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2005年7月14日 (木)

人民元の実験が始まる(その3)

(その2から続く) 人民元の切上げ(=変動幅の拡大)は資本取引における人民元の交換性の拡大を伴なうものではないこと、また資本取引通貨としてはますます香港ドルが重用され、経常取引通貨である人民元との機能分担(一国二通貨制)が一段と進むこと。この二点が前回までの分析の結論であった。それではこうした香港ドルの変化は我々外国投資家にとって何を意味するのだろうか。これが次なるテーマだ。この問題を考える手掛りは、「開放経済のトリレンマ」仮説に照らして中国の目指す一国二通貨制の帰結を考えて見ることにある。

開放経済のトリレンマ(Open-economy Trilemma) とは、「開放経済体制の下では(1)独自の金融政策 (2)自由な資本移動 (3)為替レートの安定 のうち二つしか達成できない」という仮説である。アジア通貨危機後の新しい国際通貨秩序のあり方が議論される中で提唱され、今なお多くの実証分析が行なわれている。このトリレンマを現実の各国の実際の通貨制度に当てはめてみると、(3)の「為替レートの安定」を放棄しているのが日本、米国、EUなどのフリーフロート国。(2)の「自由な資本移動」を放棄(制限)しているのがハード・ペグの中国、べトナムやソフト・ペグのインド、先発アセアン各国。そして(1)の「独自の金融政策」を放棄しているのがパナマや中南米(ドル化)、コソボ(ユーロ化)、そして香港(カレンシーボード)なのだ。

今中国が導入しようとしている一国二通貨制は、経常取引通貨としての人民元の変動幅拡大により「為替レートの安定」の一部を放棄する代わりに、現在放棄(制限)している「自由な資本移動」を香港ドルを通じて手に入れようとするものである。ただし「為替レートの安定」の一部を放棄するとは言え、人民元の使用はあくまでも経常取引に限られるから、その中国経済に与える影響は極めて限定的なものであり、「放棄」のコストは小さい。加えて「開放経済のトリレンマ」仮説が貫徹されるとすれば、限定的な「為替レートの安定」の放棄と引き換えに手に入れることが出来るのはせいぜい「制限された資本取引」の拡大にすぎない。中国が香港ドルを通じて実現しようとしているのは正にこれなのだ。、ある程度自由な資本移動は既に部分的に香港ドルによってカレンシー・ボード制の枠内で実現されているが、中国国営大企業の香港上場による民営化ラッシュがまだ始まったばかりであり、むしろこれから本格化することを考えると、中国が香港ドルによって手に入れようとしているのは、管理された大規模な資本流入なのだということがわかる。こうした大規模な資本移動は香港単体のカレンシー・ボードの制約の下では実現困難であり、カレンシー・ボードはいずれ廃止される運命にあると考えるべきだ。

カレンシー・ボードから解き放たれた香港ドルは、未だかつて世界に例を見ない通貨となる。巨大な国民経済に支えられながらも、その資本収支(しかも特に主として資本流入)だけを担うオフショア専用通貨となるのだ。もちろんこうした通貨システムは香港SAR自体の一国ニ制度が前提になっているため、中国が一国二通貨制のメリットを評価してそれを維持すようとする限り、香港SAR自体が中国に吸収される心配はない。むしろ現在のカレンシー・ボードの裏付けである香港政庁の外貨準備が、中国そのものの巨額の外貨準備に置換えられる形で、中国主導で香港ドルが運用される事になるのではないか。巨大な「管理された資本取引通貨」が史上はじめて誕生する。香港市場はおそらく今以上に「素人が下手に手を出すと怪我をする」という、「プロのクローニー」(その是非はさておき)の世界になる。かかる大規模な「管理された資本取引通貨」は果して持続可能なのであろうか。

人民元の変動幅拡大は、実は香港ドルの歴史的な実験の始まりなのだ。

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