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2005年9月20日 (火)

EU統合の行方(その7)

(その6から続く)

欧州は更なる統合に向かうのか、それとも解体するのか。その鍵を握るキリスト教についての考察を続けて来ている。今回と次回は西ローマ帝国の崩壊からフランク王国カロリング朝までの、現代ヨーロッパの原型の形成にカトリック教会がどのように関わっていたのかを見て行く。まず「なぜローマ帝国はキリスト教を公認し、さらに国教にまでしたのか」を考えて見よう。

なぜコンスタンティヌス帝はキリスト教を公認し(ミラノ勅令)、帝都をコンスタンティノープルに移して教権と世俗権力とが一体化したキリスト教国家・東ローマ帝国の基礎を築いたのだろうか。またその後テオドシウス帝はなぜキリスト教を国教化までしたのだろうか。さまざまな文献を渉猟し、多くの研究者に意見を聞いてみたが、とても一言で片付くようなテーマではない。それどころか研究者が一生をかけて答えを探す値打ちがあるテーマなのだ。だがこのブログの「世間話のネタ帳」という原点に戻り、論点を出来るだけ単純化して議論を進めよう。

古代ヨーロッパは「点と線の世界」であり、都市と後背地(農村)の一体的実効支配を含む「領土」という概念はまだなかった。古代ギリシャは「点」としての都市国家の集合にすぎず、古代ローマは「点」である多くの都市国家を武力で制圧し、それぞれの都市国家との間で市民権や兵役・課税権などについての契約を個別に締結する形でローマと各都市国家を「線」で繋いだ。ローマ帝国とは実は欧州全土にわたる数多くの「線」で結ばれた飛び地の集まりに過ぎなかったのである。そして結論を先取りすれば、こうした「点と線」が領土としての「面」に変化して行く過程が古代から中世への移行であり、この変化にキリスト教が深く関わっていたのだが、結論を急ぐ前にまず古代ローマから話を始めよう。

ポール・クルーグマンは“The Myth of Asia’s Miracle”(1994)において、アジア経済の成長は技術進歩よりも生産要素の量的投入の増加に依存しているため、このままでは限界に突き当たると指摘し、これをめぐって賛否両論が活発に展開された。だが実は1700年前に既に一つの答えが出ていたのだ。古代ローマ帝国の経済は武力で制圧した多くの都市国家からの奴隷労働によって支えられていた。奴隷には生産性向上のインセンティブがないから、ローマの経済はまさに技術進歩ではなく生産要素の投入量に依存していたのだ。だから奴隷労働の供給が止まると共に経済が衰退し、「線」の維持が困難になったローマ帝国は崩壊に向かったのだが、コンスタンティヌス帝・テオドシウス帝はローマ帝国の崩壊を何とか食い止め、統治を強化して政体を維持しようとして民衆の組織化を進めた。この当時カトリック教会は既に教区単位で民衆を組織化していたため、コンスタンティヌス帝はそれまで弾圧していたキリスト教を一転公認し、さらにテオドシウス帝はそれを国教化してまで「教区」を行政単位として利用したのである。その後東ローマ帝国=ビザンツでは教区と教会の聖職者組織(官僚組織)とがぴったりと重なり合うことになるが、西ローマ帝国は行政単位としての「教区」の統治体制への組み込みだけでは経済の崩壊を食い止められずに滅亡する。

このようにキリスト教がヘレニズム、ゲルマンと並んで現代ヨーロッパの共通軸を構成することになったのは、カトリック教区が行政単位として統治機構に組み込まれた為であった。だが生産要素の投入量に依存していた古代経済は崩壊し、農業生産性の上昇を梃子に「点と線」が「面」に変質して行く。中世の始まりである。次回はこの古代から中世への変質にカトリック教会がどのように関与していたのかを考えて行く。キーワードは新たな経済単位としての「修道院」の活動である。 (その8に続く)

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