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2005年6月30日 (木)

原油価格は1979年の再現?

現在の原油価格はインフレ調整後だと1979年当時の水準なのだそうだ(6月17日付ドイツ銀行週間商品リポート)。 果して歴史は繰り返すのだろうか。

1977年1月に円/ドルは240円台であったが、原油価格の高騰がまずアメリカ経済を直撃し、1978年10月末には176円まで一気にドル安が進んだ。インフレに耐えかねたアメリカは強引なドル高政策に転じ、巨額のドル買い介入と同時に公定歩合を一挙に2%引上げるなど、強烈な金融引き締めを行った(カ-ター・ショック)。1979年にはドルの短期金利が10%台後半まで上昇し、原油高が日本の経常収支を大きく悪化させたことと相俟って、1985年のプラザ合意に至るまで円安が続いた。

現在はデフレ圧力が強いため、1979年のドル高・金利高がそのまま再現されることはないだろうが、日米ともにインフレ懸念が出始めていることに注意すべきだ。J-Reitの過熱ぶり(「密に群がり花枯らす」~6月27日付日経公社債情報)やFRBの利上げのアドバルーンを見ると、円安・金利高に向けたポートフォリオ組換えの時期が来たと言えるのではないだろうか。

(と思って、今やジャンク債の指標銘柄となったフォード債を本日円投で仕込んでみた。)

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2005年6月25日 (土)

FTウィークエンド版:原油高が日本経済を直撃

たった今配達されたファイナンシャル・タイムズのウィークエンド版(6月25・26日合併号)一面トップの見出しがこれ。原文は

Fears over oil price stalk Japan

月曜日、世界中の機関投資家はまず日本株売りから入ってくるのではないか。要警戒。

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2005年6月23日 (木)

原油高なのになぜ金利低下?

 原油先物が連日最高値を更新して60ドルに迫る勢いなのに、米国TN(10年)は昨日(6月22日)のニューヨークで再び4%を大きく割り込んだ。ブンズも3.14%まで利回りが急落だ。なぜなのだろうか。

 キーワードはFlight to Quality(質への逃避)だ。原油価格上昇に伴なって米国企業の業績が二極分化している。負け組の代表がGMとフォードだ。GMの別働隊であるGMACなどの金融部門はDebtが投資適格で人気なのだが、いかんせんクルマ本体の業績が原油高に直撃されている。こうした負け組のEquityから逃げた資金が国債を筆頭とする高格付のDebtに一時避難しているだけなのだ。このまま金利低下が続くと読むのはかなり危険だ。

 日本も似たような状況にあり、ヒトゴトではない。原油高はこれから企業業績にジワジワと効いてくる。JGB(日本の国債)も米TNに連れて金利が下落しているが、危険水域が近い。日銀政策会合が長期金利上昇許容のサインを送る時、内外の機関投資家のJGB売りは空前の規模となるだろう。日本の企業業績も負債比率の大小によって勝ち組と負け組にはっきり二極分化する。限に過去4週間のJ-Reitの価格変動を見ると、既に金利上昇を先取りした銘柄間格差の拡大がはっきりと起きているのだ。金利上昇に備えた中期ポートフォリオの組み直しが今必要だ。うまく組み換えられれば、また3年ほどは何もしないで「果報を寝て待つ」暮しが送れそうである。

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2005年6月16日 (木)

円相場の予測には何と!国際収支がオススメ。

 外国為替相場の長期的トレンドを高い精度で予測できれば「果報」を寝て待つ事が可能になる。何度も言っているように外国為替相場もマグロやキャベツと同様需要と供給のバランスで決まるので、需給関係をうまく予測できればよいわけだが、円/ドルの場合は需給の変化を表す指標として何と国際収支が役に立つ。まさか、経済学の教科書じゃあるまいし!と思うかもしれないが、嘘だと思ったら、統計学の素養があれば相関分析をやって見て下さい。統計学に馴染みのない人は、同じグラフ用紙に経常収支と円/ドルの推移をプロットして見て下さい。

 ブレトンウッズ体制が崩壊して円が変動相場制に移行して以来、1970年代いっぱいは円/ドルと日本の経常収支は見事に連動している。1980年代前半は経常収支との相関は消えるが、当時の国際収支統計にあった長期資本収支を加えた「基礎収支」(実質は経常収支に直接投資の収支を加えた実需取引の収支、と考えてよい)のレベルで見ると高い相関が確認できる。1980年代後半になるとバブルの最盛期に入り、為替取引の主体がデリバディブを含むコンティンジェントになってしまう為、さすがに国際収支は需給分析の役に立たなくなる。ところが1990年代に入ると、バブルが崩壊してブラウン運動のようなコンティンジェント取引が減ってきたため、ドル/円は資本収支に連動するようになる。ここで言う資本収支とは、経常収支と外貨準備増減から逆算して求めたもので、誤差脱漏を含めて経常収支以外の全てのオン・バランスの外貨取引の合計を表す、1999年に私が日本貿易学会で発表した概念である。

