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2005年8月19日 (金)

改憲とわが国の経済(その1)

憲法改正がわが国の経済に与える長期的・構造的影響について考えてみたい。

去る8月1日、自民党の新憲法起草委員会が憲法改正草案(一次案)を発表した。焦点の安全保障では第九条を改正し、自衛軍の保持や国際平和活動への積極的な寄与を明記すると同時に自衛軍の防衛出動や海外派遣などについて国会承認(シビリアンコントロール)を義務付けた。いよいよここから広汎な議論が盛り上るかと思っていたら、その後の衆議院の「郵政解散」に続く刺客だ、新党だという騒ぎの中ですっかり忘れられてしまったのは残念な事だ。さらに、改憲がわが国の経済にとって長期的・構造的にどんな意味を持つのかという論点がどの政党からも全くと言っていいほど問題提起されていないのはもっと残念な事である。改憲はいずれ国論を二分する議論に至る問題であり、その際には改憲の経済的意味についてもきちんと議論を尽す必要があるところから、そのための基本的な考え方を次の通り整理してみた。

7月8日付「テロと戦争の経済学」でも指摘した通り、国家の安全保障は財政負担を伴う。一般公共事業の場合は、財政支出は(プロジェクトごとに是非の議論はあるが)社会資本(道路、ダム、空港など)と雇用を創出する。ところが同じ財政支出でも国防費は在庫や設備の廃棄と同様、経済的にはトータル・ロスとして消え失せてしまうのだ。それでも平時の国防費は財源ともども国家予算の統制を受けているが、戦争となるとそうは行かなくなり、洋の東西を問わず戦費調達の為に巨額の公債が発行されてきた。近世以降の欧州でもアメリカでも、戦費調達の為の国境を超えた公債発行が国際資本市場の誕生を促した歴史がある。こうした巨額の戦時公債の償還は平時における財政収入だけでは到底困難だ。戦勝国にとっての償還原資は多く場合敗戦国から支払われる賠償金であったが、敗戦国には賠償金の支払いに加え点て公債償還負担が重くのしかかり、経済が危機に陥る事が多い。日本も日清戦争に際しては軍費を上回る賠償金を手にしたが、日露戦争では戦勝国であったにもかかわらず賠償を受けられず、増税が政情不安をもたらした。第1次大戦後のドイツと第2次大戦後の日本では、戦時公債の償還はハイパーインフレによるしかなかった。

戦後の日本は東西冷戦構造の中で西側陣営に組み込まれ、米国の安全保障体制下で経済復興を遂げた。さらに日本は1960年代、2回にわたり米国に対して核武装の意思を表明したが米国はこれを拒否し、その代わりに日本に対して「核の傘」を供与した(8月2日付朝日新聞朝刊)。かくして日本は平時における国防費負担から免れ、今日の繁栄を築くことが出来たのだ。改憲はこうした経済的恩恵を放棄することを意味する。米国自身が中東地域におけるテロとの戦いに多大な財政負担を強いられているため、自陣営の安全保障体制の見直しを進めており、日本に対しても「自国の安全は自分で」というメッセージを付きつけている。改憲の議論はこうしたコンテクストの中に位置付けられるものであり、日本とって他の選択の余地は少ないように思われる。

では、既に財政危機にある日本にとって、改憲により更なる財政負担増が不可避であるとすれば、ハイパーインフレ以外にどんな選択肢が残されているのだろうか。これを次回のテーマとする。「改憲とわが国の経済(その2)」では、なぜスイスがEUにもNATOにも加盟することなく、永世中立国として自前の安全保障体制の下で高い国富水準を達成しているのか、こうしたスイス・モデルから日本が学ぶべきものがあるのかどうかについて検討し、また改憲に伴って今後避けられそうもないわが国の財政負担増への対策について考えてみる。

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