博したことを記憶している人は多いだろう。しかし、このグループの名前がペテロ、パウロ、そして聖母マリアから取られているという、キリスト教圏ではいちいち説明を要しない事実に気がついている日本人は少ないのではないだろうか。こうした説明を要しないほど日常化している共通項を持つ社会の底流には、強い求心力が働いている。

欧州の求心力が揺るがない一方で、同じキリスト教圏に属するアメリカが、マイノリティにおけるイスラム化の進行によって一つの国としての求心力を失いつつある。パックス・アメリカーナの終焉が見えて来た今、日本の地政学的リスクを考えると、長期的なポートフォリオの組立ての中でユーロ(ポンドを含めて)はロングを維持して行くべき通貨だ。これが10回にわたる「EU統合の行方」の結論である。

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