 2000年代にはいると、デフレが長引く中でコンティンジェント取引が一段と影をひそめたため、ドル/円は再び経常収支と高い相関を示すようになる。ただ今後は、日本経済がデフレから脱出したため、上記の資本収支との相関が再び強まる可能性が高い。そうなれば円安は確実だ。実は平均105円前後で腹いっぱいドルをロングにしてあるので、まだまだ果報を寝て待つ日々が続きそうである。

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2005年6月 7日 (火)

EU統合へ英国はどう動く?

 英国はEU憲法条約批准の賛否を問う国民投票を2006年春に予定していたが、フランス・オランダの「NO」を受けて6月6日、国民投票実施に関する法案審議を棚上げとした。解説するまでもなく英国がEU憲法の今後の展開の鍵を握っているのだが、最も重要なポイントは英国がEU憲法条約を批准するのかどうかではなく、ユーロを採用するのかしないのかということである。EU憲法条約はEUの政治統合という「名」を象徴するにすぎないが、ユーロの採用はEUの経済統合という「実」に結びついているからだ。
 英国人にとって英国はヨーロッパではない。英国人は今でも「休暇を取ってヨーロッパヘ行く」という言い方をする。英国人にとってヨーロッパとは欧州大陸のことなのだ。余談になるが、日本人もよく「アジアと日本の経済交流」という言い方をする。無意識のうちに日本がアジアの中にあることを忘れているわけで、これがアジア各国が日本に対して抱いている違和感の背景にある。
 1952年にEUの前身である欧州石炭鉄鋼共同体を創設したのは欧州大陸の6か国だ。英国は1973年にデンマーク、アイルランドとともに加盟した。筆者はロンドンの南方に位置する学園都市ボーンマスで学生時代を過ごした経験があり、英国がEUに加盟した直後の1974年、学生時代に寄宿していた世界的な野生動物専門の写真家であるビセロット氏一家を久方ぶりに訪問する機会があった。その折に英国のEU加盟をどう思うか、フランスの農作物などの大陸産品が入ってきてどんな影響があるか、などと尋ねたのだが、寡黙なビセロット氏は笑って答えず、代りにマダムが「難しいことは私達にはわからないが、別にフランスの農作物を食べるようになったわけでもなく、暮しは何も変わっていないし、これからも変らないのではないか」とコメントしてくれた。たしかにその後英国と欧州大陸の関係に大きな変化はなく、英国は1999年にスタートした欧州通貨統合にも加わらなかった。
 英国が欧州大陸と距離を置くのはなぜか。長い歴史的・文化的な背景のほかに経済構造の違いがある。英国は高成長・高インフレ・高金利・低失業率。貿易収支は赤字。資源の輸出国、工業製品の輸入国である。ところが欧州大陸の中核各国は、これらすべてにおいて英国と逆(短期的な逆転はあっても)なのだ。英国は経済構造が欧州大陸と正反対である為に、国家主権を一部犠牲にしてまで伝統のスターリングを廃貨し、ユーロを導入するメリットを未だに自国民に明示できないでいるのだ。
 EUの政治統合という「名」はさておき、「実」である経済統合推進の鍵を握る英国のユーロ採用のメドが立たないとすると、ユーロから逃げ出している資金はどこへ逃げ込むのか。投資家の立場から見るとファンダメンタルズが悪すぎるアメリカと地政学的リスクが高まった日本には受け皿としての限界がある。そうなると今後しばらくはセーフ・ヘブンとして英ポンド、及びEU非加盟のスイスフランから目を離せなくなるのではなかろうか。

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2005年6月 3日 (金)

欧州憲法条約否決とポートフォリオ戦略

 フランス・オランダの「No」を受けて、ベンチマーク同士の利回り格差が拡大してきた。

 イタリ-のベンチマークの対ドイツ・プレミアム(10年)は1997年9月末には73bpであったが、1年後には50bp、さらに1999年1月のユーロ発足時には22bpまで縮小していた(当時のS&Pの格付差は2ノッチ、現在は3ノッチ)。その後は20bp前後で安定的に推移してきたが、欧州憲法条約否決を受けて30bp近くまで広がっている。解説するまでもなくEUの経済統合が弛緩に向かうことを先取りしたものだ。こうなると、財政の状況から見ればオランダ買い・ギリシャ売りのセットが一番面白そうだ。ヘッジファンドが本格的に始動する前に仕掛けられれば、ローリスク・ミディアムリターンの裁定が狙えそうである。

