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2005年9月16日 (金)

EU統合の行方(その6)

(その5から続く)

欧州は更なる統合に向かうのか、それともバラバラになって行くのか。この疑問に答えを出すため、今後数回にわたって欧州における求心力と遠心力のバランスの鍵であるキリスト教について考えて行く。まず今日我々がヨーロッパと呼んでいる社会の原型の成立(時期的には西ローマ帝国の崩壊からフランク王国カロリング朝まで)に際してのキリスト教の関わり方について、次に中世ヨーロッパ世界においてキリスト教が果した役割について検討する。キーワードは「教区」「修道院」「十字軍」の三つである。

ドイツは帝権を
イタリアは教権を
フランスは学芸を

これは増田四郎の名著「ヨーロッパとは何か」(過去ログ・参考文献表参照)の巻頭に引用されているF.シュナイダーの言葉である。このうち「ドイツは帝権を」に違和感はない。中世ヨーロッパを「帝権と教権という二つの中心を持つ楕円」(増田四郎)ととらえれば、教権と緊張関係にあったのは正に神聖ローマ帝国皇帝であった。しかし「イタリアは教権を、フランスは学芸を」には議論の余地がある。たしかに教皇庁はローマに置かれていた。しかしイタリアには多少の教皇領が点在していたにすぎず、イタリア地域自体が教権と深く関わっていたとまでは言えまい。むしろ教権が帝権と並ぶ楕円の中心としての地位を固めたのは、後で詳しく見るようにフランスにおける修道院(クリュニー修道会・シトー修道会)の発達によるものであり、またローマ・カトリック教会が教皇庁を頂点とする国境を超えた組織を確立したのは教皇庁がフランスのアビニョンに移転していた時期であったことを考えると「フランスは教権を」がより妥当ではないだろうか。そしてルネッサンス以降のヨーロッパ文化の展開を考えると「イタリアは学芸を」こそ相応しい表現ではないか。結論を大胆に先取りしてしまうと、「帝権と教権という二つの中心を持つ楕円」である中世ヨーロッパの展開は帝権の主体である神聖ローマ帝国(ドイツ)と教権をコントロールしていたフランスとの緊張関係によって規定されていた、と言える。さらにこの緊張関係は、皇帝を選挙で選んでいた神聖ローマ帝国=ドイツと絶対王政を確立したフランスとの、地方分権対中央集権という、現在も続く政体の考え方の違いと重なり合っているのだ。そしてこのドイツとフランスの考え方の相違が、今後の欧州統合のあり方にも影響を及ぼす可能性が高い。

だが結論を急ぐ前に、まずヨーロッパ社会の原型の成立にキリスト教がどう関わっていたのかを調べてみよう。そのための最初の問題は「なぜローマ帝国はキリスト教を公認し、さらに国教にまでしたのか」である。(その7に続く)

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