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欧州憲法否決と反イスラム主義(改訂版)

 長期的ポートフォリオ・マネジメントにとって「キリスト教対イスラム教」という視座がますます不可欠になってきた。フランスとオランダが欧州憲法条約を否決したのは、キリスト教徒がイスラム教国家であるトルコのEU加盟を拒否したということに他ならない。

 欧州の統一はこれまで宗教を軸に展開されて来た。313年ローマ帝国コンスタンティヌス帝がキリスト教を公認し、330年には帝都をコンスタンティノープル(後に東ローマ帝国=ビザンチン帝国の帝都。現イスタンブール)に移す。395年ローマ帝国は東西に分裂、西はその80年後に滅亡して、キリスト教に改宗したゲルマンの一部族であるフランク王国が勢力を伸張する。一方570年に生誕したモハメッドが興したイスラム教が急速に勢力を拡大し、638年にキリスト教徒からエルサレムを奪った後、711年以降イベリア半島(スペイン)を支配する(後ウマイヤ朝)。これに危機感を抱いたローマ教皇は800年、フランク王国カロリング朝のカール大帝の戴冠を行い、西ローマ帝国を復活させる。(後に三分割されて現在のフランス、ドイツ、イタリアの原型となる。)以降教皇と皇帝は「楕円の2つの中心」(増田四郎)として相互に牽制しつつ西ヨーロッパの中世を形成して行く。ローマ法王選出手続きであるコンクラーベはこの時代に教権が皇権の介入を排除する為に創設された。さらに教皇側はしばしば十字軍の派遣を皇帝戴冠の条件とし、エルサレム奪回を試みるのである。一方隆盛を極めたビザンチン帝国も1453年オスマントルコに滅ぼされ、イスラム教徒の軍門に下る。

 こうして歴史を簡単に振り返っただけでも、宗教要因が深いところで欧州を動かしていることがわかる。さらに1993年コペンハーゲン欧州理事会によって定められた、EUに新規加盟するための基準(コペンハーゲン基準)には、政治的基準(民主主義、法の支配、人権など)、経済的基準(市場経済など)に加えて「EU法の総体(アキ・コミュノテール、acquis communautaire)の受容」という分かりにくい基準が定められているが、これがイスラム国家のEU加盟に対する拒否権を意味していると言われる。現在のトルコは共和国であるが、大多数の国民がエルサレムを、そしてビザンチン帝国を制圧したイスラム教徒であるという事実が、欧州の経済統合はともかく政治統合にとっては大きなネックであることが今回改めて確認されたものと言える。加えて周知の通りパレスチナ、中東・イラク、フィリピンのミンダナオ島、インドネシアのスラウェシ島、記憶に新しいウズベクなど、「イスラム」の関わる地政学的要因は、「上がったものは下がり、下がったものは上がる」といった景気循環などのフロー要因とは次元を異にする、大規模かつ半不可逆的なポートの組換えをもたらす要因であることに注意することが重要である。ユーロの下落は今まだ始まったばかり。5月15日付の「ウズベクとユーロ」でも指摘したが、「イスラム」はユーロ下落への呪文なのだ。今値ごろ感でユーロをロングにすると取り返しのつかないことになると感じる。(円投のブンズで十分稼がせてもらったので、ここは勝ち逃げとさせていただきます。)

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2005年6月 1日 (水)

米ドルとユーロの金利が急落

5月31日の海外市場で米国T/N(10年)が2月以来となる4%割れ。振り返って見ると5%台で仕込めるタイミングはほんの一瞬だった。ゼミのOBであるO嬢の腕に改めて敬服。しかも先物を見ると年内2回、各0.25%のFF金利引上げを既に織込んだ上での今のレベルだ。円/ドルも108円台回復で円投は「当り」、処分済みのユーロもフランスのおかげで対円で133円台まで下げて尚下値へ向う勢いで、一粒で3度もおいしいポートだ。まさに果報を寝て待つ醍醐味である。ブンズの利回りも昨日は3.3%割れとドルに連れ安(価格上昇)だが、為替のユーロ安がまだ始ったばかりなのでこちらはもうあまり下がるまい。円投のユーロ建長期債がまだある幸運な投資家は、全部利食ってキャッシュを厚くして様子を見るのが正解だ。

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